元最強魔王の手違い転生

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第39話 10年前のある日

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「ラリアが母親を殺しただと?」
 俺の言葉にヘイトが深く頷いた。
「そうだ。ラリア・バスターオーガは母であるマザー・グリスを殺した」
「ちょっと待てよ!何か事情があったんだろ?『殺した』なんて言い方は違うんじゃねぇのか⁈」
「そうだな。〝故意〟ではなかっただろうな。だが、ラリア・バスターオーガがマザー・グリスを殺したの事は紛れも無い事実だ」
「マジかよ……」
「あれからもう、10年近くになるか……」
 そう言って、ヘイトはゆっくりと瞼を閉じた。


ーー10年前ーー

 とある人里離れた森の奥に、マザー・グリスの孤児院はあった。然程大きくない木造の平家で、老朽化した壁のあちらこちらに、傷や染みが見て取れる。
 夕焼けが淡く建物を照らし、辺りを撫でる様な優しい木々のざわめきが心地よい穏やかな夕刻に、朗らかな足音を立てながら、三人の子供達が孤児院へと向かって行った。
「ほらほら!遅いよ二人とも!夕飯に遅れちゃうじゃん!」
 先頭を走るラリアが元気いっぱいに、後ろを歩く二人に向けて口を開いた。
「いやいやいや。オレ達、ヘトヘトだから。任務後に元気が有り余ってるお前の方がおかしいんだよ。ラリア」
「……まっ、く、……りです」
「ほら見てみろ。ヴァリーなんて、まともに喋る体力も残ってないぞ。てか、任務後はこれが普通だ」
 フラフラと歩くヘイトとヴァリーを見て、ラリアがニヤリと笑う、
「全くもう!ヘイトもヴァリーも体力無いんだから!そんなんじゃ、次の任務が思いやられますなぁ」
「うるせぇよ。ほら、マザー・グリスに報告だ。元気のある奴がドアを開けろよ」
「はいよー!」
 そう言って、ラリアは力任せに勢いよく、孤児院の扉を開け放った。
「たっだいまー!」
 ラリアの咆哮が孤児院内に響くと同時に、パタパタと軽快な足音と共に廊下の奥から一人の女性が現れた。
 歳の頃は40歳前後で、茶髪で軽く内巻きのセミロングに、くっきりとした八眉が印象的な優しそうな女性である。
「ただいま!マザー・グリス!」
 女性の姿を捉えたラリアが満面の笑みを浮かべる。
「まあ、早かったのね。お帰りなさい、ラリア」
 そう言って、マザー・グリスは優しくラリアの頭を撫でた。
「えへへへ」
 ラリアは顔をくしゃくしゃにして、肩を竦めながら嬉しそうに笑った。
「ヘイトも、ヴァリーも、お帰りなさい。二人とも頑張ったわね」
 マザー・グリスが二人へと優しい眼差しを向ける。
「別に、いつも通りだよ」
「私、頑張りましたよ。マザー・グリス」
 ヘイトが照れ臭そうに頭を掻くと同時に、ヴァリーは誇らしげに胸の前で拳を握った。そんな二人を見ながら、マザー・グリスは優しく微笑んだ。
「ふふふ。みんな本当に頑張ったわね。ねぇ、誰も怪我はしてないわね?」
「出たよ。マザー・グリスの〝心配性〟。今回の任務は割と簡単な偵察だったし、ラリアも居る。それに、オレ達だってラリア程とは言わないけど、それなりに強く……」
 その続きを話そうとするヘイトの唇に、マザー・グリスは優しく人差し指を押し当てた。
「どんな任務だろうと、私はあなた達が心配なの。それは、ラリアもヘイトもヴァリーも、みんな一緒よ。私はあなた達の母親なの。母親が子供の心配をする事なんて、普通の事でしょ?」
 ニコリと微笑むマザー・グリスを見て、ヘイトは再び照れ臭そうに頭を掻いた。
「分かったよ、マザー・グリス。じゃあ早速、任務の報告なんだけと……」
「任務の報告なんて明日でいいわよ。とりあえず、三人とも顔を洗ってらっしゃい。そしたら夕飯にしましょう。今日はみんな大好き、〝グリスシチュー〟よ」
「やったー!私、いっぱい食べる!ヘイトとヴァリーの分まで!」
「おい!お前が言うと洒落になってねぇ!絶対にオレの分は死守するからな!」
「ふっふっふ。守れるものなら守ってみなされ!私の食欲は誰にも止められないのだ!」
「くそっ!お化け胃袋がギラギラしてやがる。おい、ヴァリー。ここはオレと共闘って事で……」
ヘイトの眼差しを受けたヴァリーがポツリと呟く。
「……グリスシチューは誰にも渡しません」

ーードンッ!

 低く太い音が鳴り響くと同時に、ヴァリーが矢の様な速さで洗面所へと駆け出した。
「こら、ヴァリー!孤児院内での〝能力の使用〟は禁止だろ⁈待ちやがれ!」
「私の飯は誰にも渡さないっ!」
 ヴァリーの後を追って駆け出すラリアとヘイトの背中を、マザー・グリスが微笑ましく見守っていた。

「うはぁー!美味いっ!やっぱコレだよねー!」
 そう言って、ラリアは14杯目のシチューを飲み干した。
「いや、本当に化け物じみてるな、お前の胃袋。オレは5杯で腹一杯だよ」
「私も、お腹一杯。もう食べられないです」
 膨らんだ腹を摩りながら、ヴァリーが幸せそうに目を細める。
「結局お前、あれだけのスタートダッシュ決めておきながら、食ったの1杯だけだったな」
「美味しく食べられる量は人それぞれ違うのよ、ヘイト」
 そう言いながら、マザー・グリスはラリアへ15杯目のシチューをよそった。
「ねぇ、マザー・グリス。ホガドマヌナバドブジダノ?」
「おい、ラリア。頬張りながら喋るなよ。何言ってるか全然分かんねぇから」
「え、『他のみんなはどうしたの?』かって?他のみんなはまだ任務中よ。多分、あと一週間は帰ってこないと思うけど」
「いや、よく分かったな、今ので」
「やった!じゃあ、あと一週間は私達が マザー・グリスを独り占めだね!」
ラリアが目を輝かせながら、スプーンを握った右手を高らかと掲げた。
「それ、独り占めっていうのか?」
「ヘイトは細かいなぁ。そんなんじゃモテないよ!」
「ねぇ、マザー・グリス。今日一緒に寝てもいいですか?」
 思い思いに話す三人を見ながら、マザー・グリスが微笑んだその時ーー

ーーコンコン

 玄関のドアをノックする乾いた音がした。
「こんな時間に誰かしら?みんなはゆっくりしててね。私、見てくるから」
マザー・グリスはエプロンを外し、パタパタと足音を立てながら、玄関へと向かった。
 その数分後、部屋へと戻ってきたマザー・グリスはラリア達へ向けてゆっくりと声を掛けた。
「ちょっと、お客さんが来たの。私は客間に居るから。あなた達はご飯を食べたら、もう寝なさいね」
 いつもの様に優しく語りかけたマザー・グリスであったが、その表情に伺えた若干の緊張をラリア達は見逃さなかった。
「じゃあ、お休みなさい」
 そう言って、部屋を出て行ったマザー・  グリスを見送った後、ラリア達はヒソヒソと話し始めた。
「今のマザー・グリス、何か変な顔してたよね?」
「はい。いつもの顔じゃなかったです」
「ありゃ、〝きょうかい〟の奴が来たな」
 頭を掻きながら椅子にもたれるヘイトをラリアとヴァリーがまじまじと見つめる。
「ヘイト、その〝きょうかい〟って何?」
「オレも詳しくは知らねーよ。ただ、〝きょうかい〟の奴が来ると、決まってあんな顔をするんだよ。マザー・グリス。お前ら、今まで気付かなかったのか?」
「全然……」
「全く……」
 ラリアとヴァリーが首を傾げ、部屋に沈黙が訪れたその時ーー

「いい加減にしてください!」

 マザー・グリスの叫び声が静寂を打ち破った。
「今の声……」
「マザー・グリス……」
「行こう!」
 ラリア達は客間へと向かって駆け出した。

 客間のドアを開けたラリア達の目に飛び込んできたのは、床に蹲るマザー・グリスと彼女を罵る様な冷たい目つきで見下す一人の男の姿であった。

「マザー・グリス!」

 驚き叫ぶラリア達へ、男がゆっくりと振り返る。ワインレッドとゴールドで彩られた悪趣味な甲冑がガシャリと音を立てる。
 茄子を思わせる面長の輪郭に、色を塗った様な青髭に囲まれた鱈子唇をニヤリと歪ませ、男はその爬虫類を連想させるギロリとした不気味な眼をラリア達へと向けた。
「なんだ、やっぱり居るじゃないですか。ガキ供」
 マザー・グリスが男を睨みつける。
「その子達は、今日任務から帰って来たばかりです!今、ウチに任務に派遣出来る子は一人も居ません!」
 必死に訴えるマザー・グリスの言葉を、男は鼻で笑い一蹴した。
「そんな事、関係ないですねぇ。働ける者が居れば働いてもらわないと。その為にコッチは、こんなボロい孤児院に高い金を払っているのですから」
 男は床に唾を吐き捨てた。
「支援をして頂いている事には感謝してます。でも、もうこれ以上無茶な任務をこの子達にさせたくないんです!」
 マザー・グリスの顔を見ながら、男は面倒くさそうにため息を吐く。
「たがらぁ、そっちの事情は聞いてないのですよ。来週、ワタシが懇意にしている勇者がエアフ大河周辺の散策に出る事になったのです。ですから、事前にあなた方リンカーに調査して貰わないと困るのですよ。もし、そんな未踏の地で勇者が命を落としたら大変でしょう?」
 男は醜くニヤリと笑ってみせた。
「っ!エアフ大河周辺って、魔界のすぐ側じゃない!そんな危険な場所に派遣なんて出来ません!それに、貴方はこの子達の命を何だと思っているの⁈」
「別に何とも思ってませんよぉ。だって、このガキ供はリンカー。元々捨てられた命。それを我々教会が拾ってやったのです。拾ったのもをどう使おうが、我々の自由でしょう?」
「この……悪魔」
 怒りに震え、男を睨みつけるマザー・グリス。そんな彼女の表情に男は眉を潜める。
「気に入らないですねぇ、その顔」
 そう言うと同時に、男は蹲るマザー・グリスの脇腹を蹴飛ばした。
「ぐぁっ!」
 呻き声を上げ、表情を歪めるマザー・グリス。
「どうやら、貴女には立場と言うものを分らせてあげないといけない様ですねぇ」
 男が追撃を加えようと、足を振り上げた、次の瞬間ーー

ーードンッ!

 低く太い音と共に、ヴァリーが男へ向かって飛びかかり、無防備なその顔面に思い切り蹴りを叩き込んだ。
「ブフォあ⁈」
 不意打ちを受けた男は顔を押さえながら、ジタバタと床を転げ回った。
「大丈夫⁈マザー・グリス⁈」
 ヴァリーがマザー・グリスの元へと駆け寄る。
「ナイス、ヴァリー。お前が行かなかったら、オレがヤるところだったよ」
「私だったら、向こうの壁まで吹っ飛ばしてたけどね」
 そう言いながら、ラリアとヘイトはマザー・グリスを守る様に、彼女の前へと立ちはだかり、のたうち回る男を睨みつけた。
「この、このクソガキ供がぁ!」
 目を血走らせながら、男はラリア達へと怒りの咆哮を放った。
「駄目よ!あなた達!すぐ逃げなさい!」
 そう叫ぶマザー・グリスへ、ラリアは背中越しに声を掛けた。
「母親が蹴られたら、子供が怒るのは普通の事でしょ?」
 マザー・グリスが目を見開く。そんな彼女へラリアが続ける。

「安心して、マザー・グリス。あんなクズ、私達がすぐに追い出してやるから!」
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