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第一章:光属性の朝日さんの堕とし方

第15話:木vs水

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「大丈夫? もしかして急に具合が悪くなってたりしちゃった?」

 いつまで経っても入ってこない大樹さんを心配したのか、衣千流さんも側に寄ってくる。

「いえ!! 大丈夫です!! 問題ありません!!」
「そ、そう……なら良かった……。どうぞ掛けてください」
「はい!! 失礼します!!」

 ギクシャクと、まるで油の切れた機械のような動きで大樹さんが奥の席に移動する。

 朝日さんも兄の異変を察してか、バツの悪そうな表情をしている。

「ちょっと、お兄ちゃん……恥ずかしいから普通にしてよ……」
「ふ、普通じゃろうがい!!」

 めっちゃ変だ……。

「そういえば、黎也くんもお昼まだだったよね。せっかくだし、一緒に食べたら?」

 そうしなさいと激しく目配せしながら、衣千流さんが提案してくる。

 何を考えてるのかは分からないが、断るのは流石に不自然か……。

「ん……まあ、二人が邪魔じゃなければ……」
「全然邪魔じゃないから一緒に食べよ! ほら、座って座って」

 即断で了承され、三人で食べることになる。

 衣千流さんが『隣に座れ』と何度も目配せをしてきてるが、それは流石に無視して大樹さんの隣に座る。

「ん~……どれにしようかな~……悩む~……」

 レトロなカリグラフィー風のフォントで書かれたメニューを、朝日さんが正面で食い入るように見つめている。

 二人でゲームをやることすら異常事態だったのに、今度は肩を並べて食事。

 ほんの数十分前までは、まさかこんなことになるだなんて思ってもなかった。

「影山くん的にはどれがおすすめ?」
「ん~……そうだなぁ……」

 身内の贔屓目を抜きにしても、衣千流さんの料理はどれも絶品だ。

 その中から一つを選ぶのは、ゲームのライブラリから最高の一つを選ぶのと同じくらい難しい。

「カルボナーラ……いや、ビーフシチューも捨てがたい……でも、やっぱりオムライスかな」
「オムライス! 確かに美味しそう! じゃあ、私はそれで!」
「はーい、光ちゃんはオムライスで……えーっと……」

 朝日さんの注文を取った衣千流さんが、続いて大樹さんの方を見る。

「お兄さんの方は何にする?」
「では、自分もオムライスでお願いします!」

 まるで政治家の所信表明のように、力強くハキハキと喋る大樹さん。

「はーい、お兄さんもオムライスで……黎也くんも同じのでいい?」
「うん、まとめて作った方が楽だろうし」
「じゃあ、オムライスが三つね。すぐに作ってくるから、しばしご歓談してお待ちくださ~い」

 俺がクラスメイト……それも女子を連れてきたのが嬉しいのか、スキップするような歩調で厨房へと戻っていく。

 浮かれすぎて盛大にコケたりしないかが心配だ……。

「すごく綺麗で優しそうな従姉弟さんだね。うちのお兄ちゃんと交換できないかな」
「ははは……」

 なんとも答えづらい冗談に、苦笑いで応じる。

 一方、そんな言われようにも拘わらず、大樹さんは先刻までと打って変わって一切反論しようとしない。

 ただぼんやりと、料理の音が微かに聞こえる厨房の方を眺めている。

 そうして、しばらく二人+αで話していると頼んだ料理が出来上がった。

「黎也く~ん、出来たから順番におねが~い!」

 衣千流さんがキッチンカウンターの上に並べた皿を、一つずつ運んでいく。

 テーブルの上にお手製のデミグラスソースがたっぷりかかったオムライスが三つ並べ、改めて準備が整った席へと着く。

「うわぁ~……美味しそ~……! それじゃあ早速いただきま~す!」

 スプーンを手にした朝日さんが、一口大に切ったオムライスを口内に運ぶ。

「~~~~~~ッ!」

 声にならない感動が、彼女の全身から溢れ出した。

「お、おいし~……!!」

 星を浮かべたように目を輝かせて、単純にして最上の感想が発せられる。

「お口に合ったかしら?」
「はい! まるで口の中が天国になったみたいにふわふわのトロトロで……本当に美味しいです!」

 その掛け値なしの賛辞に、厨房から出てきた依千流さんも満足げに微笑んでいる。

 勧めた俺も、まるで自分が褒められたようで少し嬉しくなった。

「ね? お兄ちゃんもそう思わない? お兄ちゃん……?」

 同意を求めた朝日さんの正面で、大樹さんは一口目のスプーンを咥えたまま固まっていた。

 もしかして口に合わなかったのだろうかと思い、隣から顔を覗き込む。

「美味い……ッ!!」

 テーレッテレー。

 そんな効果音が鳴りそうに声を震わせた大樹さんの目には、うっすらと涙も浮かんでいた。

「こんな美味いオムライスは食べたことがない……!! 現在過去未来全てを含めて人生最高の一皿だ!!」
「そ、それは流石にちょっと大げさじゃないかな……? 褒めてくれるのは嬉しいけど……」

 度を越えた反応に、依千流さんも大きな戸惑いを見せている。

「いえ、まずはこのデミグラスソース……程よい酸味と甘味が一体になったこれに、更に生クリームを混ぜてまろやかに仕立てることで、絶妙な焼き加減の玉子との調和が生み出されています! もちろん、中のチキンライスも素晴らしい! 具がそれぞれ丁寧に下味をつけられて、ケチャップの味は敢えて控えめにすることによってそれを更に引き立てている! これらの要素が密接に絡み合い、オムライスという名の芸術作品となって今、俺の目の前に降臨している……まさに、神の御業という他ない……!」

 熟練の食レポタレントでも言うのを憚りそうなクドい感想が、すらすらとその口から並べられていく。

 もしかしてこの人、思ってたよりも数段ヤバイ感じなのかもしれない……。

「お、お兄ちゃんが何かを食べてこんなリアクションするの初めて見たかも……よっぽど美味しかったみたいです。普段は『うまい』『まずい』『普通』だけで済ます人なんで……」

 兄がドン引きされているのを見かねた朝日さんが、なんとか精一杯のフォローを入れる。

「ほ、ほんとに? だったらすっごく嬉しい。えーっと……」
「大樹! 朝日大樹です! 東帝大学二年! 趣味はゲームとプログラミング! 好きなシャウトは激しき力! 休日は買い物に付き合うくらいの妹思いな二十歳です! 以後、お見知りおきを!」
「た、大樹くんね……。東大生なんだ……す、すごいね……。黎也くん、勉強教えてもら――」
「はい、任せてください!! 偏差値20アップを約束します!!」

 被せ気味に席から立ち上がった大樹さんと、かなり引き気味の依千流さん。

 この手の機微には疎い俺でも、流石に状況を理解できた。

 また、この店の常連客が一人増えたのだと。


 *****


 大樹さんの独壇場と化した食事を終え、夕方の営業時間が始まる前に二人は帰った。

 二人共に『また来ます』と言ってたけれど、大樹さんの方の意味合いは少し怖い。

 あの調子だと本当に週一……いや、下手すれば二三日に一回は来るかもしれない。

 そうして夕食帯の営業時間も終えて、帰宅したのは十時過ぎだった。

「ふぅ……連休中の忙しい時期だから流石に疲れたな……」

 疲弊しきった身体をゲーミングチェアに預け、右手だけを動かしてマウスを操作する。

 長く働いた分だけ、今日のバイト代はそれなりの金額になる。

 ここにあるどんなゲームでも買えちまうぜと、全能感に浸りながらStreamのランキングをスクロールしていると――

「あっ、樹木さんからメッセージ来てるな……」

 だらけきって机の下まで潜り込みそうになっていた身体を持ち上げ、メッセージを確認する。

『ヌルヤ、いるか?』

 珍しい短く単純な呼びかけ。

 ちなみにヌルヤは俺のハンドルネームだ。

『今バイトから帰ってきました』
『そうか』

 その短い言葉を受け取ったのを最後に、会話が止まる。

 向こうから声をかけてきたのに、特に用事があったわけではないんだろうか。

 そう考えていると、またメッセージを入力中の文言が表示された。

 まるで手紙を書いては内容が気に食わずに破り捨て、また最初から書き出すかのように。

 入力中の文言が、消えては表示されを繰り返す。

 いつにも増して変だなー……と観察していると、ようやく本題が切り出された。

『お前はこれまでの人生で運命を感じた瞬間ってあるか……?』

 いきなり乙女かよ。

『決定論的な話ですか?』
『いや、人と人との出会いに関してだ』

 適当にはぐらかそうと思ったら軌道修正される。

 どうやら真剣な話らしい。

『じゃあ、多分ないですね。そんな乙女回路は未搭載なんで』
『そうか……俺もそうだったはずなんだけどな。今日、まさに運命と呼ぶしかない女性に出会ってしまったんだ……』

 その喜びと悲痛さが入り混じった感情が、文字からも滲み出ている。

 どうやら誰かにガチ恋してしまったらしい。

『へぇ……ちなみになんてゲームのどんなヒロインですか?』
『いや、ゲームじゃねーよ』
『じゃあVtuberですか? 知り合いがVに貢ぎすぎて破滅したニュースとかは見たくないんで、ほどほどにしてくださいよ』
『ちげーよ! リアルだよ! 三次元の女だよ!!』
『ああ、そうなんですか』

 二次元にしか興味のない人だと思っていたので、意外だった。

 しかし、その『三次元の女』って言い方が既に敗色濃厚な雰囲気を漂わせてる気がする。

『で、俺はどうすればいいと思う?』
『どうすればって……なんでそんなこと俺に聞くんですか』
『だって俺、選択肢の表示されない恋愛とか全然わかんないから……』

 な、なんて情けない人なんだ……。

 いや、俺も人のことを偉そうに言える立場ではないけれど。

『俺もあんまり分からないですけど、今の樹木さんはらしくないのだけは確かですね』
『らしくない……?』
『はい。だって俺が知ってる樹木さんは、0/8/0のヤスオでも常にアウトプレイを狙ってるようなアグレッシブさが売りの人じゃないですか』
『……確かに』
『そんな後ろ向きじゃ勝てる勝負にも勝てませんよ』
『言われてみればそんな気がしてきた』
『ゲームも現実も同じですよ。攻めて攻めて攻めまくりましょう!!』

 キーボードを叩く指が、どんどん軽くなってくる。

 人を無責任に後押しする心地よさを感じてしまっていた。

『そうだよな! よっしゃ!! 連休明けから早速ガン攻めチャートと行くか!!』
『その意気ですよ!! 応援してます!!』

 さしあたっては自分も、明日に控えた買い物イベントを攻略しなければならない。

 当日の行程を考えるだけでなく、服や身なりもしっかりと整えていく必要がある。

 しかし、当然俺に女子と二人で出かけた経験は皆無だ。

 初見の死にゲーよりも厳しい戦いが強いられるのは間違いない。

 今の焚き付けも、自分の置かれた状況からの逃避行動の一種だったのかもしれない。。

 そして、その行動がどんな結果を生むのか、この時の俺はまだ知る由もなかった。
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