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第一章:光属性の朝日さんの堕とし方
第26話:来ちゃった
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金曜の午後――最後の鐘が鳴り、中間試験の日程が全て終わる。
「はい、終了ー。鉛筆置いて、後ろから回収。もう書かないように」
担当教員の号令によって、後ろから順番に答案用紙が回収されていく。
……終わった。
まず最初に感じたのは、大きな大きな解放感。
これでまたしばらく、勉強と向き合わなくて良い日が続く。
そう考えるだけで心は羽が生えたように軽くなる。
次に感じたのは、全教科で赤点は回避出来たであろう手応え。
大樹さんから借りた想定問題集は、確かに攻略本と言って差し支えがなかった。
実際に結果が発表されるまではまだ分からないけど、少なくとも現時点で不安は大きく解消された。
今日から三日間はバイトも休みにしてもらっているし、心ゆくまで余暇を堪能できる。
そう考えて、鞄を持って席から立ち上がろうとした時だった。
教室の出入り口から中を覗き込むように、朝日さんが俺の方をじっと見ていた。
俺がそれに気づくと、彼女はちょいちょいとこっちに向かって手招きする。
どうやら付いてこいと言っているみたいだけど、校内で何かアプローチされるのは始めてだ。
一体、何の用事だろう。
鞄を背負って、付かず離れずの距離を保ちながら彼女の後を追う。
渡り廊下を通り、俺にとっては馴染みの深い別棟へと入る。
時折、俺が付いてきているのを確認するように振り返っている朝日さん。
一体どこまで行くんだろうと廊下の角を曲がったところで――
「わっ!」
「うおっ! びっくりした!」
小学生みたいなイタズラにかけられた。
「あはは! 驚いた?」
「そりゃ驚くよ……わざわざこんな場所まで引っ張って何かと思ったら……」
「ごめんごめん、なんか今まで学校じゃ話したことないのに急に仲良さそうに話すのを見られたらちょっと恥ずかしいなって思って……」
そう言いながら、照れくさそうに笑っている。
確かに、言われてみれば学校で話すのはこれが始めてかもしれない。
ただ、わざわざこんなところまで呼び出して会話するのは少し気にし過ぎな気もする。
周囲からすれば俺と彼女が話していたところで、単なる事務的な会話だとしか思われないだろうし。
「テストはどうだった?」
「え? ああ……まあ、ぼちぼちだったかな。朝日さんは?」
「私もまあまあかなー」
この人の『まあまあ』と俺の『ぼちぼち』では、天と地ほどの差があるんだろうな……。
いつも張り出されている試験の順位では、一桁から落ちているのを見たことがない。
塾や予備校に通ったり、特段ガリ勉というわけでもないので根本的に頭の出来が違う。
「でさ……こっちが本題なんだけど……」
少し身体を揺らしながら、言いづらそうにそう切り出してくる。
「明日も遊びに行かせてもらうって言ってたけど……ごめん、行けなくなっちゃった」
「え? あ、ああ……そうなんだ……」
「一日前にいきなりごめんね。どうしても外せない用事が出来ちゃって……」
両手を顔の前で合わせて、心から申し訳無さそうに謝られる。
しかし、それでわざわざ呼び出して謝るのは律儀というか……。
「……テニス関係の用事?」
聞くべきか少し悩んだが、思い切って尋ねる。
「うん、ちょっとお母さんが……土曜日はいつもクラブのコーチを優先してるからいないんだけど、大会が近いから明日は練習を見てくれるってことになって……」
決まりが悪そうに言う朝日さん。
つまり、お母さんの目が光っているからサボれないという話だった。
「そうなんだ。なら仕方ないかな」
「ほんとごめんね。せっかく二人で出来るの用意してくれてたって言ってたのに……」
「いや俺は全然大丈夫、それはまたいつでも出来るし」
「うん、また行ける日が決まったら連絡させてもらうから。じゃあね、また来週」
そう言うと、彼女はバッグを背負い直して来た道を小走りで戻っていった。
一抹の寂しさはあるが、しっかりと練習に臨んでくれるのならそれが一番には違いない。
*****
自宅に戻り、かつてない解放感の中でパソコンと向かい合う。
この三日は一度足りとも外出しないという決意の下に、物資も買い溜めてきた。
後は、この日のために積んであったゲームを遊んで遊んで遊び尽くすのみ。
薄暗い部屋の中、勉強の時には全く発揮されなかった集中力でひたすらキーボードとマウスと操作し続ける。
腹が減ったら、出前の飯をエナジードリンクで流し込む。
脳内で何かやばい成分が分泌されているのか、疲れという言葉を置き去りにしている。
夜になって樹木さんを始めとしたフレンドも合流すれば、楽しい楽しいマルチプレイの開幕だ。
全員が俺の解放感に当てられたのか、馬鹿になって時間も忘れて遊びまくった。
この不健康で不健全で最高の体験。
最近は色々とあって忘れていたが、これが俺の本来のあるべき姿だった。
そんなこんなであっという間に二十四時間が過ぎ、土曜の夕方を迎えた。
眠気のピークはとっくに過ぎ、未知の領域に片足を踏み入れている。
ここまで付き合ってくれたフレンドたちも一人、また一人と脱落し、樹木さん以外はみんな寝てしまった。
『わり、ちょっと家族から連絡入ったから少し席外すわ』
その樹木さんも、そう言って席を外す。
今のうちに俺もシャワーでも浴びておくか、と久しぶりに立ち上がる。
温かいシャワーを浴びると、ただでさえ滞っていた血行が促進されて、働いていない脳味噌がさらにぼんやりとする。
そんな中で、ふと浮かんだのは朝日さんのことだった。
もうすぐあるらしい大会に向けて、今頃は練習に明け暮れているんだろうか。
そうだといいなと思いながら浴室を出て、身体を拭いていると――
――ピンポーン。
呼び鈴の音が玄関に鳴り響く。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
扉の向こうに叫んで、急いで用意してあった服を着る。
こんな時間に誰だろう。
宅配か、それとも怪しい勧誘か……。
訝しみながら扉を開くと、そこには――
「ごめん、やっぱり来ちゃった」
何も持たず、テニスウェアを着たままの朝日さんが立っていた。
「はい、終了ー。鉛筆置いて、後ろから回収。もう書かないように」
担当教員の号令によって、後ろから順番に答案用紙が回収されていく。
……終わった。
まず最初に感じたのは、大きな大きな解放感。
これでまたしばらく、勉強と向き合わなくて良い日が続く。
そう考えるだけで心は羽が生えたように軽くなる。
次に感じたのは、全教科で赤点は回避出来たであろう手応え。
大樹さんから借りた想定問題集は、確かに攻略本と言って差し支えがなかった。
実際に結果が発表されるまではまだ分からないけど、少なくとも現時点で不安は大きく解消された。
今日から三日間はバイトも休みにしてもらっているし、心ゆくまで余暇を堪能できる。
そう考えて、鞄を持って席から立ち上がろうとした時だった。
教室の出入り口から中を覗き込むように、朝日さんが俺の方をじっと見ていた。
俺がそれに気づくと、彼女はちょいちょいとこっちに向かって手招きする。
どうやら付いてこいと言っているみたいだけど、校内で何かアプローチされるのは始めてだ。
一体、何の用事だろう。
鞄を背負って、付かず離れずの距離を保ちながら彼女の後を追う。
渡り廊下を通り、俺にとっては馴染みの深い別棟へと入る。
時折、俺が付いてきているのを確認するように振り返っている朝日さん。
一体どこまで行くんだろうと廊下の角を曲がったところで――
「わっ!」
「うおっ! びっくりした!」
小学生みたいなイタズラにかけられた。
「あはは! 驚いた?」
「そりゃ驚くよ……わざわざこんな場所まで引っ張って何かと思ったら……」
「ごめんごめん、なんか今まで学校じゃ話したことないのに急に仲良さそうに話すのを見られたらちょっと恥ずかしいなって思って……」
そう言いながら、照れくさそうに笑っている。
確かに、言われてみれば学校で話すのはこれが始めてかもしれない。
ただ、わざわざこんなところまで呼び出して会話するのは少し気にし過ぎな気もする。
周囲からすれば俺と彼女が話していたところで、単なる事務的な会話だとしか思われないだろうし。
「テストはどうだった?」
「え? ああ……まあ、ぼちぼちだったかな。朝日さんは?」
「私もまあまあかなー」
この人の『まあまあ』と俺の『ぼちぼち』では、天と地ほどの差があるんだろうな……。
いつも張り出されている試験の順位では、一桁から落ちているのを見たことがない。
塾や予備校に通ったり、特段ガリ勉というわけでもないので根本的に頭の出来が違う。
「でさ……こっちが本題なんだけど……」
少し身体を揺らしながら、言いづらそうにそう切り出してくる。
「明日も遊びに行かせてもらうって言ってたけど……ごめん、行けなくなっちゃった」
「え? あ、ああ……そうなんだ……」
「一日前にいきなりごめんね。どうしても外せない用事が出来ちゃって……」
両手を顔の前で合わせて、心から申し訳無さそうに謝られる。
しかし、それでわざわざ呼び出して謝るのは律儀というか……。
「……テニス関係の用事?」
聞くべきか少し悩んだが、思い切って尋ねる。
「うん、ちょっとお母さんが……土曜日はいつもクラブのコーチを優先してるからいないんだけど、大会が近いから明日は練習を見てくれるってことになって……」
決まりが悪そうに言う朝日さん。
つまり、お母さんの目が光っているからサボれないという話だった。
「そうなんだ。なら仕方ないかな」
「ほんとごめんね。せっかく二人で出来るの用意してくれてたって言ってたのに……」
「いや俺は全然大丈夫、それはまたいつでも出来るし」
「うん、また行ける日が決まったら連絡させてもらうから。じゃあね、また来週」
そう言うと、彼女はバッグを背負い直して来た道を小走りで戻っていった。
一抹の寂しさはあるが、しっかりと練習に臨んでくれるのならそれが一番には違いない。
*****
自宅に戻り、かつてない解放感の中でパソコンと向かい合う。
この三日は一度足りとも外出しないという決意の下に、物資も買い溜めてきた。
後は、この日のために積んであったゲームを遊んで遊んで遊び尽くすのみ。
薄暗い部屋の中、勉強の時には全く発揮されなかった集中力でひたすらキーボードとマウスと操作し続ける。
腹が減ったら、出前の飯をエナジードリンクで流し込む。
脳内で何かやばい成分が分泌されているのか、疲れという言葉を置き去りにしている。
夜になって樹木さんを始めとしたフレンドも合流すれば、楽しい楽しいマルチプレイの開幕だ。
全員が俺の解放感に当てられたのか、馬鹿になって時間も忘れて遊びまくった。
この不健康で不健全で最高の体験。
最近は色々とあって忘れていたが、これが俺の本来のあるべき姿だった。
そんなこんなであっという間に二十四時間が過ぎ、土曜の夕方を迎えた。
眠気のピークはとっくに過ぎ、未知の領域に片足を踏み入れている。
ここまで付き合ってくれたフレンドたちも一人、また一人と脱落し、樹木さん以外はみんな寝てしまった。
『わり、ちょっと家族から連絡入ったから少し席外すわ』
その樹木さんも、そう言って席を外す。
今のうちに俺もシャワーでも浴びておくか、と久しぶりに立ち上がる。
温かいシャワーを浴びると、ただでさえ滞っていた血行が促進されて、働いていない脳味噌がさらにぼんやりとする。
そんな中で、ふと浮かんだのは朝日さんのことだった。
もうすぐあるらしい大会に向けて、今頃は練習に明け暮れているんだろうか。
そうだといいなと思いながら浴室を出て、身体を拭いていると――
――ピンポーン。
呼び鈴の音が玄関に鳴り響く。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
扉の向こうに叫んで、急いで用意してあった服を着る。
こんな時間に誰だろう。
宅配か、それとも怪しい勧誘か……。
訝しみながら扉を開くと、そこには――
「ごめん、やっぱり来ちゃった」
何も持たず、テニスウェアを着たままの朝日さんが立っていた。
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