暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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見せない涙

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 ふと意識が浮上する。それとともに誰かの話し声も聞こえてきて、幸菜はぼんやりと目蓋まぶたを押し上げた。

「目が覚めたか」

 目の前にある男の顔を認識した途端、幸菜は怯えた表情で身動ぎした。
 彰久がぐっと眉を寄せる。幸菜は息をのみ、慌てて口を開いた。

「っごめ、ごめんなさい! 逃げないから……!」

 縋るように、引き止めるように胸元を握り締める手は震えていた。彰久の怒りを恐れていることがわかる。
 それを見て、彼の心は荒々しさを増した。どうしてこうも思い通りにならないのか。
 苛立ちを押し付けるように幸菜の手首を掴み、引き寄せる。きぬれの音をさせて、僅かに開いていた隙間が埋まった。
 「逃げない」と自分で口にしただけはあって、 幸菜は全身を震わせながらもその素振りを見せることはなかった。体は強張らせたままだが、されるがまま拒む気配も無い。
 どうやら少しは自分の立場を理解したらしい。
 それに満足したわけではないが彰久は少しだけ気を良くして、穏やかな声で問いかけた。

「体は」

 それだけを言われても、幸菜には何のことだかわからなかった。彼の口からそんな言葉が出るということすら予想していなかったからかもしれない。
 答えあぐねていると、「痛むのか」と付け加えられてようやく、彼の言わんとしていることを理解した。
 言われてみれば、あれだけの激痛がほとんど感じなくなっている。完全に消えたわけではないけれど、これなら自分で立ち上がることくらいはできそうだ。

 だが、それを素直に言っていいものか。

 幸菜は、彰久に従わなければならない立場にある。もう平気だと答えて、またあんなことを要求されたらと思うと怖気づいてしまう。
 悩みに悩んで、「少し」と躊躇ためらいがちに肯定した。ばれるかとひやひやしたが、意外にも彼は追求することはない。
 その代わりに、彼の手が幸菜の腰を撫でた。瞬間、彼女は青ざめて、耐え忍ぶように目を硬く閉じた。

「何もしない」

 低い声がそう囁くが、それを信じることなどできるはずがない。鵜呑うのみにしたら、また先ほどのようになるのだろうと幸菜は怯えていた。
 彰久の手が、薄布越しに右往左往する。だがそこに、先ほどまでのような色気は無い。押したり撫でたり、たまに叩いたりを繰り返されている。

(な、なに……? マッサージ……なわけないよね……)

 訝しんでいるうちにも大きな手は動き回り、触れられている場所がじんわりと温かみを帯び始める。
 彰久は満足したのか、撫でる手を引き、上半身を起こした。
 晒された裸体に幸菜は慌てて目を逸らしたが、たった一目見ただけでも衝撃的で脳裏に焼きついてしまった。

 はだけた着物から覗いた、引き締まった腰や胸。二の腕や腹も筋が入っていて、余計な肉などまるでない。鍛えられているとわかる、大人の男らしい体。

 自分とはまるで違うそれを忘れようとすればするほど鮮明に頭の中に浮かんで、赤面してしまう。

「青くなったり赤くなったり、忙しない奴だ」

 彰久はからかうような口ぶりをして、脱ぎ捨てたままにしていた衣装に手をつけた。
 布団から出る素振りも見せない幸菜を見下ろす。

「お前は着替えないのか」
「……あとで、します」

 幸菜の返しに彼は訝しんだが、着付けをまだおぼえられていない衣装を幸菜一人で着付けられるはずもない。亜希に手伝ってもらうからと付け加えてようやく彼は疑いを晴らした。

「要り用なものがあれば、あいつに申しつけろ」

 去り際、何故か口をもごつかせながらもそう言い置いて、彰久は障子の向こう側に消えた。
 一人になった座敷で、幸菜はようやく肩の力を抜いた。
 こみ上げてくる涙を布団に押し付けて拭い、しっかりしろと喝を入れる。泣いたって、何かが変わるわけでもないと必死で自分を奮い立たせた。
 遅からず、亜希がやってくる。彼女にこんな体を見られるわけにはいかないと、急いで肌着を引っ掛けた。
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