暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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疾駆

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 ーーその報せが届いたのは、陽も高く昇った頃だった。

 「遼展はるひろが?」

 斥候せっこうからの報告だと駆け込んできた伝令兵は黙したまま肯定した。
 斥候というのは情報収集を務める兵のことを指す。群雄割拠のこの時代だからこそ欠かせない存在だといつかに聞いた。
 だが、それにしては様子がおかしい。
 戦が始まるというわけではないようだが、控える女中たちはさわさわと小声で何事かを交わしているし、報せを受けた彰久は心底面倒くさそうに眉根を寄せている。
 名前で呼ぶくらいだから親しい間柄なのかと思ったが、どうにもそれだけとは思えない。

「亜希さん、亜希さん。『はるひろ』さんって、どなたなんですか?」
「同盟国の次期国主でございます。殿とはお年頃が近く、幼少のみぎりは一緒に過ごされていたこともございましたが……」

 そこまでで、言葉は濁された。
 だが、そこまででも幸菜には疑問が湧いた。

「同盟国なのに、斥候が見張るの?」
「必ずしも不変のものとは言えませんから……」

 苦く笑う彼女の言葉の端にも不安が滲んでいた。
 曖昧な関係性は、単に敵対するよりよほど危ういらしい。
 ならそんな同盟しなければいいのに、と思ったが、そうもいかないのが国交なのだそうだ。

和展かずひろ公……遼展殿のお父君は温厚篤実な名君で、戦ともなれば誰よりも多くの武功を挙げられるお方です。殿もの方の軍略には取り上げて関心を示しておられます」

 本当に素晴らしいお方なのですよ。
 その言葉の後に、ですがと亜希は物憂げに目線を下げた。
 隣国の嫡子である遼展は、父親とは真逆の人柄らしい。
 彰久と近い齢ではあるが、若くして家督を継いだ彼とは違い、国主たる心構えが著しく欠如している。
 今回もその例に漏れず、思いつきで国を発ち、先触れもなくこの城へ向かっているらしい。
 女中たちが落ち着きをなくしたのはそのためだった。
 それは嫌な顔もすると、幸菜は彰久に同情的な眼差しを向けた。彼も、今ばかりはと嘆息を隠しもしない。

「門前払いを食らわせたいところだが、仕方がない」

 気の乗らないながらも彼の下した決定に、女中たちは素早く段取りをつけはじめた。
 ちょいちょい、と指先で軽く呼びつけられて、幸菜はむっとしながら寄り添った。

「お前の座敷へ渡ることはないが、万が一ということもある。気を抜くなよ」

 真剣な眼差しに見つめられる。
 彼が何を危惧しているのかわからないが、それでも幸菜は頷いた。
 穏やかであるはずのひと時が、騒然とその姿を変えた。
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