暴君は野良猫を激しく愛す

藤良 螢

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 黒に侵食され始めた思考が、体ごと強く引かれ現実に戻される。
 叩きつけるように引きずり倒され、擦れた皮膚が熱くなった。

「ーー何をしている」

 決して大きな声ではなかった。それでも絶対零度の響きは否応なく鼓膜に突き刺さった。
 血の気が引く音を聞いた気がした。
 掴まれたまま持ち上げられた腕が痛い。あまりに強い力で思わず顔を歪めたが、それよりも彼の目の方が痛くて怖かった。
 自分を見下ろす目は氷のように冷たいのに、炎をも超える激情が宿っていた。

「自分の立場がわかっていないようだな」

 一層恐ろしさを増した声音に青ざめた。幸菜が恐怖を覚えたと察知すると、腕の力がさらに強められた。
 腕を上に引っ張られたかと思えば、体が浮き上がり抱えられる。
 彰久は獣の目を遼展に向けた。

「これは俺のものだ」

 獰猛な唸り声に、誰も何も言えなかった。
 彰久は幸菜を抱えたまま足並み荒く座敷を出た。その後を追うものは無い。たった一言に追ったが最期と否応なく知らしめられた。

「殿様っ、殿様っ待って!」

 耳元で叫んでいるのに、彼はその足を止めることは無い。怒っていることはわかっているが、どうしてそこまで怒るのか理由はわからなかった。
 これだけ騒いでいるというのに誰一人としてすれ違わないことも、幸菜の不安を煽った。
 ほとんど座敷を出なかったせいで、渡殿をひとつ超えただけで見知らぬ場所に早変わりしてしまった。
 いったい、彼は何をどうするつもりなのだろうか。
 彰久はひとつの部屋に入ると、そのさらに奥の一角に幸菜を横たえた。

「俺が、お前を手放すとでも思ったか?」

 唸るような声の通り、彰久は怒りもあらわに幸菜を見下ろしている。
 彼は僅かの身動ぎさえ許さなかった。細い手首を大きな手ひとつでまとめてきつく縫い付けた。

「お前は俺のものだ。逃すものか、決して」

 宣う彼の、唇の端だけを上げた薄い微笑からは、色濃い狂気か見え隠れしていた。
 空いた右手が袷を鷲掴み、袷を力任せに引き下げる。露出した肌を隠そうと必死に身を捩ると、その隙に帯から下もはだけさせられた。
 かちかちと奥歯が鳴る。やめてと悲鳴交じりに懇願しても、彼はその手を止めるつもりはないようだった。

「何を怖がることがある? もう何度も重ねてきたというのに」

 あまりの羞恥に全身が燃えそうなほど熱くなった。
 どうしてこんな仕打ちをうけなければならないのか、悔し涙が浮かぶ。
 こんなの、あんまりだ。

「わ、たし、は……っ、私は、あなたのものなんかじゃない!!」

 我を忘れて叫んだ幸菜に、彰久は最後の錠が開く音を聞いた。
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