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1.上司の敗北宣言
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僕の名前は東龍之介。
今年で30になる非正規男だ。そんな非正規男はいま居酒屋の隅にいる。
同じ席には職場の上司がいるのだが、この人は僕の収入の倍以上を稼ぐ管理職の正社員だ。仕事もわかりやすく教えてくれるし、困ったときには何度も助けてくれた。
だから、グチくらいは聞いてあげるべきだと思っていたのだが……開口一番に凄いことを言ってきたのである。
「俺さ……婚活諦めることにしたよ……」
「え……!?」
いやいや待ってくれと思っていた。アンタの年収は500万円くらいはあるはずだ。32歳で500万はなかなか稼いでいる方だし、身長も180センチ近いし、男の僕から見てもカッコいい男性だと思う。
そんな男性が、婚活を諦めるなんて……ただ事ではない。
「勿体ないっ……! 何かあったんですか?」
勿体ないという言葉を聞いて、職場の上司は少し嬉しそうな顔をしたけれど、すぐに深刻そうに目の前のグラスを眺めていた。
「この前に……結婚相談所でお見合いをしたんだけど、相手がさ……」
「相手が、どうしたんです?」
「年上の女の人と会ったんだけど、年収が低いだの、女性をエスコートする態度がダメだの、出世する見込みはあるかだの、店を選ぶセンスがないだの、女性にお金を払わせるなんて信じられないだの……」
ああ、要するに上司さんは、婚活界隈にいるという気性の荒い女を引いてしまったというわけか。
だけど、女性にお金を払わせるというくだりが引っかかった。彼とはよくこうして飲みに来るが、いつも多めに払ってくれているからだ。
「鈴木さんのことだから割り勘じゃありませんよね?」
「うん、5300円くらいの会計だったから、5000円札を出して残りを頼んだんだ……そうしたら……」
僕は思わず、呑んでいたお酒を噴き出しそうになった。
「ちょっと待ってください! 300円も払えないんですか……!」
「ああ、女性は服とか化粧とかにお金がかかるんだから、全額を払えってね」
「ありえねえ!! そんなのと結婚しなくて正解ですよ!」
「そ、そうかな……?」
「そうですよ! そんなのと結婚したら、鈴木さんの将来が滅茶苦茶になりますよ!!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今回だけじゃないんだよこれ……」
「と、いいますと?」
「3度目なんだ……婚活パーティーにも行ってみたけど、似たような女の人ばかりで……安月給とか、工場勤務なんて底辺だとか、あり得ないと笑われたんだ」
「…………」
その話を聞いて、僕は頭を抱えたくなった。
こんな非正規にだって正社員になって、管理職に出世すれば結婚も可能かと心の中では思っていた。だけど、世の中はそんなに甘くはないようだ。
居酒屋を出ると、上司はどこかすっきりした顔で言った。
「東君。今日はグチを聞いてくれてありがとう!」
「いいっすよ。いつも鈴木さんにはお世話になってるじゃありませんか!」
「週明けからも頑張っていこう!」
「ええ、お気をつけてお帰りください」
こうして上司と呑んでいるときは楽しかったが、いざ独りになると寂しさが波のように押し寄せてきた。
「…………」
「…………」
自分の中では鈴木主任は、かなり出来る人間だった。それほどの人物でも結婚を諦めたという事実は、僕にとっては自分は逆立ちしても結婚できないと宣告されているに等しい。
「どうなってるんだよ……この世の中は……」
確かに、たまたまハズレばかり引いたとか、鈴木主任の選んだ結婚相談所がまずかったという考えも出来なくはないが、そもそも無能な僕にとって、年収200万円の僕にとっては、年収500万円という収入を得ること自体が無理難題だ。
酔ったままフラフラと歩いていると、神社の前に立っていた。
「……あれ? こんなところに神社なんてあったっけ?」
そう呟くと、不思議な感覚に囚われていた。
見たところ無人の神社のようだが、何だか怖いもの見たさというのだろうか、夜の神社というモノを拝んでみたくなっていた。
この神社が、縁結びの神様として有名だから……というのも理由かもしれない。
「そんなに酔っ払ってもいないし、少し参拝と行くか」
後から考えてみると、しっかり酔っ払っていると言いたくなるところだが、意外と酔っているときは酔っていないと思うものなのである。
ゆっくりした足取りで階段を上っていくと、神社本殿などがあった。質素な造りだが、それがまた風情があっていいモノだと思う。
「これは……一見すると地味だけど、実力のある神様とお見受けした!」
なに調子に乗ってるんだよと突っ込みたくなるだろうが、酔っ払いとはこのようなモノである。僕という名のバカは更に調子に乗った発言をする。
「だけど、これほどの神様でも、僕を結婚させることなんて不可能だろうね! こんな非正規オッサンが結婚できるとしたら、異世界に行ったときくらいだろうな」
冗談半分にそう言って笑っていると、何だろう……鈴の音色が響いた気がした。
『全く、ひどく酔っぱらって……こんなところでバカなことを言っていないで、早く家に帰って休みなさい』
どこからともなく現れた巫女姿のケモミミ女性は、美人系の人だったけれど正確な姿が認識できない。
だからかはわからないが、つい反抗したくなって煽っていた。
「全く、母ちゃんみたいなこと言わないでよ~ダメガミさん!」
「なにが、ダメガミですか、この千鳥足!」
「あ~あ、美人で羨ましいよな……僕も整った顔に生まれたかったよ……まあ、僕なんかじゃ顔が良くても結婚なんて1000パーセント無理だけど……」
「…………」
「生まれてくる時代を間違えたよな。時代ガチャってやつ?」
そう伝えると、その女神はにっこりと笑った。
『そこまでいうならわかりました。しっかりと願い通りに段取りを整えてあげるから、たくましい男になりなさい』
その直後に、雷のようなものが降り注いで僕は意識を失うと、その女神様は少し考えてから言った。
『あ……このままだと、上司の鈴木主任に迷惑がかかりますね』
「…………」
「…………」
『そうだ。御霊を複製して、片方を異世界に……もう片方を現世に残したままにすれば何も影響はありませんね。これでいきましょう!』
その言葉を聞いたとき、僕はとんでもない相手に悪態をついたことに気がついた。
赦してくれるかはわからないが、きちんと謝罪はしておいた方がいい。
『ごめんなさい。貴女様はやはりダメガミなんかではありません』
『いいえ。貴方の言った通り私はダメな女神ですよ。日本人がどんどん減っているのは、私たちの不徳が原因です』
そう言いながら女神は魂をコピーすると、片方を僕の身体に戻し、もう片方を異世界へと転送した。そしてオリジナルの僕はもちろん……異世界へ行くことになったのである。
【神社で会った女神】
今年で30になる非正規男だ。そんな非正規男はいま居酒屋の隅にいる。
同じ席には職場の上司がいるのだが、この人は僕の収入の倍以上を稼ぐ管理職の正社員だ。仕事もわかりやすく教えてくれるし、困ったときには何度も助けてくれた。
だから、グチくらいは聞いてあげるべきだと思っていたのだが……開口一番に凄いことを言ってきたのである。
「俺さ……婚活諦めることにしたよ……」
「え……!?」
いやいや待ってくれと思っていた。アンタの年収は500万円くらいはあるはずだ。32歳で500万はなかなか稼いでいる方だし、身長も180センチ近いし、男の僕から見てもカッコいい男性だと思う。
そんな男性が、婚活を諦めるなんて……ただ事ではない。
「勿体ないっ……! 何かあったんですか?」
勿体ないという言葉を聞いて、職場の上司は少し嬉しそうな顔をしたけれど、すぐに深刻そうに目の前のグラスを眺めていた。
「この前に……結婚相談所でお見合いをしたんだけど、相手がさ……」
「相手が、どうしたんです?」
「年上の女の人と会ったんだけど、年収が低いだの、女性をエスコートする態度がダメだの、出世する見込みはあるかだの、店を選ぶセンスがないだの、女性にお金を払わせるなんて信じられないだの……」
ああ、要するに上司さんは、婚活界隈にいるという気性の荒い女を引いてしまったというわけか。
だけど、女性にお金を払わせるというくだりが引っかかった。彼とはよくこうして飲みに来るが、いつも多めに払ってくれているからだ。
「鈴木さんのことだから割り勘じゃありませんよね?」
「うん、5300円くらいの会計だったから、5000円札を出して残りを頼んだんだ……そうしたら……」
僕は思わず、呑んでいたお酒を噴き出しそうになった。
「ちょっと待ってください! 300円も払えないんですか……!」
「ああ、女性は服とか化粧とかにお金がかかるんだから、全額を払えってね」
「ありえねえ!! そんなのと結婚しなくて正解ですよ!」
「そ、そうかな……?」
「そうですよ! そんなのと結婚したら、鈴木さんの将来が滅茶苦茶になりますよ!!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今回だけじゃないんだよこれ……」
「と、いいますと?」
「3度目なんだ……婚活パーティーにも行ってみたけど、似たような女の人ばかりで……安月給とか、工場勤務なんて底辺だとか、あり得ないと笑われたんだ」
「…………」
その話を聞いて、僕は頭を抱えたくなった。
こんな非正規にだって正社員になって、管理職に出世すれば結婚も可能かと心の中では思っていた。だけど、世の中はそんなに甘くはないようだ。
居酒屋を出ると、上司はどこかすっきりした顔で言った。
「東君。今日はグチを聞いてくれてありがとう!」
「いいっすよ。いつも鈴木さんにはお世話になってるじゃありませんか!」
「週明けからも頑張っていこう!」
「ええ、お気をつけてお帰りください」
こうして上司と呑んでいるときは楽しかったが、いざ独りになると寂しさが波のように押し寄せてきた。
「…………」
「…………」
自分の中では鈴木主任は、かなり出来る人間だった。それほどの人物でも結婚を諦めたという事実は、僕にとっては自分は逆立ちしても結婚できないと宣告されているに等しい。
「どうなってるんだよ……この世の中は……」
確かに、たまたまハズレばかり引いたとか、鈴木主任の選んだ結婚相談所がまずかったという考えも出来なくはないが、そもそも無能な僕にとって、年収200万円の僕にとっては、年収500万円という収入を得ること自体が無理難題だ。
酔ったままフラフラと歩いていると、神社の前に立っていた。
「……あれ? こんなところに神社なんてあったっけ?」
そう呟くと、不思議な感覚に囚われていた。
見たところ無人の神社のようだが、何だか怖いもの見たさというのだろうか、夜の神社というモノを拝んでみたくなっていた。
この神社が、縁結びの神様として有名だから……というのも理由かもしれない。
「そんなに酔っ払ってもいないし、少し参拝と行くか」
後から考えてみると、しっかり酔っ払っていると言いたくなるところだが、意外と酔っているときは酔っていないと思うものなのである。
ゆっくりした足取りで階段を上っていくと、神社本殿などがあった。質素な造りだが、それがまた風情があっていいモノだと思う。
「これは……一見すると地味だけど、実力のある神様とお見受けした!」
なに調子に乗ってるんだよと突っ込みたくなるだろうが、酔っ払いとはこのようなモノである。僕という名のバカは更に調子に乗った発言をする。
「だけど、これほどの神様でも、僕を結婚させることなんて不可能だろうね! こんな非正規オッサンが結婚できるとしたら、異世界に行ったときくらいだろうな」
冗談半分にそう言って笑っていると、何だろう……鈴の音色が響いた気がした。
『全く、ひどく酔っぱらって……こんなところでバカなことを言っていないで、早く家に帰って休みなさい』
どこからともなく現れた巫女姿のケモミミ女性は、美人系の人だったけれど正確な姿が認識できない。
だからかはわからないが、つい反抗したくなって煽っていた。
「全く、母ちゃんみたいなこと言わないでよ~ダメガミさん!」
「なにが、ダメガミですか、この千鳥足!」
「あ~あ、美人で羨ましいよな……僕も整った顔に生まれたかったよ……まあ、僕なんかじゃ顔が良くても結婚なんて1000パーセント無理だけど……」
「…………」
「生まれてくる時代を間違えたよな。時代ガチャってやつ?」
そう伝えると、その女神はにっこりと笑った。
『そこまでいうならわかりました。しっかりと願い通りに段取りを整えてあげるから、たくましい男になりなさい』
その直後に、雷のようなものが降り注いで僕は意識を失うと、その女神様は少し考えてから言った。
『あ……このままだと、上司の鈴木主任に迷惑がかかりますね』
「…………」
「…………」
『そうだ。御霊を複製して、片方を異世界に……もう片方を現世に残したままにすれば何も影響はありませんね。これでいきましょう!』
その言葉を聞いたとき、僕はとんでもない相手に悪態をついたことに気がついた。
赦してくれるかはわからないが、きちんと謝罪はしておいた方がいい。
『ごめんなさい。貴女様はやはりダメガミなんかではありません』
『いいえ。貴方の言った通り私はダメな女神ですよ。日本人がどんどん減っているのは、私たちの不徳が原因です』
そう言いながら女神は魂をコピーすると、片方を僕の身体に戻し、もう片方を異世界へと転送した。そしてオリジナルの僕はもちろん……異世界へ行くことになったのである。
【神社で会った女神】
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