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10.川で泳ぐ兄妹

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 このツーノッパ地域にも、遂に短い夏が来た。
 前世の僕は、この夏というモノが嫌いだった。なぜなら、ニートをしていた僕の部屋にはクーラーがなく、両親も買ってはくれなかったので、炎天下の中を過ごさなければならなかったからだ。

 だけど、生まれ変わってツーノッパ地域に来てからは、状況が大きく変わった。
 まず、ここの夏はカラッとしていて湿度が低いんだ。それに、冬が日本と比べて湿度も高いうえに厳しく、僕の中では夏と冬の不快レベルが大きく変わった。

 そして何より……
「お兄ちゃん、お待たせ!」

 振り返ると、そこには僕があらかじめ作っておいた、白水着……特製スクール水着を着用した妹イネスがいる。これはタオルを紐などと組み合わせて作った代物だ。
 スケベな僕も、ウマ化してもスケベ心が収まらない僕だからこそ、嬉しくてしょうがない気持ちを抑えるのに苦労した。

『ああ、今日からはしばらく泳ぎの練習もするぞ。本当は僕がプール調教をするだけでいいかと思ってたけど、有翼人も川とか湖に堕ちることもあり得るからな』
「うん! 早速、はじめようか?」


 村の側を流れる川は、きれいなので透明度も高いため下手なプールよりも快適だった。
 僕はそこでイヌかきならぬウマかきをしていると、イネスも平泳ぎをしながら隣を泳いでいる。妹とはいえ可愛い女の子と一緒に泳げるなんて夢のようだ。
 前世の僕が見たら、絶対に僻んでくるだろう。

 30分ほど泳いでから、一休みをしているとイネスは言った。
「本当に、いろいろな場所の筋肉を使うよね」
『うん、競馬でもウマを泳がせる調教方法があるくらいだからね』

 何気なく前世の記憶を口にすると、イネスは不思議そうに僕を見てくる。
「……競馬って、あのお金持ちが賞金を出し合って、レースをするという……あの貴族のスポーツ?」

 その言葉を聞いて、ああなるほど……と思った。
 確かに、中世時代だと競馬協会みたいなモノはない国がほとんどだろう。そうなると、王様とか貴族が自分の自慢のウマを自慢する催し物をする……のが自然だ。
 
 僕は、何とか話を合わせないとな……と思いながら頷いた。
『そうそれ。坂道を駆け上がって脚力を付けたり、砂の上を走ったり、スタートの練習をしたり……色々な鍛え方があるんだよ』
「何だか人間みたいだね」

 そう言われると、確かにその通りだと思いながら笑ってしまう。
『確かに……ウマの中にも負けん気が強すぎてライバルに噛みついたり、緊張してレース当日におしっこが出なかったり、周りがメスだとやる気をメチャクチャ出したり、スタート前に興奮して立ち上がったりと、色々な奴がいるからね』


 そんな話をしていると、飛行訓練をしている有翼人や天馬騎士の兵士たちを見かけた。僕たちもそろそろ再開しようかな。
『じゃあ、そろそろトレーニングを再開するかい?』
「はい!」

 この調子で、夏の間は泳ぎながら筋力トレーニングを行っていった。
 秋になって水が冷たくなると、さすがに泳ぐことはできなくなったが、この頃にはウマフォームだけでなく、人間フォームの僕の体にもすっかり筋肉が付き、父エドモンも満足そうに頷いた。
「冒険者向きな身体つきになったな。どういうトレーニングをしたんだ?」
「主に川で泳いでいたよ。雨の日とか水温の低い日は、坂道を駆け上がるトレーニングかな?」
「なるほど……」

 エドモンは少し考えると言った。
「ところで、お前は将来は何になるつもりなんだ? お前の能力なら、冒険者になることも騎士に仕えることもできると思うが?」
 僕は少し考えた。確かに……今年が終われば来年は16歳になるんだし、何か仕事をしないと前の人生のように何もしないまま終わってしまう。


「実はまだ、なりたいものがわからないんだ。だけど……どんな道を目指しても大丈夫なように、体をしっかりと作っておきながら、今は妹の手伝いをするよ」
 そう伝えると、エドモンも満足そうに頷いた。
「確かに、お前の言う通りかもしれんな……わかった。このまま前向きに頑張りなさい!」

 そう言ってもらえて、僕も嬉しく思う。
 うちは決して裕福ではないのだから、そんな中でも妹が少しでも夢に近づけるように、僕なりに協力してやれるのが嬉しいし、何の役にも立てなかった前の家族への……せめてもの罪滅ぼしに思える。


【即席の水着】


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