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19.マーズヴァン帝国への反撃計画

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 ブリジット隊にルドヴィーカがやって来て半月。
 僕たちは毎日のように訓練をやったおかげで、きちんと連携を取れるまでに成長していた。

 今日も、仲の良い小隊と模擬戦をしている。
『よしイネス、敵の背後を取るよ!』
「了解!」

 お互いに小隊長は審判役をしており、僕たち新兵は2対2で互いにフォローしあいながらドッグファイトをしていた。天馬騎士の戦いも航空戦と似たところがあり、敵の背後を取った方が圧倒的に有利なのである。

 ただ、ペガサスも全速力で飛べば、時速100キロメートル近く出ることもあり、上下左右にいくらでも飛び回れるペガサス戦は、目で追うのもやっとという環境だ。僕もニート時代にこういうゲームをしていなければ、混乱して訳の分からない状態になっていただろう。


 幸いにもこの日、僕は開始5分ほどで撃墜判定を勝ち取ることができ、汗を拭きながら人間に戻っていた。
「やっぱり空戦は消耗が激しいね……たった10分飛んだだけなのに、もうMPが4割近くなくなっている」
「でもお兄ちゃん。前に比べたらMPの温存も上手くなってきているよ」

 どうやらイネスの見立てでは、僕のMP消費効率はまた少しだけ上がり、19分の通常飛行で1MPを消費するとうところまできているようだ。
「それに、身体を上昇させる効率も凄いよ。ドッグファイトの訓練をはじめてから1MPで15メートル上がれるようになってる」


 そんな話をしていたら、ドアが開いてブリジット隊長が入ってきた。
「つい先ほど、本部から連絡がありました」
「報告ですか?」
 聞き返すと、隊長は頷いてから言う。
「どうやら我が空軍は、マーズヴァン帝国の浮遊大陸への攻撃を決断したようです。近日中に第3・第4・天馬騎士大隊がこちらに来ます」

 天馬大隊という言葉を聞いて、僕たちは「おおっ!」という声を響かせていた。
 我がツーノッパ王国では、ペガサス3騎で小隊。
 小隊4つで中隊。つまり12騎。
 そして中隊が4つで大隊となる。つまり48騎。

 実はそれに加えて、予備用や偵察用の天馬騎士2騎が加わり、50騎での運用が一般的だ。

「一気に100騎ですか! それは……凄そうですね!!」
 そう伝えると、ブリジットも頷いた。
「次の戦いには、この砦にいる18騎の天馬騎士にも出陣するように連絡が来ています。貴方がたも是非来てください」


 僕はすぐにイネスを見ると、彼女も僕の表情を見ていた。この様子だと賛成のようだ。
「わかりました……お供しましょう」
「運が良ければ、さらわれた人を取り返せるかもしれないもんね!」

 ブリジットの言う通り、2日後には王都から第3・第4天馬騎士大隊が到着した。
 中には経験の浅そうな天馬騎士も混じっているが、大半がしっかりと鍛えられた騎士という感じの人々だ。筋肉もたっぷりとついているし、何より身に着けている武具が凄い。


 見習い騎士の僕たちは、遠くから眺めていることしかできなかったが、後からブリジット隊長から聞いた話では、翌朝には攻撃を開始するという。
 ちなみに僕たち地元の天馬守備隊の役目は、主に道案内となるようだ。

「特にリュド君には、まだまだ航続距離に不安があります。MPに不安があるのなら途中で引き返すことを許可します」
「ご配慮くださりありがとうございます」
「では、今日はゆっくりと休んで明日に備えてください」


 指示通り、僕たちは家に戻ると早めに就寝することを母親カリーヌに伝えた。
 8歳の初空襲から今までは、常に攻撃を受ける側だったので、こうして攻勢に転じることができるのは腕が鳴る。それはまあ、僕がそうしたように奇襲攻撃で味方も大打撃を受ける危険性もあるが、リスクばかり気にしていては何も始まらない。

 さて、そろそろ休もうかと思ったとき、僕の部屋のドアが丁寧にノックされた。
「今出るよ」

 そう言いながらドアを開くと、そこにはどこか浮かない顔をした父エドモンの姿がある。
「父さん?」
「実はな……折り入ってお前に相談したいことがある」

 父は僕が明日出撃のことを知っているはずだ。このタイミングで言ってくるのだから、とても重要なことなのだろう。
「どうしたんです?」


 部屋に招くと、父は言った。
「最近、お前たちの出撃が近いという話を聞いていてな……どうにかそれまでに結婚相手を探しておいてやりたかったのだが、どうしてもな……イネスの相手が見つからんのだ」

 僕はその話を聞いて、察しがついてしまった。
 イネスは有翼人なのだが飛べないという欠陥がある。だから結婚相手を探すにしても、こうして相手さんに敬遠されてしまうのだろう。
「そうだったんですね……」
「そこで、すまないがイネスを貰ってやってはくれないか?」

 平凡な家族として過ごしていたら、驚いていたところだろうけど僕はやはりか……としか思わなかった。
 僕は元々が拾われた子だし、イネスが飛べないとわかった日から、こんなことが起こるのではないかと、内心では意識していたのである。


 父と真剣に話していると、少し開いたドアの隙間から視線を感じた。
 あまり気にしないつもりだったが、ドアの向こうからイネスがこちらを見ていることに気が付いてしまった。その表情は、あまりに恥ずかしそうで申し訳なさそうに僕を見ている。

 僕は正直に答えることにした。
「僕はイネスほど魅力的な女性はいないと思っています。もし彼女が妻になりたいと望むのなら生涯をかけて素晴らしい夫になるつもりです。だけど……どうするかはイネス自身が決めないといけないことだと、個人的には思うんですよ」

 その言葉を聞いた父は「言われてみればその通りだ……」と言いながら、恥ずかしそうに笑っていた。
「君に相談して良かった」
「イネスには常に背中を守ってもらっていますからね。死ぬときは一緒です」
「仲よくあの世に行かれては困るぞ!」

 そう父に言われると僕たちは笑った。
 イネスも少し安心しているのが、なんとなく雰囲気でわかる。彼女の享年を15歳で終わらせないためにも、明日は僕がしっかりしないといけない。


【様子を窺うイネス】
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