ダブルドリブル

春澄蒼

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流 3

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「よーし!んじゃ、10分きゅうけーい!」

 汗だくのデカイ男たちが、うめき声をあげながら座りこんでいく。

 俺は涼をとるため、閉め切っていたドアを開け、風を送り込んだ。
 うん。涼しい。

「あ~風!恵の風よ~」「やっぱドア開けといた方がよくない?」
 他のヤツらが群がってきて、一気に空気がむわっと湿り気を帯びた気がした。
「ちょっと!こんなに集まったら意味ないだろ!離れろよ」
「あぁ?お前があっち行け!」

「そいえば流!あの子どうなった?」日野先輩が割り込んでくる。
「あの子?」
「だから!マネの話!」
「あぁ」

「なに!?」「なんの話だよ!」「ってマネって?!」「まさか……!」
 一斉にしゃべり始めて、まじうるさい。俺が耳をふさぐジェスチャーをすると、「お前らうるさい!」先輩が一喝してくれた。

「ん~考え中みたい」
「まだかよ!早くしてほしいんだけど!」
「まだって、聞いたの昨日じゃん」

 そう。昨日のお昼に雪ちゃんをバスケ部のマネに誘ってみたのだ。
 即答するかと思いきや、「ちょっとすぐには……考えさせて……」と言われてしまった。
 雪ちゃんって本当に俺のこと好きなのかなー?うれしがるかと思ったのに、反対に困った顔をされてしまった。
 普通うれしいんしゃないの?俺と一緒にいられるし。

「早くしないと合宿始まっちゃうだろ!」
 まぁそうなんだけど。
「ちょっちょっ!待てよ!」
 キャプテンが口をはさむ。「まさか!新しいマネージャーを入れるのか?!」
「ってもとりあえず臨時な。合宿の時の。それにまだ……」
 日野先輩が答えると、周りから「よっしゃー!!」と「大丈夫かよ!?」のだいたい2つの声が上がった。

「……言っとくけど、男だからな」
 一気にテンションが下がった。……バカな人たちだな~。当たり前じゃん。
「なんだ男か……よかった」
 キャプテンだけはほっとしている。
「キャプテン!なんで安心してるんですか?!」
「そうですよ!マネ……待望の女子マネが現れたのかと思ったのに!」
 キャプテン以外はまだそんなことを言っている。みんな夢見過ぎ。
「なに言ってんだよ!お前らもう忘れたのかよ!去年の4月の乱を!」
 日野先輩がブルッと声をひそませて言うと、あんなにうるさかったのがウソのように静まり返った。

「……そうだった……」
「じょっ、女子はダメだ……!」



 去年の4月。俺たちが入部してから、マネージャーになりたいという女子が殺到した。
 先輩たちに聞けば今まで、マネはいたりいなかったりだったらしい。その時はもう日野先輩がマネのような立場だったから、いらないっちゃいらなかったんだけど、やりたいと言うのを断ることもできず、結局様子見で入部させた。

 すると……まぁ予想通りというか……。
 ルールもろくに知らないし、仕事そっちのけで「キャーキャー」騒いでばかり。挙げ句の果てに、取っ組み合いのケンカになり、男共の方がドン引きしてしまったのだ。
 ちなみにそのケンカの理由は、誰が俺と滝にタオルを渡すかでもめたらしい。
 俺たちタオルくらい自分で取れまーす。というか他の人に触ってほしくないでーす。

 結局そのことが原因で、女子マネは取らないという暗黙のルールができたのだった。
 これが世に言う『4月の乱』である。はは。



「でもさ、男で今さらマネやってくれるヤツなんているのか?そもそも必要か?マネ」
 キャプテンが聞くと、
「すいませんね!必要じゃなくて!」
 日野先輩がキレる。
「うぉい!?違う違う!お前は別だろ!悪い悪い!」
 キャプテン平謝りだ。
 なんせうちのチームで1番強いのは日野先輩なんだから。キャプテンだけランメニューが増えるぞ……。

「まぁ俺も今さらムリだろうなと思ってたけど、流がとうだって言うから……」
 キャプテンをにらみながら日野先輩が言う。
 まぁこの時期に今さらマネをやってくれるヤツなんてほぼいない。

 部活入るヤツはもう入ってるし、帰宅部のヤツらはそんなに興味ない部活の、しかもマネージャーなんて裏方の仕事を引き受けたりしない。

 ウチの学校はテストが厳しい。
 部活で成績残しても、スポーツ推薦でも、点が悪ければ延々と追試だ。
 帰宅部のヤツらは、上の方の大学を狙っているから、もともと部活をやっている余裕なんてないんだ。

「流の知り合いか?」
「まぁ……」
 雪ちゃんの困った顔が浮かんで、でも……と続ける。「まだ分かんない」
 雪ちゃんは帰宅部だ。理由を聞いたら、「運動は苦手で……」と返ってきたから、絶対に入りたくないってほどじゃあないんだろう。
 もし勉強のためにあえて入っていないなら、雪ちゃんならはっきりそう言う。

「とりあえず合宿だけでもやってくれると助かるんだけどなー……」
 日野先輩は俺が思っているより、期待しているみたいだ。
「先輩、そんな大変なんですか?」
「つーか今なら、1年に手伝わせりゃいいんじゃね?」
「……その1年が問題なんだよ……」

 ウチのバスケ部はもともとそこそこの強豪だ。
 でも「そこそこ」なのだ。年によってかなりバラつきがあるが、シードは取れても優勝争いまでからめないのが常だったらしい。

 それが去年の冬に全国初出場&ベスト16まで行ったから、にわか人気になってしまった。

 そのせいで今年の新入部員が大幅に増えた。15人もいる。2、3年も合わせると30人だ。

 そりゃ野球部やサッカー部に比べれば全然少ないが、正直バスケ部にとっては多すぎる。コートがごちゃごちゃして邪魔くさい。
 去年はよかったなー……。

「なんでっすか?1年あんなにいるんだから……」
「だから余計にさ。ちょっと差がありすぎるだろ?」
 日野先輩が言うことに納得したヤツときょとんとしたヤツに分かれた。

「経験値もだけどさー、気持ち的に?やる気的に?」
「そうなのか?」
 ピンと来ていないのは、1年とあんまり関わっていないヤツらだろう。1年の世話をしたことのある2年やキャプテンは、うんうんとうなずいている。

 実は俺もあんまり実感ない。昨日日野先輩に聞いたけど……1年に興味ないし。

「まぁこの時期なんて、1年は基礎メニューばっかだろ?」
 今だって外でランニングのはずだ。
 俺たちも入部してすぐなんて走りっぱなしだったし。
「あー、それで?高田とかが文句言ってんの?」
「いや、むしろ高田とか上手いヤツの方が、基礎練も大事って分かってるんだよ。あんま今までやってきてないヤツらの方が、文句たらたらなの」
「えーっ、まじで?ほとんど素人ってのも混じってんじゃん」

 バスケ部のにわか人気の弊害で、部活になにしに来たんだかってのも混じっているらしい。
「こいつらのせいで、バスケをファッションとでも思ってるバカが増えたんだよなー」
 日野先輩が、俺と滝を指差してそんなことを言うから、「俺たちのせいじゃないでしょ!」と笑う。
「……いや、間違いなくお前らのせいだ」
 俺たち2人以外はその言葉に同意しているみたいで心外だ。

「確かになー……お前ら全国でも目立ったもんなー……双子のイケメンバスケットプレイヤー!テレビとか雑誌にも出ちゃって!」
「でもローカル局でしょ。そもそもバスケなんてまだマイナーだし」
 俺たちだって出たくて出たわけじゃないのに……。

「今なんてSNSですぐ広まるからなー…俺の母親とかねーちゃんまで、お前らのこと知ってるんだぜ!」
「そうそう!大会の後、全然話したことなかった中学の同級生とかがいきなり、『お久しぶりです♡坂井君って琴山のバスケ部なんだよね?一色君、紹介して♡』とか来て、ちょう怖かったんだけど!」
「そりゃホラーだな……」
 むちゃくちゃ言ってくれるなー。てかそれ!「俺らのせいじゃないじゃん」
「いやいや!お前らになんの責任もないかと言えばー……」

「……話ズレてるんだけど」
 ずっと黙っていた滝が、ぼそっと言う。

「……なんの話だっけ?」
 本当にウチの連中は単純なのばっかり。

「1年の話」滝が軌道修正してくれた。そうそう。1年とマネの話。つまり雪ちゃんの話だね。

「だからさ、そのチャラチャラした4、5人と他の真面目なやつとの温度差が激しくて……1年がもうギクシャクし始めてるんだよ……」
「……そんなのほっとけばいいじゃん。ついていけないならそのうち辞めるでしょ」
 俺が突き放すと、
「お前……」滝以外の視線が痛い。だって1年なんてどうでもいいし。

「……まぁ、ぶっちゃけ俺もさっさと辞めてくれと思ってるけど」
「日野~お前まで!」
「って思ってても、あからさまに問題になってるわけじゃないし、やる気がないから辞めろとも言えないからな~」
「そりゃ、そうだろ!」
「合宿までに辞めそうにないんだよ」日野先輩はさも残念そうに言う。

「今までも高田とかは俺の仕事も手伝ってくれてたんだよ。荷物運んだら記録取ったり」
 知らなかったという声がちらほら。俺も知らない。というか俺はその高田クンが分からない。
「別に頼んでるわけじゃなくって、本当に自主的に、な。だからあんま目立ってないんだけど……それをさ、あの4バカが!陰で『点数稼ぎかよ』とか『いい子ちゃん』とか言ってんの聞いて!黙ってらんなくて出てったらさ!俺にも『マネージャーが偉そうに』とか!」
「……そんなこと言ったの?」
 おぉ、滝がちょっと声をひそめた。

「はぁ?あいつらこそ何様だよ!」
「マジだぜ!うちの影のボスの日野様になんてことを……!」
「そーだ!そーだ!」
 まだ一斉にしゃべり始める。耳元でうるさっ。

「そんならなおさら雑用やらせた方がいいんじやね?裏方の苦労とかサポートの大事さとか分からせるためにも……」
 3年の真面目な先輩が提案するが、「ムリ!」日野先輩は一刀両断だ。
「ムリムリ。たとえばさ、1年にそれぞれ雑用割り振っても、あいつらはやらない。結局他の1年の負担が増えるだけだって」
「え~そうか?俺たちが見張ってれば、そんなあからさまにサボったりしないだろ?」
「あいつらならやるぜ……『こういうことするためにマネージャーがいるんだろ』とか言って。つーか、そりゃやらせるだけならできるけどさ。正直、面倒くさい!なんで俺がそこまで気を使って時間も使って、あいつら躾(しつ)けなきゃなんないんだよ!俺はお母さんか!」
「「「あぁ~……」」」

「夏まで時間ないっつーのに。せっかく合宿でがっつりできるんだから、お前らの負担も増やしたくないし……1年使うと逆に時間使いそうだし!でも俺だけでやるには人数多すぎだし!」
 みんなやっと日野先輩の切実さを実感できたようだ。

「……流、お前のその知り合いに、なんとしても頼め!日野が壊れる前に!!」
「……はーい」

「頼んだぞ」と方々から肩を叩かれたところで休憩が終わった。

 ……雪ちゃん、ごめんね……たぶんもう逃げられないよ。


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