ダブルドリブル

春澄蒼

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流 12

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 とうとうやっちゃった。

 雪ちゃんのやわらかい舌を思い出して、口の中がざわめく。
 ホント気持ちいんだけど。なんであんなにしっくりくるんだろう。雪ちゃんとキスしてから、自分がキス好きなことを知った。一緒にいると、唇離れてる方が不自然ってくらい。

 あと、俺って育てたい系?なんも知らない雪ちゃんに、1つ1つ教えていくのが楽しい。全部俺で埋めたい、みたいな。

 なんかもう、いいんじゃないって思えてきた。これってもう、「好き」なんじゃないの?

 でも俺はまだ確信が持てない。
「好き」って感情が分からないから。

 俺が好きなのって滝だけだったもん。前例がないから、「これが『好き』って感情です」って胸張って言えないんだよ。

 滝への「好き」は当たり前すぎて。「ずっとその人のこと考えてる」とか「その人の笑顔が見たい」とか「その人が特別」とか、これが恋愛感情だって言うなら、俺は雪ちゃんのこと好きだよ。

 世間一般ならそうだろうけど、俺は自分が世間とはズレてる自覚あるし、自分で納得しないと意味ないのは分かってる。

 付き合ってから「やっぱり違った」っていうのが、1番やっちゃいけない。そんな簡単に傷つけていい子じゃない、雪ちゃんは。
 だからやっぱり確信がほしいんだけど……。

 俺以外のみなさんは、どうやって自分が相手のこと「好き」だって知るんだろう?ホント教えてほしいよ。滝のは結局参考にならなかったし。
 ……日野先輩の方に聞いてみる?
 や……殴られそうだな。

「きりーつ」
 SHRが終わる号令で、教室にいたことを思い出した俺は、あーあ……今日もキスはできないなーなんてのんきなこと考えながら、それでも顔見れるだけでもって、うきうきと隣の教室に向かった。

 なにかきっかけでもあればなーなんか起こらないかなーなんて自分勝手に考えていた俺は、もしこの後に起こることを予知でもできていたら、こんなバカなこと思いもしなかっただろう。



「ゆ~きちゃん」
 いつもは1組の方が早くSHR終わるんだけど、今日は俺の方が早かったみたい。少し待って、まだほとんどの人が残っている、人口密度の高い教室へ足を踏み入れる。

 雪ちゃんは先に終わっても、俺が来るまでいつも教室で待っていてくれる。基本、平日は毎日部活あるから、体育館までの短い距離を一緒に歩くだけだけど。

 合宿後からはその雪ちゃんと、なぜか小見山とも一緒に部活に向かうのが定番になっている。合宿前は、4組の坂井と連れ立っていたのに。

 まあ、滝と同じクラスなんだし、今の方が自然なのかもしれないけど。
 そこに時々、坂井や、雪ちゃんと仲良くなりつつある藤井後藤も加わって大所帯になることもある。

 今日も小見山が寄って来て、昨日の映画の話を始める。
「昨日見た映画、来年続編やるらしいぜ!」
「そうなの?あれで完結かと思った」
「来年の夏だって!また同じメンバーで行こうぜ!」
「ふふっ、もう来年の予定立てるの?忘れちゃいそうだよ」
「予約だよ、予約!特に……」

 小見山が俺と滝を指差す。
「こいつらな!」

「えー……雪ちゃん、小見山は抜きにしようよ」
「なんでだよ!ひでぇ!」
「あれ?お前昨日いたっけ?」
「記憶喪失か!俺もばっちりいただろ!なっ?水上!」
「そうだっけ?俺と滝と雪ちゃんと藤井だけしか覚えてなーい」
「流には聞いてねぇ!水上に──」

 いつものバカ話だと、気楽に言い合っていたけど、なぜか周りがザワザワし始める。
 なんだろうと思ってうかがうけど、よく分からん。女の子たちがこそこそ話してるのはいつもの光景だけど、不穏、というか……。

「映画……?」
「うそ……一緒に……?」
「だってあんな……」
「一色君たちが、一緒に映画行くなんて……」

 声を拾うと、なーんだ、俺たちが休日に出かけたのがめずらしいって話?俺たちだって映画くらい行きますけど?っても確かに、学校のやつらと一緒にっていうのは初か。

 でもそれにしては、なんだこの批判的な空気……雪ちゃんに向かってる?
 雪ちゃんも感じ取ったのか、落ち着きがなくなる。

 考えるのめんどうになって、「ねぇ!さっさと行こー」と、小見山から雪ちゃんを取り返すように肩を引き寄せると、ピリッと空気にひびが入った。

「流君!」

 頭に響く金切り声に眉をひそめる。いつもは相手にしないけど、さすがに無視できない声量だ。
 名前は知らない。でもいつも滝の机にまとわりついている女。

「流君!滝君も、そんなやつに関わらない方がいいよ!」
 俺たちだけでなく、教室中の視線を集めたことを意識するように、今度は猫なで声で言う。

 放っておこうとした俺たちに代わるように、「『そんなやつ』ってなんだよ!伊藤!」小見山が受けて立ってしまった。

「あんたに関係ないでしょ!」
「は?お前こそ関係ないだろ!なんなんだよ!いっつも水上のこと目の敵にして……」
「そいつがべたべたするのが悪いんでしょ!ほんと気持ち悪い」
「はぁ?お前いい加減に……」
 なぜか代理戦争が始まってしまった。こういうのは相手にしないに限る。

「小見山」
 ヒートアップしている肩を叩いて、くいっと顎でドアを示して、もう行こうと暗に言う。
「……あぁ、悪い」
 居心地悪げな雪ちゃんに気づいたのか、素直に従う。
 でももう1人は……。

「待ってよ!」
 まだ追いすがるから、さすがの俺もいらっときてるんだけど。

「待って!ナナは2人のために……」
「俺たちのため?」
 にっこり笑って聞き直すと、「そう!ナナは~」髪をいじり上目使いになって、よくもこの状況でそんなこと気にしていられるなと、言動行動全てが気に障る。一人称が名前の女って、どうなんだろう?
「そう、俺たちのためって言うなら、もう口開かないでくれる?えーっと、だれだっけ?」

 笑顔のまま言い放つと、今度こそ話を終わらせるように完全に背中を向ける。
「雪ちゃん、行こっか」
 何事もなかったかのように話しかけると、さすがに「えっ」「その……」まだ戸惑っている。顔色悪いな……。
「早くしないと練習始まっちゃう。最近、日野先輩機嫌悪いしな、滝」
「確かに。遅刻でもしたら、走らされる」

 俺と滝以外の時間は止まっているみたいな空間が、少しずつ緩み始め、「あ……あぁ!遅刻はやばいな!」小見山が動き始めると、それまで俺たちのやり取りを注視していた周囲もやっと────




「そいつ、ホモなんだから!」




 さっきよりさらに暗い沈黙が広がる。
「そうよ!水上っていっつも滝君と流君にべたべたしておかしいって思ってたの!ホモよ、ホモなんだから、ナナは心配で……」

「なにそれ?」

 最初に反応したのは、本人だった。
 隣を見る。
「変なこと言わないでほしいんだけど」
 場違いなほど静かな声。

「……なによ!そうでしょ!だって……」
「『べたべた』って、友達なんだから当たり前だと思うけど」
「ともだち~?あんたと2人が友達のわけ……」
「2人の友達を、伊藤さんが決める権利もないと思うし、僕のことも2人のこともなにも知らないのに、勝手なこと言わないでほしいんだけど」
「なっ」
「それに『ホモ』って蔑称だよ。そういう差別的な表現を大声で言うのもどうかと思うし」
 あっちの感情的な物言いが際立つほどの、冷静さ。

「そ!そうだぜ!こういうのって、その……名誉?名誉毀損だろ?!適当なこと言って水上のことおとしめたいだけだろ!」
 小見山、ナイスパス。

 第三者の言葉に周りも「いきなりなに言ってるの?」「びっくりした」「前から思ってたけど、思い込み激しすぎ」「言いすぎ」疑いより同情の空気に流れる。

「な……なによ!証拠だって……っ写真がっ…!」
「ちょ、ちょっとそれは……!!」

 今まで伊藤なにがしに追随するように後ろに立っていた、女の子2人が、あわてて言葉をさえぎる。

「写真?」
 滝のつぶやきに、気まずげに目をそらした。

『ホモ』の証拠で写真だったら、まぁ、あり得るのはアレだね。俺とのチュー写真。学校ではまずったかな。人はいないこと確認したけど。

 でもそれだったら、反応が変だな。

 周囲を見渡すと、なぜか今まで野次馬面してたほかの女の子たちの中にも、同じように気まずげな様子が見える。
 本当に『そういう』写真なら、伊藤なにがしももっと鬼の首取ったみたいに自慢げにきそうなのに、いかにも「やばっ」って顔になってる。

「写真ってなんなの?」
 俺が正面じゃなく教室全体に向かって聞いてみたが、男と女子の一部は首をかしげ、顔をそらしたままの女子は口を開きそうにない。

 伊藤グループもさっきまでの勢いをなくし、「それは……」「だって……」とかごにょごにょ口の中でつぶやく。

 もう一度追及しようとしたが、「行こう」滝が腕を引く。顔をを見て、その言葉に従った。
「雪ちゃん、小見山も」

 2人も促して、疑問を残したままの教室を後にする。廊下にも人は集まってきていた。
 ちっ!明日には学校中に噂が飛び交うだろう。

 雪ちゃんに大丈夫?と聞こうとして、「ごめんね、巻き込んで……」先に謝られてしまった。
「『悪くないのに謝らない』!でしょ」
 前に雪ちゃんから言われた言葉をこっちから送ると、ぎこちない笑みが返る。

「そうだって!あいつがおかしいんだよ!水上は悪くない!……えらかったよ、あんな冷静で」
 小見山は分かってないな。冷静なはずない。

 心当たりがなくても、どきっとする単語なのに、雪ちゃんには心当たりがありすぎるんだから。
 言い返していた時、手は震えていた。

「……あぁいうのは、相手にしない方がいいんだ。はっきりと否定だけしておけば……」
 自分に言い聞かせるみたいだった。

 そうだろう。

 雪ちゃんの冷静な切り返しに、周りもただの中傷かと納得し始めていたのに、「写真」の話で風向きが変わった。

 いやな感じがする。これだけでは終わらないような。

 俺の心情に呼応するように、春の空が曇り始めていた。


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