怪盗ヴェールは同級生の美少年探偵の追跡を惑わす

八木愛里

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序章

6 特別展示室へ

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 健太って、ほんと走るの早い……!
 距離を離されていく健太の背中を見ながらそう思った。
 
 それでも私は通常の大人の全速力で追いかけていく。
 超本気を出せば追いつけるけれど、そんなわかりやすいヘマはしない。足の早い警察官だって注目されちゃうからね。
 
 健太に着いていくと決めた、数人の警察官と一緒に走る。

 さすが健太。小学四年生の時にリレーの選手に選ばれただけあるなぁ。それまでは私たちのクラスがビリだったのに、アンカーだった健太が三人抜きして一位に輝いたのは、今でも鮮明に覚えている。
 
 私はちょっぴり運動神経が良いだけの女の子を装ってたから、全校生や親御さんたちから目立つようなリレーの選手は回避していた。
 
 昔を思い出していると、前を走る健太がスピードを緩めた。
 特別展示室だ。分厚いドアをゆっくりと開けて、中に入っていく。
 一足遅れて、健太を追いかけてきた数名の警察官も到着。その中に私も混ざっている。

「お疲れ様です!」

 周囲の警察官に合わせてそう言いながら、重いドアの中へ入る。特別展示室と言われるだけあって、警備は厳重だった。
 
 真正面に見えたのはガラス張りの展示だった。そこにはターゲットとなる絵が展示されていて、鍵がかかっていた。さらにその周りには数名の警察官が配備されている。
 
 強化ガラスになっていて、車の緊急脱出用ハンマーでも割れなそうだ。それは調査済みだったけれど。

「健太くん、怪盗は見つかったのか!」
 
 既にその場にいた、中年太りした、くたびれた背広の男が大きな声を発した。
 顔と名前は頭に叩き込んである。出雲崎美術館の館長で、同じクラスの関口鈴音の父親だ。
 
「先ほど、警察官に紛れているのを発見したら逃げられました」
「もう現れたのか……⁉︎」

 愕然とする館長に、健太は落ち着き払った声で答える
。
 
「ですが、心配ありません。ここに現れた怪盗ヴェールは俺が捕まえます」
 
「ああ。そのために頼んでいる。よろしくな健太くん」

「はい」

 まず健太は、現時点では絵画が無事であることを目視で確認する。
 ガラスの向こうの絵画を見ると、引き寄せらせるようにまた一歩近づいて見入った。
 
「非常に美しい絵ですね……その場にいるのではないかと錯覚しそうな迫力があります」
 
「そうだろう。健太くんにもこの魅力がわかるか」

 ポツリと呟いた健太の声に、館長は嬉しそうに言った。
 
 成人の肩幅くらいのキャンバスに絶景が広がる。持ち主を虜にすると言われる絵画で、落ち葉の絨毯の敷き詰められた山道には、まばらな葉の間からこぼれる柔らかな木漏れ日が描かれていた。

「もうすぐ予告時刻です!」

 警察官の一人が緊張した声を張り上げた。
 予告時刻が来たら、数日前から美術館に仕込んでいた罠が発動する。
 それが行動開始の合図だ。

 と、カチッと時計の針が動いた音がした。
 シュワワワワ!
 音を立てて、展示のガラスの内部に白い煙が降り注がれてきた。
 
「なんだなんだ、この煙は!」
「怪盗ヴェールが現れたのか!」
「――みなさん、落ち着いてください!」
 
 混乱する館長と警察官たちに向かって、健太が声を張り上げる。
 その間にも煙が充満して、絵画が見えなくなってしまった。

 私は慌てた警察官のふりをしてガラスを触り、「あっ!」と声を上げる。

「どうした?」

 異変を感じた健太が素早く反応して振り向いた。
 
 ガラス面には「いただきました♡」とトランプの模様で縁取られた怪盗ヴェールのカードが貼ってあった。
 私がこっそり貼ったものだ。

 そのカードを間に受けた館長は焦った様子で、ガラスの鍵を開けた。
 健太が止めようとするが、間に合わない。
 
「な、なんだ。無事じゃないか」
「すり替えられた可能性があるので、キャンバスを外してみてください」
 
 私は何食わぬ顔をして、健太の声色を出した。健太が言ったように聞こえたはずだ。
 館長は声だけを信じて、「わかった」と頷く。

 冷静になれば、ガラスを開けた時点で煙は発生していなかったとわかっただろう。ガラスに貼られた透明シートに映し出されたプロジェクションマッピングによる演出だったと。
 混乱した館長はそれに気づいてないみたい。

 怪盗ヴェールの策略にハマったといち早く気づいた健太は周囲に視線を走らせながら言った。
 
「館長! 怪盗ヴェールの言うことを聞いてはいけない!」

 でも、鍵を開けてキャンバスを外してもらえばこっちのものよ。

 私は警察官の服を脱ぎ捨て、顔のマスクを破り、男バージョンの怪盗ヴェールになった。
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