王道学園の副会長は異世界転移して愛を注がれ愛を失う

三谷玲

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前編

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「笑ってください」

 笑えるわけがない。
 目の前に並ぶ生徒会の面々が困惑した表情で僕を見ていた。

 これでも僕は学園では「微笑みの貴公子」などと気持ちの悪いあだ名を付けられていて、学園内で地位があった。
 地位と言っても学園内の生徒会の副会長だが。
 僕が好きでもないのに笑っていたのは、いつかあいつの隣に立つためだ。
 小学生のころから王者の品格を持ち、僕たちの一歩も二歩も先を行き、それでも弱いものを見捨てない。
 高等部に入れば、一年で生徒会長になったあいつの。
 遅れること一年で僕もようやく副会長になれた。
 あいつは「お前が来てくれて嬉しい。女房役頼んだぞ」と両手を広げて迎えてくれた。
「僕の手を煩わせないでくださいね」と嘯いて顔を背けたが、本当は女房と言われて想像して、恥ずかしくて顔が見られなかった。
 ふたりで切磋琢磨して学園をより良くしようと努力した。
 退屈な寮生活を飽きさせないために、イベントを企画したり、今後、上流階級で生き抜くために必要な講座を開いた。

 そんな中、転校生がやってきた。ほとんどが幼稚園からの繰り上がりの学園で、珍しいこともあるものだと、そのときは思った。
 彼の叔父だという理事長に頼まれ、生徒会で面倒を見ることになった。
 天真爛漫で、物怖じしない転校生にあいつが惹かれていくのがわかった。
 転校生によって変わっていくあいつを見るのは、辛かった。
 転校生は悪い人間ではないのだろう。しかし、これまで生きてきた土台が違った。
 マナーや教養といったものを蹴り飛ばし、自由で闊達な様は、ときに眩しく、ときに疎ましく思った。
 生徒会の他のメンバーはその眩しさに惹かれたのだろう。
 僕たちが……いや僕が勝手に作り上げてきたと思っていたものはホロホロと崩れていった。
 それでも僕はあいつのために、笑顔を作り、その砂上の楼閣を修復しようとしていた。
 そんなときだ。

「副会長はなんで楽しくもないのに笑ってるの?」

 当然のようにあいつの隣に座り、他の皆からちやほやされている転校生にそう言われて、何かが切れた。
 僕の中にあったどす黒い感情が渦を巻き、「微笑みの貴公子」の仮面が破れた、その時だった。

 ぐらりと揺れて、僕はめまいを起こしたのだと思った。

 見渡せば、生徒会の面々も皆一様に驚いた顔をしている。
 考える間もなく床が光だし、なにか文様のようなものが現れ、聞いたこともない言葉が聞こえた。

 室内を覆い尽くす光。
 響き渡る呪いにも似た言葉。

 身体がなにかに引っ張られるようにして、意識が薄れかけていく中、あいつが見えた。
 手を伸ばそうとしてあいつの視線の先を見ると、転校生の姿が見えた。
 あいつは転校生を捕まえて、抱きしめて、守るように……。

 それから僕は闇に包まれた。
 あれだけ眩しかったのに、心の中まで真っ黒で染まってしまった気がした。

 今、あいつと同じ顔をした男の隣で、僕は黒いレースのドレスを着せられている。
 ドレスと言っても隠せるのは大事な部分だけで、胸元は大きく開き、貧相な身体を顕にしている。
 僕の目の前には勇者と呼ばれる男とその仲間、そして彼らに守られるようにして後ろに立つのは神子、らしい。

 どうして? と皆が声を揃えて言っている。
 どうして? それは僕が聞きたい。

 闇に包まれた僕が目をさましたのはこの城の中だった。
 助けてくれた男はあいつに似ていて、僕は嬉しかった。
 あいつが僕を見捨てたわけじゃないんだと、そう思った。

 怖かったと、つぶやくと、彼は僕を抱きしめた。
 はじめて触れる温もりが、これまでの恐怖が、僕を大胆にし、彼にすがりつかせた。
 彼は背を撫でて僕が泣き止むのを促して、大丈夫と何度も言った。
 落ち着いた僕の顔を彼が両手で掬い上げた。

 目の色はこんなに淡かっただろうか?
 髪はこんなに長かっただろうか?

 疑問は口付けられて霧散した。
 常日頃、引き結ばれた大きな唇が僕を喰む。
 夢見た感触とはまったく違う。
 甘酸っぱさの欠片もない、熱を孕んだ官能的な口づけだった。
 はじめての口づけに翻弄されて、僕はいつの間にか制服を脱がされ、ベッドへ押し倒されていた。
 貧相な身体をさらけ出すのを恥ずかしがる暇もなく、彼は僕の身体にあますことなく触れた。
 名を呼ぶとその手が一瞬止まり、どうしたのかと顔を上げればまた口付けられた。
 こんなふうに抱かれたい、とは思っていなかったがいざその時になって、僕ははじめてあいつに抱かれることを望んでいたのだと思い知らされた。
 恐怖からの解放は、僕の心を壊したのだと思う。
 これまで口にしたことのない言葉がいくつも溢れてくる。

 もっと、好き、触って、愛して。

 彼は僕の言葉に従って、僕を愛してくれた。
 大きな手のひらが僕の肌を這い、指が恥部をなぞる。
 はじめて他人に触れられた陰茎は、とっくに熱を持ち、先端は蜜を零していた。
 それを潤滑剤にして、彼は僕の陰茎を上下に扱いて、首筋にいくつも紅い痕を残していった。
 僕が吐き出す白濁さえも愛おしいというように、それを指にまとい、舌を這わせる。
 羞恥が官能となり、僕の身体はまた熱を持った。
 開かされた身体の深部に、その指が一本挿れられると、一瞬身体がこわばったが、彼が何事かつぶやくと、途端に緩んだ。
 ぐっと差し挿れられた指は、僕のこれまで体験したことのない快楽を与え、身体が彼を欲するように開いていく。
 僕の喘ぎ声と卑猥な水音。彼は何も言わずにただただ、僕が知らなかった僕の欲望を満たしていく。

 もっと、触って、中に、来て。

 これまで口にしたことも、思ってもいなかった言葉が溢れた。

「私のものになってくれますか?」

 はじめて聞く彼の敬語に、心臓が跳ねた。

 真剣に僕を見つめる目は淡く、戸惑う僕を覆う長い黒髪。

 目の前にいるのは誰だ?

 あいつに似ている、けれど、あいつではない。
 そのときになってはじめて僕を抱いているのがあいつじゃないことに気付いたのに、僕は首を縦に振った。

 振ってしまった。

 あいつでは決して愛してくれないことを、あの光の中で思い知らされた。
 それならあいつに似たこの男でもかまわない。
 楔が穿たれ、僕の心は完全に壊れた。
 あいつの名前を呼ぼうとして、口を塞がれ、名を告げられる。
 聞いたこともない音の名前は、僕に言葉を詰まらせたが、彼はそれを気にすることなく、今度は僕の名を呼んだ。
 なぜ知っているのかは分からないが、彼が呼ぶ僕の名前は、貴いもののように聞こえた。
 何度も精を吐き、僕の中を塗りつぶしていった。

 あいつじゃないとわかっていても縋らずにはいられないほど、僕は闇に捕らえられていた。



 勇者がここにいるということは、もう城の守りは破られて後は僕たちだけなのだろう。
 この数ヶ月で僕は変わった。
 ここがどこかを教えられ、彼が誰かということを。
 それを聞いても僕は彼に縋るしかなかった。
 今朝になり、これまで一度も着たこともないような豪華な衣装を手渡され、困惑のまま身につけた。
 これはドレスではないのかと問えば、正装なのでと返された。何のための正装なのか、答えは目の前の彼らを迎えるためのものだと、理解した。
 魔王は彼らに笑いかけ、僕に笑えという。
 この結末を知っていたのだろうか?

「今なら彼らに助けてもらうことも可能ですよ」

 僕を抱き寄せて耳元で囁く。
 会長は剣を構え、書紀が槍を突き出す。会計は杖を掲げ、双子が精霊を呼び出す。転校生はただ必死に祈りを捧げていた。

「僕を変えたのはあなたなのに今更放り出すんですか?」

 見上げた魔王の顔は、あいつと同じはずなのに、あいつが見せたことのない表情で僕を見つめていた。

「いいんですか? 彼が好きだったんでしょう?」
「二度とそんなことは言わないでください。と言っても、もうすぐ僕たちは勇者に倒されるんでしょうが」

 僕が微笑むと魔王は僕の額にキスをした。

 途端、僕の身体は宙に浮いた。

 魔王が唱えているのは、生徒会室で聞いた転移の呪文だ。

「やめて! やめてください! 僕は、あなたとっ!」

 光りに包まれ、身体がなにかに吸い寄せられる中、最後に聞いた愛する人の声が僕の耳から離れない。

「どうか許さないでください」
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