僕と賢者の108日

三谷玲

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59日

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ミッシャ視点に戻ります

❖❖❖

 目隠しをされたミッシャは、声にならない悲鳴を上げ続けていた。枯れ果てた喉からは血の味がした。
 何度も何度も繰り返される、洞窟でイーガーの幼獣に襲われた時の映像を頭から追いやろうとして頭を振った。

――違う、これは違う。アレじゃない。アレとは、違う。

 トラウマはそう簡単に消せるものではなく、どうしてもぬぐえない。視界を奪われているせいか、より一層あの白い悪魔を思い出させる。
 夢にまで悪魔は現れて、ミッシャを苛む。おかげで疲れは取れないのに、魔力だけは増えていった。
 だから、一日が長い。
 一度に奪われる魔力はわずかだ。
 じわじわとゆっくり、イーガーが奪っていくのを、震えながら耐える毎日は、心も疲弊させていった。
 そんな中、一度だけ幸せな夢を見た。
 泣き縋るミッシャの手を、オスカーが握ってくれた。
 震える身体を抱きしめて、一緒に眠ってくれた。
 子供のころは逆だったのに、いつの間にか大きくなったオスカーに抱きしめられて眠るのが当たり前になっていた。

 最後の晩、ミッシャは自分を責めた。
 こうしなければ眠れなくなったオスカーを育てたのは自分だ。依存させてしまった。強い魔力に、たぐいまれな才能をミッシャといることで埋もれさせるのは、惜しい。
 もし、ミッシャにもっと力があれば、そう思ったことは何度もある。けれど、いくら努力してもミッシャは並みの魔術師どまりだった。補助魔術以外は並み以下、どうあがいてもオスカーと並ぶことはできない。

『愛してます』

 その言葉を聞いたとき、ミッシャの心臓は跳ねた。
 悦びで。
 そしてすぐさま、後悔した。
 育てた子に愛をささやかれ、悦ぶ自分に。
 吐き気がした。
 家族が欲しかった。それなのに……どうしてこんなことになったのだろうと、一睡もできなかった。
 逃げなければ、遠くへ行かなければ。
 でなければ、家族を失う。
 じくじくと痛む背中の傷に耐えながら、転移した――。

 そういえば、とミッシャは唐突に思い出した。
 痛いのは背中の傷だとずっと思っていたが、この塔に来て何度か味わった。
 背中ではない。右腹の……魔力の器のあたりだ。
 子爵家に転移してからも、時折腹痛があった。当時は豪勢な食事が合わなかったせいだと思っていた。子供が生まれ家族が出来て、痛むことはなくなった。
 普通の幸せを手に入れて、このまま平穏に生きて、死ぬのだと思っていた。
 この塔に来てから痛むときはどんな時だっただろうか? 思い出そうとして痛いことばかりだと、苦笑した。
 結界に弾かれ、オスカーに無理矢理犯され、耐えるために腕を噛んだ。身体の痛みだけではない。心はもっと痛かった。
 オスカーに閉じ込められ復讐されているのだと気付いたとき。家族に見放され、必要がないと思われたとき。イーガーの幼獣に襲われたとき。
 心の痛みを感じたときに、魔力の器も痛みを感じる。
 そして、魔力量が増えた。
 ミッシャはしわがれた声でオスカーを呼んだ。

「オスカー、オスカー来てくれっ……早く!」

 ほとんど、音にはなってない。にもかかわらず、オスカーは扉の前にでもいたのかと思うほど早く、部屋に来た。

「どうかしましたか? 初めてですね、俺を部屋に招き入れるのは。もしかしてイーガーが気に入ったんですか?」
「……あれは、アレじゃない。お前だろ?」
「わかってても怖いんですか?」

 わかっていても怖いのだ、と言い返すのは年上としての矜持が許せなかった。「そんなことより」そう切り出して、オスカーを見上げた。

「なぁ、お前は僕の器を大きくするために、こんなことをしてるのか? そうなんだろう?」

 一瞬見開いた琥珀は昔のように輝いて見えたが、すぐにその目を細め、はぁと呆れた声をあげた。

「今更気付いたんですか? それだけではありませんが、もともとの魔力量ではキリがなかったですからね。で、気付いたからどうなんですか?」
「協力、できないか? こんな、おかしなやり方じゃなくて、もっと、穏便なやり方で――」

 痛みを伴わなくても、何かないのか、そうミッシャは言いたかった。オスカーはミッシャの言葉を遮ると、そのまま押し倒した。

「穏便? じゃあ教えてくださいよ、どうしたらミッシャは絶望してくれるんですか? 俺に犯されても、家族に見捨てられても、あなたは絶望しなかった。なんで赦すんですか? それとも、俺も、彼らもミッシャにとっては取るに足らない存在なんですか? 仕方ないって諦められるような……そんな、もの、なんですかっ?」

 ギリギリと締め付けられる腕よりも、もっと胸が締め付けられる。
 オスカーが、泣いていた。
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