23 / 37
59日
しおりを挟む
ミッシャ視点に戻ります
❖❖❖
目隠しをされたミッシャは、声にならない悲鳴を上げ続けていた。枯れ果てた喉からは血の味がした。
何度も何度も繰り返される、洞窟でイーガーの幼獣に襲われた時の映像を頭から追いやろうとして頭を振った。
――違う、これは違う。アレじゃない。アレとは、違う。
トラウマはそう簡単に消せるものではなく、どうしてもぬぐえない。視界を奪われているせいか、より一層あの白い悪魔を思い出させる。
夢にまで悪魔は現れて、ミッシャを苛む。おかげで疲れは取れないのに、魔力だけは増えていった。
だから、一日が長い。
一度に奪われる魔力はわずかだ。
じわじわとゆっくり、イーガーが奪っていくのを、震えながら耐える毎日は、心も疲弊させていった。
そんな中、一度だけ幸せな夢を見た。
泣き縋るミッシャの手を、オスカーが握ってくれた。
震える身体を抱きしめて、一緒に眠ってくれた。
子供のころは逆だったのに、いつの間にか大きくなったオスカーに抱きしめられて眠るのが当たり前になっていた。
最後の晩、ミッシャは自分を責めた。
こうしなければ眠れなくなったオスカーを育てたのは自分だ。依存させてしまった。強い魔力に、たぐいまれな才能をミッシャといることで埋もれさせるのは、惜しい。
もし、ミッシャにもっと力があれば、そう思ったことは何度もある。けれど、いくら努力してもミッシャは並みの魔術師どまりだった。補助魔術以外は並み以下、どうあがいてもオスカーと並ぶことはできない。
『愛してます』
その言葉を聞いたとき、ミッシャの心臓は跳ねた。
悦びで。
そしてすぐさま、後悔した。
育てた子に愛をささやかれ、悦ぶ自分に。
吐き気がした。
家族が欲しかった。それなのに……どうしてこんなことになったのだろうと、一睡もできなかった。
逃げなければ、遠くへ行かなければ。
でなければ、家族を失う。
じくじくと痛む背中の傷に耐えながら、転移した――。
そういえば、とミッシャは唐突に思い出した。
痛いのは背中の傷だとずっと思っていたが、この塔に来て何度か味わった。
背中ではない。右腹の……魔力の器のあたりだ。
子爵家に転移してからも、時折腹痛があった。当時は豪勢な食事が合わなかったせいだと思っていた。子供が生まれ家族が出来て、痛むことはなくなった。
普通の幸せを手に入れて、このまま平穏に生きて、死ぬのだと思っていた。
この塔に来てから痛むときはどんな時だっただろうか? 思い出そうとして痛いことばかりだと、苦笑した。
結界に弾かれ、オスカーに無理矢理犯され、耐えるために腕を噛んだ。身体の痛みだけではない。心はもっと痛かった。
オスカーに閉じ込められ復讐されているのだと気付いたとき。家族に見放され、必要がないと思われたとき。イーガーの幼獣に襲われたとき。
心の痛みを感じたときに、魔力の器も痛みを感じる。
そして、魔力量が増えた。
ミッシャはしわがれた声でオスカーを呼んだ。
「オスカー、オスカー来てくれっ……早く!」
ほとんど、音にはなってない。にもかかわらず、オスカーは扉の前にでもいたのかと思うほど早く、部屋に来た。
「どうかしましたか? 初めてですね、俺を部屋に招き入れるのは。もしかしてイーガーが気に入ったんですか?」
「……あれは、アレじゃない。お前だろ?」
「わかってても怖いんですか?」
わかっていても怖いのだ、と言い返すのは年上としての矜持が許せなかった。「そんなことより」そう切り出して、オスカーを見上げた。
「なぁ、お前は僕の器を大きくするために、こんなことをしてるのか? そうなんだろう?」
一瞬見開いた琥珀は昔のように輝いて見えたが、すぐにその目を細め、はぁと呆れた声をあげた。
「今更気付いたんですか? それだけではありませんが、もともとの魔力量ではキリがなかったですからね。で、気付いたからどうなんですか?」
「協力、できないか? こんな、おかしなやり方じゃなくて、もっと、穏便なやり方で――」
痛みを伴わなくても、何かないのか、そうミッシャは言いたかった。オスカーはミッシャの言葉を遮ると、そのまま押し倒した。
「穏便? じゃあ教えてくださいよ、どうしたらミッシャは絶望してくれるんですか? 俺に犯されても、家族に見捨てられても、あなたは絶望しなかった。なんで赦すんですか? それとも、俺も、彼らもミッシャにとっては取るに足らない存在なんですか? 仕方ないって諦められるような……そんな、もの、なんですかっ?」
ギリギリと締め付けられる腕よりも、もっと胸が締め付けられる。
オスカーが、泣いていた。
❖❖❖
目隠しをされたミッシャは、声にならない悲鳴を上げ続けていた。枯れ果てた喉からは血の味がした。
何度も何度も繰り返される、洞窟でイーガーの幼獣に襲われた時の映像を頭から追いやろうとして頭を振った。
――違う、これは違う。アレじゃない。アレとは、違う。
トラウマはそう簡単に消せるものではなく、どうしてもぬぐえない。視界を奪われているせいか、より一層あの白い悪魔を思い出させる。
夢にまで悪魔は現れて、ミッシャを苛む。おかげで疲れは取れないのに、魔力だけは増えていった。
だから、一日が長い。
一度に奪われる魔力はわずかだ。
じわじわとゆっくり、イーガーが奪っていくのを、震えながら耐える毎日は、心も疲弊させていった。
そんな中、一度だけ幸せな夢を見た。
泣き縋るミッシャの手を、オスカーが握ってくれた。
震える身体を抱きしめて、一緒に眠ってくれた。
子供のころは逆だったのに、いつの間にか大きくなったオスカーに抱きしめられて眠るのが当たり前になっていた。
最後の晩、ミッシャは自分を責めた。
こうしなければ眠れなくなったオスカーを育てたのは自分だ。依存させてしまった。強い魔力に、たぐいまれな才能をミッシャといることで埋もれさせるのは、惜しい。
もし、ミッシャにもっと力があれば、そう思ったことは何度もある。けれど、いくら努力してもミッシャは並みの魔術師どまりだった。補助魔術以外は並み以下、どうあがいてもオスカーと並ぶことはできない。
『愛してます』
その言葉を聞いたとき、ミッシャの心臓は跳ねた。
悦びで。
そしてすぐさま、後悔した。
育てた子に愛をささやかれ、悦ぶ自分に。
吐き気がした。
家族が欲しかった。それなのに……どうしてこんなことになったのだろうと、一睡もできなかった。
逃げなければ、遠くへ行かなければ。
でなければ、家族を失う。
じくじくと痛む背中の傷に耐えながら、転移した――。
そういえば、とミッシャは唐突に思い出した。
痛いのは背中の傷だとずっと思っていたが、この塔に来て何度か味わった。
背中ではない。右腹の……魔力の器のあたりだ。
子爵家に転移してからも、時折腹痛があった。当時は豪勢な食事が合わなかったせいだと思っていた。子供が生まれ家族が出来て、痛むことはなくなった。
普通の幸せを手に入れて、このまま平穏に生きて、死ぬのだと思っていた。
この塔に来てから痛むときはどんな時だっただろうか? 思い出そうとして痛いことばかりだと、苦笑した。
結界に弾かれ、オスカーに無理矢理犯され、耐えるために腕を噛んだ。身体の痛みだけではない。心はもっと痛かった。
オスカーに閉じ込められ復讐されているのだと気付いたとき。家族に見放され、必要がないと思われたとき。イーガーの幼獣に襲われたとき。
心の痛みを感じたときに、魔力の器も痛みを感じる。
そして、魔力量が増えた。
ミッシャはしわがれた声でオスカーを呼んだ。
「オスカー、オスカー来てくれっ……早く!」
ほとんど、音にはなってない。にもかかわらず、オスカーは扉の前にでもいたのかと思うほど早く、部屋に来た。
「どうかしましたか? 初めてですね、俺を部屋に招き入れるのは。もしかしてイーガーが気に入ったんですか?」
「……あれは、アレじゃない。お前だろ?」
「わかってても怖いんですか?」
わかっていても怖いのだ、と言い返すのは年上としての矜持が許せなかった。「そんなことより」そう切り出して、オスカーを見上げた。
「なぁ、お前は僕の器を大きくするために、こんなことをしてるのか? そうなんだろう?」
一瞬見開いた琥珀は昔のように輝いて見えたが、すぐにその目を細め、はぁと呆れた声をあげた。
「今更気付いたんですか? それだけではありませんが、もともとの魔力量ではキリがなかったですからね。で、気付いたからどうなんですか?」
「協力、できないか? こんな、おかしなやり方じゃなくて、もっと、穏便なやり方で――」
痛みを伴わなくても、何かないのか、そうミッシャは言いたかった。オスカーはミッシャの言葉を遮ると、そのまま押し倒した。
「穏便? じゃあ教えてくださいよ、どうしたらミッシャは絶望してくれるんですか? 俺に犯されても、家族に見捨てられても、あなたは絶望しなかった。なんで赦すんですか? それとも、俺も、彼らもミッシャにとっては取るに足らない存在なんですか? 仕方ないって諦められるような……そんな、もの、なんですかっ?」
ギリギリと締め付けられる腕よりも、もっと胸が締め付けられる。
オスカーが、泣いていた。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた
木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。
自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。
しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。
ユエ×フォラン
(ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる