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天降る天使の希い
実の月 その一
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秋も深まり、ソルーシュの衣は厚手の絹に変わった。
上下の衣をひとつに仕立てた黄色の深衣の上に、さらに萌黄色の袍を重ねていた。
色の合わせ方にも決まりがあるらしいのだが、ソルーシュにはまったく分からず、舜櫂任せだ。
「今日は賢高の歴史についてお話しましょうカ」
今朝も紅希は供を連れてソルーシュの蓮華宮へと訪れた。
舜櫂の講義が始まると、おとなしく椅子に座って聞いている。
「今、東の大陸は大きく賢高と犀登の二カ国ですが、その昔はもっとたくさんの王が国を成していました」
いくつかの戦争を経て、五代前に湿原の南を賢高が、北を犀登が支配するようになった。
両国での諍いもあったが、今は落ち着いている。
文化や言葉は似通っていることが多く、民間の交流も多い。交易は盛んである。
大きく違うところは、賢高は女性や他国の人間でも官吏につけること。十年滞在すれば国民としての権利を得られること。
犲からの侵攻を防ぐため、犀登は堅固な守りを強いている。広い草原に造られた城は高い城壁で囲われ、来るものを拒む。
それが今は元犲の來毅が王であることは、皮肉なことだが。
一通り話終えたところで、紅希が勢いよく質問した。
「今戦ったらどちらが強いのですか?」
「さて……? 犲との戦いの多い犀登のほうが兵力は強いと思いますガ、物量では賢高のほうが優位ですネェ。まぁ戦うようなことはないと思いますヨ。面倒ですからネェ」
「面倒だから戦争をしないのですか?」
不思議に思ったソルーシュが声をあげると、舜櫂が「はい。戦争には決まりがあります」と頷いて続きを話しだした。
「まず、宣戦布告をすること。奇襲は天に背く行為だと言われていますネェ。奇襲して勝った国はこれまで一度もないです」
「一度もですか?」
「はい、一度もです。不思議なことですが歴史書にはそう書いてあります。東の大陸ではこれを信じられているため、奇襲するような王はいませんネェ」
偶然ということも考えられるが、過去幾度もあった戦争で、奇襲を掛けた国が勝利したことはない。
本当に天、神と呼ばれるものがいるかはわからないが、歴史はそう告げていた。
「それから、戦場には必ず同等の将が陣を敷くこと。これは慣例で、守らねば卑怯者と言われるだけですが、兵の戦意を削ぐことにもなりかねませんから、みな守ります」
「確かに戦意が削がれたら戦いには勝てませんね」
故国での戦争とは大きく違う戦いに、ソルーシュは驚くばかりだった。紅希は既に知っていることなのか、わくわくとした表情で舜櫂の言葉を聞いていた。
それでも奇襲を行う国や、格上の将が陣を敷いた戦いも数多くあったそうだ。
戦いを有利に進めるために行うその策は、なぜか失策となり決まりを守らない国は敗戦するのだという。
「決まりを守らない戦いには、軍神が現れ勝敗を決す」
「軍神?」
「天から降りてくるそうですヨ。拙は見たことはないですが……」
「見てみたいです! 戦いがあればいいのに」
軍神見たさの言葉ではあっても、紅希のその言葉にソルーシュはぞっとした。
「紅希様。戦いが起きれば、傷つくのは民と国ですよ」
「でも軍神を見てみたいとは思いませんか? きっと父上みたいに大きくて立派な人だと思います」
「……いえ、ワタシは見たいとは思いません。いいですか? ワタシたちは民を守るために国を任されているのです。戦いは、ないほうがいいのです」
普段は紅希の言うことをなんでも褒めてくれるソルーシュに窘められて、紅希は不満げだった。
今にも泣き出しそうになりながらも必死で堪えている。
「今は分からなくてもいずれわかります。戦いはないほうがいいのですから」
なだめるソルーシュの言葉に、紅希はとうとう泣き出してしまった。
困ったなと思うソルーシュだったが、それ以上の言葉を掛けることはなかった。
これは自分で理解しなければならないことだから、と。
紅希の機嫌は治ることなく、午前の講義は早めに終わったため、昼餉までの間にソルーシュはアミールへの手紙を書いた。
---
兄上、嬉しい知らせをありがとうございます。
もうだいぶ高齢なサルーが無事出産できたと聞き、とても驚いております。
ワタシにとってはサルーが母親だったので、弟ができたみたいです。
弟ではありませんが、最近オーランが塞ぎがちで心配しています。
なにかあったのか、ワタシには何も教えてくれません。
何もできない自分が歯がゆいです。
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上下の衣をひとつに仕立てた黄色の深衣の上に、さらに萌黄色の袍を重ねていた。
色の合わせ方にも決まりがあるらしいのだが、ソルーシュにはまったく分からず、舜櫂任せだ。
「今日は賢高の歴史についてお話しましょうカ」
今朝も紅希は供を連れてソルーシュの蓮華宮へと訪れた。
舜櫂の講義が始まると、おとなしく椅子に座って聞いている。
「今、東の大陸は大きく賢高と犀登の二カ国ですが、その昔はもっとたくさんの王が国を成していました」
いくつかの戦争を経て、五代前に湿原の南を賢高が、北を犀登が支配するようになった。
両国での諍いもあったが、今は落ち着いている。
文化や言葉は似通っていることが多く、民間の交流も多い。交易は盛んである。
大きく違うところは、賢高は女性や他国の人間でも官吏につけること。十年滞在すれば国民としての権利を得られること。
犲からの侵攻を防ぐため、犀登は堅固な守りを強いている。広い草原に造られた城は高い城壁で囲われ、来るものを拒む。
それが今は元犲の來毅が王であることは、皮肉なことだが。
一通り話終えたところで、紅希が勢いよく質問した。
「今戦ったらどちらが強いのですか?」
「さて……? 犲との戦いの多い犀登のほうが兵力は強いと思いますガ、物量では賢高のほうが優位ですネェ。まぁ戦うようなことはないと思いますヨ。面倒ですからネェ」
「面倒だから戦争をしないのですか?」
不思議に思ったソルーシュが声をあげると、舜櫂が「はい。戦争には決まりがあります」と頷いて続きを話しだした。
「まず、宣戦布告をすること。奇襲は天に背く行為だと言われていますネェ。奇襲して勝った国はこれまで一度もないです」
「一度もですか?」
「はい、一度もです。不思議なことですが歴史書にはそう書いてあります。東の大陸ではこれを信じられているため、奇襲するような王はいませんネェ」
偶然ということも考えられるが、過去幾度もあった戦争で、奇襲を掛けた国が勝利したことはない。
本当に天、神と呼ばれるものがいるかはわからないが、歴史はそう告げていた。
「それから、戦場には必ず同等の将が陣を敷くこと。これは慣例で、守らねば卑怯者と言われるだけですが、兵の戦意を削ぐことにもなりかねませんから、みな守ります」
「確かに戦意が削がれたら戦いには勝てませんね」
故国での戦争とは大きく違う戦いに、ソルーシュは驚くばかりだった。紅希は既に知っていることなのか、わくわくとした表情で舜櫂の言葉を聞いていた。
それでも奇襲を行う国や、格上の将が陣を敷いた戦いも数多くあったそうだ。
戦いを有利に進めるために行うその策は、なぜか失策となり決まりを守らない国は敗戦するのだという。
「決まりを守らない戦いには、軍神が現れ勝敗を決す」
「軍神?」
「天から降りてくるそうですヨ。拙は見たことはないですが……」
「見てみたいです! 戦いがあればいいのに」
軍神見たさの言葉ではあっても、紅希のその言葉にソルーシュはぞっとした。
「紅希様。戦いが起きれば、傷つくのは民と国ですよ」
「でも軍神を見てみたいとは思いませんか? きっと父上みたいに大きくて立派な人だと思います」
「……いえ、ワタシは見たいとは思いません。いいですか? ワタシたちは民を守るために国を任されているのです。戦いは、ないほうがいいのです」
普段は紅希の言うことをなんでも褒めてくれるソルーシュに窘められて、紅希は不満げだった。
今にも泣き出しそうになりながらも必死で堪えている。
「今は分からなくてもいずれわかります。戦いはないほうがいいのですから」
なだめるソルーシュの言葉に、紅希はとうとう泣き出してしまった。
困ったなと思うソルーシュだったが、それ以上の言葉を掛けることはなかった。
これは自分で理解しなければならないことだから、と。
紅希の機嫌は治ることなく、午前の講義は早めに終わったため、昼餉までの間にソルーシュはアミールへの手紙を書いた。
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兄上、嬉しい知らせをありがとうございます。
もうだいぶ高齢なサルーが無事出産できたと聞き、とても驚いております。
ワタシにとってはサルーが母親だったので、弟ができたみたいです。
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