上 下
1 / 29
第一話

導入は常にMizuki_Style

しおりを挟む
 我らの25年に及ぶTRPG世界の備忘録も兼ねて


「ねずみ男、地獄にいってみようじゃねぇか」
「そりゃあいいや。たいくつで困ってたんだ」
「道はこっちだ」
「道さえわかればしめたものよ」
ゲゲゲの鬼太郎「地獄めぐり」冒頭1ページ目より


 君は異世界に転生、転移、もしくは召喚された。理由は何でもいい。

 向こうの世界のやんごとなき人に世界の危機を救ってもらうためとかという正統派かつ御大層な時もあれば、交通事故に巻き込まれるようなオーソドックスなパターンかもしれない。何らかの要因でゲームの向こうの世界に引き込まれたとかかでも構わない。それこそ野良ネコに引っかかれた時のけぞったら頭打ってしまってそのまま、みたいな「なんぼなんでもそれはねぇ~!!」というのでもいい。その「理由」にさしたる意味はない。もう少し言うなら「転生」なのか「召喚」なのか「転移」なのか、という部分においても、そこまで深い意味がある訳でもない。

 要は「現代日本で普通の生活していた日本人何某が突如、何かが原因で異世界、主に『西洋チャンバラ』とでも言うべきファンタジー世界に飛ばされ、その先で無双? とまで言わなくても何らかの活躍をする」という部分が主旨となるのだから、前口上はそこまで重要ではない、というのがお分かりいただけるであろうか。

 とはいえ、感情移入の問題などもあるだろうから「日本人何某」よりは「形」を与えておく必要があるだろう。
 差し当たっては日本人、男性、10台終盤、ごく普通にアニメやらゲームやらをたしなんでおり、昨今、映像化されているような異世界転生モノの世界をみつつ「あ~あ、オレもああいう異世界で女の子侍らせてテキトーハーレムしながら無双人生、みたいなのやりて~!」ぐらいには思っている。といった所か。

 これは、そういうテンプレートで片付けられそうな、どこにでもいそうな1人の人が、魔法ありモンスターあり神や悪魔もその権能を思いのまま振るうアルティメットな紀元0年時期の地球に飛ばされ、様々な試練を乗り越えて英雄になるまでの物語。


 しかしながら早速で申し訳ないが、その直後。君は死んだ・・・
 厳密に言うと、何が起こったのかすら解らないままに死んだのではない。時間にするなら30分ぐらいの余裕はあった。ので、周りの状態を見て取るぐらいはできる。

 地球上の約7割が海であり、どこか適当な1点で転生、転移となった場合。その7割の場所に出る可能性の方が高いのだが、運命というやつもさすがにそこまで無常、無慈悲ではない。そこは地上である。今の時刻は分からないが、辺りは月明かり程度のほのかな明るさで見える範囲を除いて完全な暗闇である。しかしながら、見渡す限りの原野や原生林は雪なのか氷なのかまでは判別できないが、凍結からくるであろう「白」に覆われており、一応の明度はあった。遠くに狼? なのか何なのか、遠吠えのような鳴き声が聞こえるぐらい、どうしようもないぐらい人里とは隔絶された場所。
 そして、何よりも特徴的なのは、先にも「凍結」と書いたが・・・異常なまでに寒い! 凍える! いや、寒すぎるせいで痛い! 吐く息が白い、ではない! 吐く息が、細かな氷の結晶になっている! 

「なん、ですか! ここはぁ~!」

 これが第一声であった。
 少なくとも、今いる場所がついさっきまでいた現代日本とは全く違う世界である。ぐらいは、頭が理解するより先に体が理解した。と同時に、どうしようもない冷気によって一気に体力を奪われ、膝をつく。

「いや、ナニコレ! し、シヌ!」

 当たり前の話として膝をついた瞬間、そこから凍気による刺すような激痛。思わず飛び上がる。バランスを崩したら、死ぬ。嫌でもそれを悟った君は、いきなり崩れ落ちないよう、踏ん張り直す。その頃には、極初期の混乱状態から何とか抜け出し、先の情景を正しく認識できた。

「・・・え~っと、なに? これ…これが異世界転生ってやつ? …いや、オレがそのまま来てるっぽいから転移になるのか? いやしかし、コレはない、いくらなんでもせめて人里スタート・・・さむ、すぎ! やべ、シヌ…」

 人間、死を悟った瞬間、異常なまでに思考能力が高まるという話があるが、今、正に、君がその状態に突入していた。

(おい! 異世界転生ってったら、まずアレだろ! トラックで跳ねられるとか、列車のホームから落ちるとか、何でもいいけど、何か、あ、コレ、もうダメだなってシーンから入ってだなぁ! で、次の瞬間、変な魔方陣から出てくるとか、女神様みたいなのが目の前にいるとかしてさぁ~、テキトーにチートスキルとかチート魔法とか、とにかくチート能力もらって、転生先の世界でカワイイ女の子とイチャイチャしながら、何か知らんけど悪そうな敵、ぶっ飛ばすだけの、そういうお気楽ヌルゲーじゃなかったのかよ! とりあえず人里ですらないこんな場所から、ど~しろっちゅんじゃあ! やり直しを要求する!)

 だが、妄想を巡らせた所で現実が変わる筈もなく。徐々に、しかし確実に体力を削られていく。幸か不幸か、ほぼ無風状態だったのは延命には幸いだったのかもしれない。今しばらく思考を巡らせる時間はあるようだが…

(・・・いや、待てよ! 今、こんな状態って事は、もう既に何かチートぱぅわ~!をもらっているのか? オレ? それならまだ納得できる。今、目覚める時! 何でもいいんで厨二ぱぅわ~! ふんんんんんんんんん!)

 もしこの時、はた目から彼を見ている人がいるのなら、寒さのせいで頭がおかしくなってしまったと勘違いしても何ら不思議ではなかっただろう。妙な立ち姿をしてみたり、怪しすぎる呪文のようなものを唱えていたり、掛け声、叫び、徒手空拳を振り回していたり…etc…

(・・・とりあえず、なんもないの? ホントに?)

 しばしの沈黙。そしてふと思い当たる事があったらしい。

(いや、待て待て・・・これは、アレだ。オレがお約束のアレをやってないからかもしれん。異世界ってったら、やっぱアレやって状態確認からだよな)

 そう思い直した君は、高らかに叫ぶ!

「ステータスオープン!」

 オープン! おーぷん! オープン ・・・ ……

「は? なんで? HAHAHA あり得んだろ・・・いや待て。こうか?」

 何かを思いついたのか、気を取り直し再び叫ぶ!

「Status Open!」

 英語っぽく言い直しても、特に何かが起こる事もなく・・・

 しかし、ここで事態が急変する。先ほどの何かの遠吠えのような鳴き声。その主と思われる生き物が迫ってきているのに、君は気づく。

(えっ!? ワンコ? 狼? いやいやいやいや! コレむりいいぃぃぃぃぃぃ!)

 元より、それほど明るくなかった場所なのだ。犬か狼か? それはこの際さほど問題ではない。気づいた時にはもう、人間の移動力でどうにかできる間合いではなかった。一気に距離を詰められ、全体重を乗せて飛び掛かられる! 柴犬程度の中型犬であったとしても、全体重を乗せて勢いよく飛び掛かられたら、かなりの衝撃になる。いわんや狼クラスの大型犬相当の生き物のそれを食らったら、武術の達人でもない限り、簡単にひっくり返されて前足で押さえつけられるのが道理。次の瞬間、肩口に噛みつきの一撃!

 ここから先は書くまでもない。人間の生存本能がほぼ絶望的な抵抗を試みるも、どれだけの意味もなく。数瞬の後、息絶えた。「死」というものに対して雄々しく抵抗した、と吟遊詩人なら語るのだろうが、内情はそんなに「いいもの」ではない。ただ

(しにたくないいいぃぃぃっぃぃぃ!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 唐突に聞こえた猫の鳴き声と共に、君は意識を取り戻し気づく。そこは先ほどまでの死の原野とでも言うべき場所とはまた違った所であった。

 そこは、何というか…全体的な部屋の構造は、伝聞や限られた映像から伝え聞く所の「ラブホテル」とか「ソープランド」とか「キャバクラ」とか、そういうイメージを感じさせる部屋の一室であった。ただ「部屋」といっても10人程度の人間がくつろげるぐらいの広さがあり、ちょっとした会合や宴会をするには手頃な大きさである。
 どれもが初めて目にするような物ばかりなので、いろいろと目移りするものの、最も目をひくものは、部屋の中央にある漫画やアニメでしかお目にかかれないような天蓋付きのベッド。その縁を椅子代わりにして座っている一人の女性。それは君がこれまで見た誰よりも(それこそ、アニメやゲームを含めそのような想像上の存在ですら軽く凌駕する)美貌を讃えた存在。
 君は、そのすぐ近くの床で座り込んでおり、君の左側を見ると、これまたアニメやゲームにでも出てきそうなエプロンドレスにロングスカートを下地に甲冑を身に着けている女性が一人。ベッドの右端ぐらいの場所に、どちらかというと悪人面の男が無造作に座っている。その向こう側にもまだ数名、寝転がっている人物がいるようだが、現状の君では確認できない。

 声の主たる猫は、君に一瞥をくれた後、その辺をのっそり歩いてベッドの上に飛び乗り、丸くなってしまった。

 少なくとも、ここは先ほどまでの場所と違い、ごく普通に人間が薄着をしていても問題ないぐらいの室温である・・・というか、目の前の女性は極薄の布地でできた、服と呼ぶにはあまりにあまりなもの以外、着用していないのだが。

(・・・死んだ…にしては、アレだな…)

 ほんの30分もたたないうちに、目まぐるしいというにもあまりにもな急激な状況の変化であった。が、一応の命の安全は保障されたと感じられる今、再び状況を把握するべく思考がめぐりだす。

(奥のおっさんは置いとくとして、だ。はぁ~、メイド喫茶とかでないと見られない存在と思ってたけど、生メイドさんとか初めて見たよ…黒髪ロングストレート、眼鏡巨乳とか、いるもんだねぇ…で、目の前のエロガン振りの女もだけど、すごすぎだろ、アレ…パツキン巨乳エロ全開とか、童貞殺しに来てるとしか思えんな……ま、まぁ、落ち着け、オレ……そして鎮まれ、オレの息子……)

 童貞殺しのエロ女を前にした時に必然として起こる生理現象をなだめるべく、無駄と分かっていても深呼吸や瞑想的な何かであがきつつ、メイドさんとエロ女を改めて見直してみる。

 現代日本ではそもそも女性と付き合うとかほぼあり得なかったが故に、とまでは言わないにしても、君の眼から見て双方、共に甲乙つけ難い美人である。

 メイドさんの方は職業上の必然なのか、従者としての立ち振る舞いが板についており、また同時に甲冑を着けている所から察するに軍人的な部分も感じられる。紳士淑女然とした英国流? 自由奔放なおフランス? いや、一番近いのは一糸乱れぬ軍隊的なプロイセン流のそれか。見る人から見るなら知性と冷静さからくる近寄り難いものを感じるやもしれない。

 それに対し、エロ女の方は、自由奔放、淫乱放恣、これに極まれり。現代日本でその恰好のまま公道を歩くなら、しょっぴかれても文句は言えない、といういで立ちである。一際目立つのは、胸元に輝く、炎をかたどった胸飾り。そこに目をやる=必然としてそのすばらしくも傲慢、暴力的な姿態にも目が行くように設計されているとしか思えない。標準的な現代日本のモラルからするなら、まじまじと見つめるのは相当失礼にあたるのかもしれないが、それを止める事ができない。

 言葉は理解できないものの、立場としてはエロ女の方が上っぽい、というのと、どうやら君に関する何かについて話し合いをしているらしい、ぐらいは分かる。その様子をぼーっと眺めつつ、君は思う。

(ぁぁ~、なん~だろ…このいきなりのエロゲワールドに放り出された感…さっきまで狼だか犬っころだかに噛みつかれてたはずなのに、何すかこの展開は? ・・・ぁぁ~、なるほど! 理解した! これは、アレだ! あそこで死んで今、RE:ナントカってついてる状態で、こっからオレの無双が始まるって寸法か!)

(う~ん、それはちょっと違うかなぁ?)

 突然、頭の中に直接声が響く。脳内に直接声が響くなどという経験、現代日本では絶対にありえない。瞬間、判断を超えた事態に固まる・・・が、転生とおとぼしき事態にさらされてからこっち、そのような突飛もない展開が連続して起こり続けているのだ。さすがにそろそろ切り替えも早くなるというもの。目で追って探せるものでもないが「声の主」を探すべく、キョロキョロとその辺を見まわす。
 
(可能性はいくつか。一番高いのは、目の前のエロ女かメイドさん。意表をついて奥のおっさん…でも、オレの知らない間に中に何かいるなりとりつくなりしてて、そいつが語ってきている可能性も捨て難い・・・)
(こっちも名乗ってないからしょうがないにしても。不確定名「エロ女」はないかなぁ~…まぁ~、その通りだからいいっちゃいいんだけどね)

 ふと不確定名「エロ女」の方に顔を向ける。彼女の表情から察するに、どうやら声の主は彼女で正解らしい。 
 
(ま、大雑把には「貴方」の事はもう把握してるんだけど~、一応、観させてもらうわね)
(? 観る?)

 疑問符を思い浮かべるよりも早く、突如、自身の記憶が圧縮データとなって一気に取り出されるような感覚・・・としか表現のしようがない。 
 
(・・・な…ん・・・)
(うん。だいたい分かった。「2千年後っくらいの日本」かぁ~…たまに、時々、あるのよねぇ~)
(たまに時々って、どっちやねん)
(フッフッフッフッフッ、どっちでしょう? どっちにしても、ま、そういう事例がなかった訳じゃないって事)
(なるほど…で、アンタなら何か事情を知ってそうなんだが、なんなの、コレ?)
(「なんなの、コレ」と言われると…そぅ~、時系列に従って言うなら~、理由はどうあれ、まず貴方は、貴方がいた時代の地球より約2千年前ぐらいの地球のウプサラ(訳注:ウプサラとは、現在のスウェーデン首都ストックホルムより北西約60~70kmに位置するスウェーデンのかつての文化の中心地)の近くに飛ばされて、オオカミに襲われて死んだような状態なんだけどぉ~。一応、戦ったような気はするんで「戦死者」という事でこっちに連れてきてみたって所かしらねぇ~…で、今、ここはヴァナヘイムの中の私の館「セッスルームニル」。そしてぇ目の前にいる私は~、貴方のお望みの展開「女神様」ですよぉ~)
(コイツ! 人の考えてた事勝手に)
(さっき「観せて」もらったし)
(ぁぁ、そういやそんな事されたっけ・・・って、アンタ! 女神様だったのかよ!)
(そうよ~、私はフレイア。権能はいろいろあるけど・・・一番有名なのは「愛欲」と「美」かしらね)

 この女神。ややドヤ顔であった。だが、人の記憶を瞬時に読み取ってみたり、本来、言語が通じないと思われるものと念話のような状態で会話していたりと、女神かどうかはともかくとして、強い「力」を持った存在なのは明らかである。そして、己が権能を「愛欲」と「美」であると豪語するだけの事はある。なればこそ、君がその容姿を「童貞を殺しにきている」と表現するのも分かるというもの。
 
(とりあえず、言葉が通じないと不便すぎるから・・・この辺で使ってる言葉でいっか)
(へっ?)

 唐突に、君は「古北方ドイツ語」を「理解」した。

訳注:いはいる印欧語族に含まれるドイツ語は、源流となる始祖ドイツ語が存在し、それがスカンジナビア半島に流入。古北方ドイツ語となり、さらには時代が下り古ノルド語に変化し現在使われるスウェーデン語に至る。元々、北欧神話において、オーディーンを初めとするアース神族とフレイ、フレイアを属するヴァン神族は別の神族であり、神話の逸話の中でアース神族に組み込まれた経緯がある。オーディーン達アース神族は主に、デンマーク、プロイセン等で信仰されていたのに対し、フレイ、フレイアは主にスカンジナビア半島にて信仰されていた。ゆえに、もし、人間に言語を授けるとするなら、それは古北方ドイツ語であったであろう。

「おっ! おおっ! なんじゃこりゃあ! ・・・今日はホンっとに、「なんじゃこりゃあ!」多すぎ」
「ンフッ、ふぅ~」

 どやぁ~

「うん、すごいのはわかった。でもその「どやぁ~」は美の女神としてどうなの」
「フフフ、愛欲と美の女神は何をしてても愛欲と美の対象なのだ!」
「いや、そこを力説されても…」

 そこで会話に割って入る者がいる。すぐ隣で控えていたメイドさんである。

「フレイア様。そろそろ本題に入られてはいかがかと。『とりあえずおもしろ…珍しそうだから連れて来い』との命でしたので連れてまいりましたが」
「それもそうね。彼。た~ぶ~ん、ここにはそう長くいられないだろうし。元の世界から飛ばされた理由はともかく、貴方がここに来たのはある意味必然だしね」
「・・・今、なんか『おもしろ・・・』って聞こえた気がしたんだが」
「そういうのは、あまり深く詮索しちゃダメよぉ~」
(ああ~、コイツ、お約束の「駄女神」だったかもしれん。や~べぇな。チート能力、期待できそうにねぇな)
「フフフ、誰が『駄女神』かしら」
「うげっ、テメェ」
「我が女神の御前です。貴方は信徒ではありませんが『神、なるもの』に対する礼節はわきまえるべきでしょう」
「・・・まぁ、そう、だな」
「そろそろいいかしら」
「ああ~、『本題』って奴か」
「ええ。それなりには察しがあるようだから助かるわ。そう身構える程ではないわ。貴方にとっても決して悪いお話じゃないから・・・貴方『異世界転生とかして転生先でハーレム人生やったるぜ』みたいな事、考えていたでしょ~、その願いを叶えてあげる」

 理不尽な展開が続く中、「女神」を名乗る存在からの唐突すぎるぐらい唐突な提案。

「はっ?」
「私の権能は『愛欲』と『美』よ。女の子の美は保証するし、ハーレムの部分だって連日連夜とっかえひっかえくんずほぐれずグチャグチャぷっしゃ~って感じで」
「言いたい事はすんげぇ伝わってきたけど、途中から言葉がすごく不自由になった気が…」
「伝わったならいいじゃない」

 未だ高速思考状態が続いている君は、そこでフトある事に気づく。

「・・・話がウマすぎるんだぜ…アンタの力は認める。『神』かどうかはともかくとして、願いを叶えるだけの力はありそう、ってのも理解した。でもな、だからこそ。その願いを、なんで叶える? 何かあるんじゃないの?」
「『察し』が良すぎると、時としてその身を亡ぼすけど、基本的にはいい事だわ。その賢明さを忘れないようにしておきなさい・・・私が貴方の願いを叶える理由はね…外を見てもらいましょうか」

 閉じられていた鎧戸が丁度、人が外を覗ける分だけ隙間を開ける。そこから外を見ろ、という事だろうと、君は外を見る。と、そこには…
 何よりもまず目を引くのは頑強な城壁である。相当遠い場所にあると思われるが、遠近感がおかしくなるぐらいの高さをもっているために、その向こう側は確認できない。が、眼下に広がる城下町自体はかなりの広さを誇っており、その内側だけで大所帯でも十分養っていけるだけの面積があるようだった。農場、畑、畜産、商店、鍛冶屋などの施設類だけでなく、森や湖、河川のような自然環境、人が文明的な生活を行うのに必要なものはほぼ一通りあると思われる。
 そもそも、欧州の方では日本とは違い、自然は「敵」であった。ゆえに、自分たちが住む場所を城壁で囲み、その内側が「町」であり、その外は外界なのだ。
 その城下町の中心部にはヨーロッパ諸国の首都付近がテレビ等で映し出された際に見られるような立派な広場があり、そこでは今、飲めや歌えやの宴会が行われているようだった。
 
「う~む…これだけでは何がなにやらサッパリ…2千年前の地球ってのなら、まぁ栄えている方じゃねぇの? としか…」
「2千年前の地球ってのは、あくまで貴方が最初に飛ばされた場所よ。今、この瞬間は、私の館『セッスルーームニル』・・・日本人の貴方に分かるように言うなら、ある種の死後の世界かしら」
「えっ、じゃあオレ、やっぱ死んでんの?」
「まぁ~、貴方は…今は死んでる扱いだけど、地上のほうで助けてる人がいるっぽいから、そろそろ蘇生しそう。ただ、やっぱり今は死んでる扱いだから戦死者扱いにして、うちに連れてきたって所かしら」

 目が慣れてきたのもあって、もう少し詳しく宴会の様子を観察できる。
 外は夜なのだが中央に巨大なキャンプファイヤーがあるので、明かりはそれで充分に確保されている。そこには飲み食いしている戦士たちが大雑把に数千人ほどいるようだが、よくよく見ると、ほとんどの者が恐らく中学生ぐらい? なのだろうか。君は日本人でありここは北欧なので、外国人を見た目の年齢だけで判断しろ、というのも難しい話なのだが、それらを考慮してなお、彼らが妙に幼すぎるのは目についた。
 次に、そこに巨大な鍋がかけられており、料理類はそこからとりわけているのが分かる。給仕の女性は全員、今、君の横にいるメイドさんと同様、エプロンドレスに武装、という出で立ちで、遠目から見ても洗練された美人なのだろうというのは容易に理解できる。が、しかし。飲み食いしている戦士たちの人数に対して極端に数が少ないのは気になった。

「あれ、なに?」
 君の問いかけに、女神フレイアは一言。
「あれが、今のうちの全戦力よ」
「全戦力って…」
 言葉を遮り、
「ふぅ~…ん…貴方の『オタク知識』の中にもちゃんとあるじゃない。エインヘリヤとワルキューレについて」

訳注: ヴァルハラには
    五百と四十の扉があらん
    狼との戦に赴くとき
    八百人の戦士 一つの扉より
    一度に打って出るなり


    フォールヴァングというところありて
    フレイアは広間の座席を定める
    日ごと女神は戦死者の半ばを選び
    他の半ばはオーディンの手に帰す


    フリストとミストは
    我に角杯を運べ
    スケッギョルドとスケグル
    ヒルドとスルーズ
    フレッグとヘルフィヨトゥル
    ゲルとゲイラヘズ
    ランドグリーズとラーズグリーズと
    レギンレイヴ
    彼らは戦死者に麦酒を運ぶ

 各々、谷口幸男訳「ギュルヴィたぶらかし」の一節より

 エインヘリヤ(死せる戦士達)とは北欧神話において最終戦争と呼ばれるラグナロクの戦いにおいて、世界を滅ぼす災悪に対して神々と共に戦う戦士達の事である。オーディンとフレイアは戦死者の中から各々半分づつを選び取り、ラグナロクの戦いに向けて戦力を蓄えているのである。
 そして、ワルキューレ(戦乙女)は、戦場に赴きエインヘリヤを選び取ったり、各々の館においてはエインヘリヤを給仕する存在になる。エインヘリヤは戦死者なのに対し、ワルキューレはオーディン、もしくはフレイアが必要に応じて召喚する。その為、従属神に近い存在から人間、巨人、妖精、エルフ等、様々なワルキューレが存在する。ちなみにエインヘリヤ1人につき2人のワルキューレがあてがわれる。

(ぁぁ、なるほど。戦闘もするし給仕もする、っていう辺りで戦闘メイドさんという解釈になってんのか。そこは理解した。しかし…)
「・・・じゃあ・・・もしかして、あの『発艦はできますが、着艦はできません!』とか言いそうな、あのなよっとした奴らと棺桶に片足突っ込んでるようなジジイ共が・・・」
 あえて大きく一度、ため息をつき
「・・・ええ、そうよ。アレが、エインヘリヤの実態よ。エイユウ 43マン2センニン トカ オマエラ フカシテンジャネェヨ ソモソモ ニンゲンガ イネェンダカラ アツメラレルワケ ネーダロ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

訳注:ここから先は単純な算数の計算になるのだが、ヴァルハラの扉は540。そこから各々800人の戦士が同時出撃なので、540×800=43万2千人。ただ、神話では特に言及されていないのだが、どうも、それで隊列一列分らしい・・・のだが、とりあえずはエインヘリアの定数を43万2千人として以後の話を進める。

 大雑把な話として。現代日本の人口は約1億人弱。紀元0年当時、350万人程度であったと推測されている。一方、中国は現在13~14億人、紀元0年当時(前漢と後漢(三国志の時代ね)の間ぐらい)ですら1億人前後と言われている。紀元0年当時、ローマ帝国が最大版図を誇ったその時で人口は概ね6千万人ぐらいと言われている。

 それに対し現在のスカンジナビア半島(スウェーデン、ノルウェー、フィンランド)全体で人口約4千万人。前述の人口比辺りと自然の厳しさを考慮してこの世界における紀元0年の人口を100万人ぐらいと想定。そこから導き出される戦死者の密度は、年平均千人にも満たない。それ以上の密度で戦死者が出続けると、文明そのものが崩壊してしまうからだ。その年千人の死者から半分を受け取るのだから、1年あたり、500人しかエインヘイリヤが増えない計算になり、100年たっても5万人にしかならないという、とんでもないレベルの兵力不足。

 なお、神話の方では言及はされていないのだが、北欧神話の神々の座するアースガルドは敵である巨人族の侵略を度々受けており、その際にもエインヘリヤ達は出撃していると思われる。そしてそれらの戦闘は、いつものヴァルハラで行われている訓練(夜明けと共に戦争開始、日暮れで終了、死んでも生き返る)ではなく、普通に死んでいると想定される。仮にアスガルドの中でいかなる「死」を恐れなくともよいのであれば神話の中でも普通に使われている「殺す」という脅しは意味をなさないからである。そうでなくても、エインヘリアが何しても絶対に死なないなら、ヴァルハラで増やせば増えるはずだしね。

 しかも年千人の戦死者は誰でもいいから千人であって、ベテランや英雄千人ではない。戦場で最も死亡率が高いのは今も昔も新兵。それも初陣~5回ぐらいまでの間が多く、次に、もういつ死んでもおかしくない老兵の順であり、それらがほぼ9割方を占める。そこから導き出される結論は、今、君が見ている情景の通り。やる気だけは異様に高いが「発艦はできますが着艦は、できません!」というレベルの新兵か、実質戦闘力を失っている老人しかいない、という状態もいわずもがな、なのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(ぁぁ~、なんか、神っつっても、苦労はするんだな)
「ちと気になってはいたんだけど、何か、オークっぽい奴とかゴブ臭い奴とか、虫っぽい生き物とかオーガや巨人、リザードマンやら両生類、半魚人みたいなのも微妙に混じっているような気がするんだが…」
「ああ~、アレは。人間だけじゃ定数が満たせないのが分かっていたんで、試験的に連れてきてみた奴ら・・・なんだけど…やっぱ、せめて人間の近親種じゃないと、ダメね~…」
「なるほどなぁ…じゃあ、あの宴会場にいるメイドさん達がワルキューレってわけか」
「ええ、そうよ」
「明らかに数、足りてないよな…」
「ウン、ナニガ86マン4センニン ノ ビジョ ダ! ムチャクチャイウナヨ ニンゲン! ビジョガ ソコラノ ハタケトカカラ カッテニハエテクルトデモ オモッテイルノカ!」

訳注:エインヘリア43万2千×2=86万4千人。先にも書いたが、ワルキューレは必要に応じてオーディンやフレイアが召喚するのである。どこかの天使のように神が息をしたら勝手に出てくる訳ではない。

「あっ…あ、ぁぁ~、ハイ、ソウデスネ…なんか、スンマセン…」
 吐き出すものを吐き出したのち、気を取り直して話を続ける。
「で。貴方の役目は2つ。1つは貴方自身が英雄になる事。もう1つはワルキューレ候補者とでも言うべき人を見繕って欲しいわけよ」
「なるほどな。まぁ理屈は通るわな」
「それで・・・」
 フレイアは話を奥の男に振ろうとするのだが、男の方が機先を制して一言。
「オレはいやですよ」
「まだ何も言ってないんだけどぉ~」
「どうせ、ソイツの師匠とかになって鍛えろとか言うんだろ。そんな事したら、おめぇ、オレ8話目ぐらいで死にそうだし」
「いやあの、8話目ぐらいで死にそうって、アンタねぇ」
 という辺りで、画面が暗転しはじめる……
「えっ、アッ! ちょっと! そういや何かチートな能力とか魔法とかあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 大丈夫…ここでのやり取りが理解できるまで生き残っていられるようなら、その時にはもう貴方は一角の英雄になっているはずだから…
しおりを挟む

処理中です...