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第一話

ゴブリン(冬季迷彩型)

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 君が帰ろうとした時、丁度、グロースも帰路に着く所だったようだ。どうせなので、一緒に帰ることとする。

 職場が同じだからといっても、案外、まとまった会話をする機会というのは取れないものである。なので、これを機にいろいろとお話できそうである。

「そういえばあんまり中では会わないっすけど、主にどこにいるんでしょ?」

「そうですね、確かにあまり顔を合わせる機会はありませんね。向こう(神殿娼婦)のヘルプに入る時もありますが、基本的には魔術師組合の方で経理をやっています」

(ああ~、そうか。そういや、現代日本と違って、読み書き計算ができるってだけで重宝される時代だったな。この人も魔法使えるはずなんで、そらそうなるわな)

 お話する。そのつもりで歩調を合わせて歩いているのだが、互いにしばし無言が続く。心当たりがある君から、切り出す。

「ああ~・・・その~・・・あまり言いたくなさそうな事を言いたいのかなぁ、というのは何となく分かる。多分、今回の成人の儀に関する件なんだろうなぁと」

「察しがよくて助かります」

「まぁ、言われてもしゃ~ない所はあるんで、お姉さんの意見を聞いておきましょう」

「貴方が、我らの女神のおぼしめしでこの地に来たのは分かっています。女神の意向は我々、人間のそれでは図れない、何か大いなる意図があるのだろうと。ですので、その貴方の判断、思考、行動、を信じるしかない、のはその通りなのですが・・・」

「それでも、私個人としては……賞金稼ぎとか傭兵とか退治屋のような真似に妹をあまり巻き込んで欲しくはない、というのが正直な所です」

 先の外征に際して、実際に危険な瞬間は幾度となくあったのは事実。初めてだったから、こちらの能力不足だった、とりあえず生きて帰ってきたんだからいいじゃないか、みたいなのは全部言い訳であり、結果が全て。

「そればっかりは、申し訳ない、としか言いようがない」

 シャー、シャー、シャー、シャー

「もちろん、不朽の名声を打ち立てた英雄であっても、最初から強かった訳ではありませんし、彼らが『特別な』存在になるまでの詳細、実態なんて誰も知りませんから、ある程度は仕方がないのでしょう。それに妹がどうしたいのかという問題も絡んできますので・・・」

 シャー、シャー、シャー、シャー

「? なんじゃこの音?」

 どうやら音は凍結した川の上流から徐々にこちらに近づいているようである。
 君より一瞬早く、グロースの方が音の正体に気づく。

「ライト!」

 魔法の照明を音が近づいてくる方に投げかける。
 
 と、そこには。

 この付近の自然に溶け込みやすい黒ベースで所々深い灰色を織り交ぜた外套を身にまとい、身軽に動けるよう軽装鎧で武装したゴブリン達がスケートを使って移動、君達に飛び掛かる直前であった。

「な・に・いぃ!!」

 こういう場合、咄嗟に動くのは利き腕。しかし!

「あっ!!」

 君が持っていた武器は、不幸な事にミリアに預けていたのだった。

「しくった!!」

 そんな君の都合など関係なく、何か叫び声のようなものを上げながら飛び蹴りをかましてくる。
 すんでの所で体をかばうように、両腕を構えると、丁度、盾でゴブリンの攻撃を受け流す形になる。が、同時にゴブリンの全体重をモロに受ける事となり、地面に引き倒された。
 もちろんそれで終わりではない。

「ぃいっ!」

 ブラックジャック(訳注:細長い袋に土や小石を詰め、即席の鈍器として利用する、暗器の一種)を振り回し、間髪入れずに追撃!

(くっそ!)

 地面を転がりながら盾をかざし、少しでも態勢を整え直そうとする。しかしながらチラっと視界の端に引っかかったグロースの様子はより絶望的であった。

「マジックミサイル!」

 数本のピュアマジカルエナジーによる魔力の矢がゴブリンを捉え、1体は叩き落す。だが、残り2体が彼女に襲い掛かる。
 スケートの勢いを殺すことなく、2人共、投げ輪を投げつけグロースを絡めとる。

(いや、賢すぎだろ! 1人が外してももう1人で捕まえるんだったら失敗した時のリスクが減らせるだろうってか! お前ら、ホンマにゴブリンか!)

 後はほんの僅かに綱引き状態になったものの、勢いのついたゴブリン側が引き勝つ。それは同時に、程なく、彼女がこのままゴブリン達に連れて行かれる事を意味する。

 この絶対の危機を前に、高速思考状態に突入。

(なんじゃこら! 通り過ぎさまに一撃離脱。多分、成功、失敗に関わらず、このまま逃げるつもりだったんだな。見事なまでの奇襲攻撃だわ。奇襲って奴の性質をよく理解してやがる…じゃなくて、このままだと、グロースさんが拉致られる! 絡めとられている以上、グロースさんは魔法使えん、こっちはこのゴブ相手に手一杯、せめて武器があったら…いや、そこじゃない。今のこの状況を打破できるとしたら、この敵襲を誰かに気づいてもらう事! そう、こういう時には…)

 意を決して君は叫ぶ!

「かじだあああああぁぁぁ~~~!!」

 効果はてきめんであった。近くの民家の窓が次々と開き、外の様子を確認するべく人が顔を出す。

 ゴブリン達、こうなってしまっては人間という重りを引っ張ったまま逃げおおせる事は不可能と判断。投げ輪を手放しそのまま逃走。

 遅ればせながら状況を理解した住人達が君たちの方へかけよってくる段になってようやく安全が確保された。

「危なかった・・・」

「助かりました。しかし、あの叫びは一体?」

「ああ~、アレは。ちょっとした人間心理って奴かな。人間ってのは現金なもんで、自分に直接関係ない、もしくは関わりたくないと思ったら無視する場合があるんで、強制的に自分にも関係があると思わせようと思ったら、『敵だ!』とか『助けて!』より『火事だ!』が一番効く・・・っつっても、オレも、試したのは今回が初めてだけどな」

 この後、実況見分とか事情聴取などの事後処理で1晩が終わる。
 そして君が屯所から帰る際、今日の民会に出席して発言して欲しい旨を要請されるのであった。
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