【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

文字の大きさ
3 / 44

見合い当日

しおりを挟む


ミュラー侯爵邸。
美しく手入れの行き届いた庭にはバラが咲き乱れ、これぞ貴族の邸宅という様相を呈していた。

本来なら片田舎の子爵令嬢が名門と言われるミュラー侯爵の見合い相手に選ばれることなど有り得ない。
侯爵の祖母ナタリアが海が美しいという理由だけで片田舎の別邸に隠居しなければ、こんなご縁はなかっただろう。

ナタリアの別邸近くにあるハンセン子爵邸。社交的で人懐っこいナタリアは子沢山で賑やかな子爵家を気に入り頻繁に行き来するようになっていた。

そこで急浮上したのが、子爵家の五女エメリと孫である侯爵との縁談だった。

子爵家の子供たちは総勢十一人。
エメリの上に兄が三人と姉が一人、下には弟が三人と妹も三人いた。
ハンセン子爵は妻一筋で愛妾を持つこともなく全員、妻のジェーンが産んだ子供達だった。しかもハンセン子爵にも弟が三人、妹が四人おり、子爵の妻ジェーンの実家も子沢山の家系であった。

三年前に離縁していた侯爵、その離縁にまつわる噂はエメリの住む片田舎にも聞こえてきていた。
美しい妻への束縛が激しく軟禁状態にしたとか、妻を親友に奪われたとか、その他諸々…他人のゴシップを楽しむのは貴族社会の通例で噂話には事実と乖離していることが多いのは確かだが、正直尻込みせずにはいられない噂だった。

しかし、一度結婚に失敗したとはいえ、王都でも屈指の名門侯爵家。
どう考えても釣り合いが取れないのではとハンセン子爵家の心配をよそに、縁談話はあっという間に進んだ。



そして今、エメリは侯爵邸の美しい庭が見渡せるテラスに座り美しい薔薇を眺めている。

目の前に座るのはジョアキン・ミュラー侯爵。
漆黒の髪に金色の瞳。
女性の様な美しい顔立ちに加えて白い肌は真珠の様な艶を放つ。

エメリがチラリと見た一瞬、ジョアキンと目が合ってしまう。
エメリは何も見ていません…といったようにスゥーっと目を逸らす。

こんな美しい男性を見たのは初めてだった。
田舎の狭い社会の中で暮らしてきたせいか、洗練された男性を見たことがないのだ。

緊張で手に汗が滲む。
ドッドっと心臓が大きな音を立てて煩い、息が上がりそうなのを必死で抑えているため、きっと鼻の穴が大きく開いているのではないだろうかと気になって仕方がない。

ジョアキンは何も見ていませんよ~という素振りで目を逸らしたエメリの様子が可笑しくなり、吹き出しそうになるのを堪えた。

この子はやっぱり猫みたいだな。

動物的な動きに興味が湧き、ジョアキンもティーカップを口元に運びながら、こちらも何も見ていませんよ~という素振りでエメリの様子を観察する。

琥珀色の紅茶を見つめているようだが、丸く大きな黒い瞳は何かを考えるように右斜め上に動いてまた紅茶を見つめ唇をキュッと固く結んだ。

二人は自己紹介をしてからというもの何も話さない。

エメリはジョアキンから話しかけられるのを待っているものの彼の寡黙な様子に戸惑っていた。

次第に自分が見合い相手としても一人前のレディとしても扱われていないのではないかと思い、侮られているのかと微かな苛立ちさえも覚えた。
しかし、ここで意地を張っても仕方ない。自分から会話の糸口を作り話し掛けるべきかと考え始めた頃、二人の様子を見かねた執事が小さく咳払いをすると、遠慮がちに庭の散策を勧めた。

「いや、いい。午後には参上せよと殿下の仰せだからな」

ジョアキンは立ち上がりエメリの横で腰を折ると、彼女の手を取り触れるか触れないかのキスを残した。

「ハンセン子爵令嬢、束の間の楽しい時間をありがとう。これにて失礼させていただく。この後はゆっくり庭を散策なさると良い」

そう言い残してスタスタと部屋を出ていった。

扉が閉まると、ジョアキンは執事に伝えた。

「彼女で構わないと、父上と母上に伝えてくれ」

ジョアキンはエメリを特に好ましいと思った訳ではない。彼女の方が自分にねっとりとした視線を向ける都会の令嬢達より幾分マシなような気がしただけだ。

所詮、子を成すための結婚だ。

多産家系だか何だか知らないが、美貌や知性、気品や爵位よりは役に立つかもしれない。
ただそれだけだった。




エメリは馬車の中で憮然とした表情のまま前を向いていた。
馬車で丸二日かかる道程を帰らなければならない。

侯爵が去った後、残されたエメリは悲惨な状態だったのは言うまでもない。
給仕の為控えていた侍女の目が泳ぎ、子爵家から同行した侍女には居た堪れない視線を向けられた。
侯爵邸で宿泊の為の客室を用意してくれていたが…到底、泊まれるような状況でもない。
丁重に断り逃げるように侯爵邸を後にした。

「きっと、ダメだったのよね……一言も喋れないなんて。でも、いくら私を気に入らなかったとしても、あの態度はないわよね。大人気ないし紳士的ではなかったわ!最後の挨拶を除いては……」

自分の手に優雅な仕草でキスを残したジョアキンの様子を思い出す。
女性でも嫉妬するくらいの整った美しい顔立ちは冴え冴えとした美しさで、他の者を近寄らせない雰囲気があった。
ツンと澄ました様子はお高く留まっているようにも見えた。
それに加えて一向に自分からは話しかけないという姿勢も高慢な雰囲気を一層高めていた。

せっかく綺麗に結い上げてもらった髪が崩れるのも構わずガシガシと頭を掻いた。

縁談なんて初めてだったが、今日の二人のやりとりが円満でなかったことだけはハッキリとわかる。
そう、この縁談は明らかに失敗だった。
近日中に侯爵家から正式にお断りがあるだろう。
エメリは馬車の窓から流れる風景をただ呆然と見つめた。

それから一週間も経たないうちに侯爵邸からの使者がやって来て正式な結婚の申し込みがなされた時にはエメリをはじめ状況を聞いていた家族全員が目を丸くした。

そして侯爵家は驚くべき速さで結婚準備を推し進め一か月後には結婚式当日を迎えた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。 そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて…… 表紙はかなさんのファンアートです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

処理中です...