【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

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薔薇園

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ジョアキンとの関係は改善されないままだ。
書斎での仕事も、ジョアキンは王宮に早くに向かうので一人で行うことが当たり前になっていた。いつ書いたのだろうと思う程、細かく丁寧な指示書だけが書斎に置かれているのだ。

今日もいつものように書斎に向かうエメリの足取りは重い。

執事が、慌てた様子でジョアキンの書斎から出てきた。

「どうかしたの?」

「奥様…今日の会議で使う予定の資料をお忘れになったようで…急ぎお届けするところでございます」

「……なら私が届けるわ」

「よろしいのですか?……」

使用人たちは夫婦に何かあったことは気付いているようだった。

「ええ…私が届けるわ」

正直、ジョアキンの顔を見たら腹が立つし、心が波立つ。
でも、このままではいけない。

ジョアキンが例え元妻を未だに想っているとしても、舞踏会で見たレナータと夫テオの仲睦まじい様子からはジョアキンの一方的な横恋慕に過ぎないと思えた。
だとしたら…いつか、ジョアキンが彼女を諦め私を見てくれる日が来るかもしれない。

初めて知ったが自分は、こと恋愛においては諦めの悪い女だったようだ。

ジョアキンが振り向いてくれるまで、どのくらいかかるかもわからない。振る向いてもらえない可能性だってある。
長期戦だと思うからこそ、避けられる日々に耐えられない…今の関係を少しでも修復させたいのだ。

会議は午後からと聞いている、今から行けば十分間に合うだろう。

直ぐに支度を整え馬車に乗り込んだ。




侯爵家の馬車で王宮に入り、ミュラー侯爵の妻を名乗り用件を伝えるとすんなりと通してくれた。
執事から執務室の場所を予め教えてもらってはいたものの、実際の王宮内に入ると似たような扉や広い廊下にいくつもの廊下が交差し…すっかり迷ってしまった。

歩き疲れ、誰かに助けを求めたくとも辺りに人影もない。
王宮のかなり奥の方まで入り込んでしまったのだろうか。
これ以上歩き回っても余計な時間と体力を使い更に迷うだけだ。

途方に暮れていると、大きな扉から一人の侍女が出てきたのが見えた。
藁にも縋る思いで駆け寄り声をかける。

王妃か王太子妃の侍女だろうか、髪を一つにまとめ眼鏡をかけた知的な印象の侍女だ。

「ミュラー侯爵の執務室に向かう途中ですっかり迷ってしまって…夫に書類を届けたいの…行き方を教えていただけるかしら?」

侍女は、エメリの顔を見るなり僅かに驚いたように見えたが、すぐに頭を下げた。

「これは…ミュラー侯爵夫人。畏まりました…ご案内いたします」

安堵して侍女について行くと美しい中庭が見えてくる。

「まぁ!美しい薔薇園ですね…」

「王妃様が各国から集められた珍しい薔薇を植えております。全部で百種類を超える薔薇達ですわ。この場所に入り美しい薔薇を愛でられるのは王族と許された者だけです」

「そ、そんな場所に私が入っても大丈夫なのでしょうか…?」

不安になり青褪める。
侍女は申し訳なさそうな顔をしながらも冷静に続けた。

「この薔薇園を含め侯爵夫人に声をかけていただいた場所は…既に王族の私的な空間です。ここを抜けるとミュラー侯爵様の執務室にすぐ着きますのでご安心を」

迷った挙句に王族の私的空間にまで足を踏み入れていたなんて、どうか…この先誰にも会いませんようにと祈るような気持ちになる。

咲き誇る薔薇を横目に先を急ぐと、薔薇園の端にある蔦薔薇が咲き誇るアーチに隠れるように佇む人影が視界に入った。

瞬間、エメリの足は止まった。

遠くにいるのに、その人影が誰なのかエメリには直ぐにわかる。
遠目にでも間違える筈がない、愛する夫ジョアキンなのだから。

背の高いジョアキンの横に輝く金色の髪が目に入り、ドクッと心臓が大きく波打つ。
その人が誰なのか聞かずともわかる。

元妻レナータ。

声は聞こえないものの、彼女は華やかな笑顔をジョアキンに向けている。
そして隣に立つジョアキンも微笑み返す。

どこからどう見ても一対の美しい人形のようにお似合いの二人だ。

呼吸を忘れていた。

侍女の顔が強張り慌てて私の視界の前に入り込む。

「こ、侯爵夫人。こちらでございます…」

はっと我に返ると呼吸困難のように浅く呼吸を繰り返す。
辺りには噎せ返るくらい甘い薔薇の香りが立ち込めていた。

「き、今日は…王妃様の元にレナータ様がお母様である公爵夫人と共にいらっしゃっていました…ミュラー侯爵様とも偶然会われたのでしょう……」

侍女は動けずにいる私の肩を抱くようにしてその場から連れ出した。

ジョアキンの執務室に辿り着くと、侍女は丁寧に頭を下げて去って行った。
その後のことはあまり覚えていないが…執務室にいた補佐官に書類を渡し帰宅していた。

帰宅したエメリは疲れたので先に休むと侍女に伝え夫婦の寝室ではない自室のベッドの中に潜り込んだ。

王宮で見たことを上手く理解できず、頭の中がグチャグチャで整理出来ない。

元妻レナータとジョアキンは幼馴染で結婚するまで、仲の良い友人だったと聞いている。
ジョアキンの執拗な執着や愛する元妻レナータへの異常な行動の数々が事実なのか、そうでないのかエメリには未だにわからない。

逃げるように離縁したレナータだったが、月日の経過とともに二人の仲が改善されたとか……それとも噂は嘘で、もともと二人は愛し合っていたのに子供が出来ないのが理由で離縁せざるを得なかったとしたら?
それはジョアキンが呪いによって性的に不能だったからで…治った今なら二人の関係は……。

姪のレナータを王妃はたいそう可愛がっていると聞く。
王族のプライベート空間に呼ばれることも多いだろう。
だとしたら、その度に二人の密会は続いていたのだろうか……。

今日、二人の姿を見るまではジョアキンの片想いだろうと思っていた。
いくらジョアキンが想おうが受け入れられない想いなのだと。
であれば、自分にも頑張る余地があるのではないかと。

嫁いできた時に比べ距離が縮まったと感じていたのは自分だけだったのだろうか。
ジョアキンが気にかけてくれている…ほんの少しくらい好ましく思ってくれているのでは…なんて淡い期待を抱いていた自分が惨めで恥ずかしくなり枕に突っ伏した。

二人が今でも想い合っているのであれば……私など入る余地はないだろう。
私はただの邪魔者だ。

結婚し妻という立場にいたとしても所詮は子を産むための道具。
道具の分際でジョアキンに恋心を募らせ、彼の気持ちを欲しいと思うのは分不相応な願いだった。
何を思いあがっていたのか……。

枕はエメリの涙で濡れていった。


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