弱虫令嬢の年下彼氏は超多忙

とらやよい

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第十話 カイトのお仕事

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「おい、カイト。おまえ最近ブラウとどこに出掛けている?」

 ライフルの部品を一つ一つ確認しながら磨いている俺にジョージが探るよう目を向けてくる。

「え、ああ…ブラウの奴が山奥の泉に行きたがってさ。時々連れて行ってやっているだけだよ」
「仕事で来ていることを忘れるなよ」
「呼び出されたら直ぐに戻って来ているし。仕事に支障をきたしてはいないだろ? やるべきことは、ちゃんとやっているさ」

 居間の隅にある止まり木で一羽の鳶が羽を休めていた。日中の急な呼び出しには、この鳶が俺を呼びに来る。

 俺は勘の良い兄から視線を逸らした。

 俺が生まれ育ったのはパータイル国の首都ガイタナの郊外にある長閑な町だった。物心ついた時には既に父も母も他界していて、俺にとって家族は二人の兄と、親代わりの叔父夫婦だった。

 銃を触るようなったのは軍の狙撃部隊にいた叔父が俺に銃の扱い方や撃ち方を教えてくれたのが始まりだ。子供だった俺は遊び感覚で、どんどん夢中になっていった。

 そして、十二歳の時に叔父の勧めで出場した国内の射撃大会で並み居る大人達、特殊部隊の軍人達をあっさり抑えて過去最高得点で最年少優勝すると、家に軍の偉い人が何人もやって来た。

 軍の偉い人達の力は凄い。特例で入隊年齢が引き下げられ、俺は十三歳の誕生日に入隊した。

 我家は軍人一家で、父と叔父、兄二人も軍人だ。遡れば祖父も曾祖父も軍人だったらしい。俺が生まれて間もなく戦死した父親も狙撃手だったのだから、その才能を引き継いだのかもしれない。

 狙撃部隊に入隊して直ぐに狙撃部隊機密班に配属され、既に諜報局特殊部隊には兄二人が在籍していた。

 今回の任務は、ミタリア王国に攻め入る前の諜報活動の一環だった。パータイルは戦争を仕掛ける前に諜報部員を潜入させ諜報活動と共に開戦となった際にはスムーズに制圧が完了するよう事前に拠点置き、戦闘になった時に備えて俺のような動ける兵士を配置しておくのだ。

 パータイルの戦争の仕方は効率が良い。街も極力破壊せず、民の死傷者も最低限に抑える。国を制圧した後に新に都市を一からつくり上げるのは莫大な時間と労力、そして金がかかる。国を作り上げるのは民だ。国民の命を無駄にせずに新たに国に繋げることは言うまでもない。

 ミタリア王国の腐敗した政治で国民は苦しみ疲弊し不満を募らせていた。この感情を利用すれば制圧した後のパータイル国に対する反発も最小限に抑えられる。

 無駄な戦いはしない。

 その為に、俺や兄達のような兵士の暗躍が必要不可欠なのだ。

 兄二人は二年以上前からミタリア王国に潜入していた。次男は王宮内に事務官として潜入し、長男はパータイルと国境を接している町、ミタリア王国のフロラス町に戦力的拠点を置くべく動いていた。
 
 数か月前から俺はジョージと共に行動し、パータイル国との国境の町フロラスに仕事の拠点として小さな家を借りている。

 長男ジョージは俺と同じ黒髪に黒い瞳。髪と瞳の色は同じなのに八歳も年上のジョージは俺とは全く違う雰囲気の持ち主だ。優しく良く気が利き、周囲の人々の細かな感情の機微も直ぐに察知する。それがどれだけ仕事に役立っているか理解しているだけに、自分の感情を読み取られないようにするのに必死だ。

「叔父さんからの連絡は入っているのだろう? 至急の任務だと言われている筈だが? 何をのんびりしている」
「仕事道具の確認は、念には念を入れろと叔父さんから教えられたからな」

 ライフルをランプの光の下で磨きながら細部の確認を怠らないカイトにジョージは苦笑いをする。

「まぁ。叔父さんがカイトを呼び出すということは、緊急且つ難しい案件だってのは確かだな」
「だろうな。っていうか俺の所には、いっつも面倒な任務ばかり回って来るからな。もう慣れっこさ。今回もさっさと終わらせて帰って来るよ」
「いつもなら嫌々駆り出されるくせに…前向きになったな。何か良いことでもあったのか?」

 俺は、暫く会えなくなる前にファビオラにパータイル行きの提案を受け入れてもらえたことが嬉しかった。

 任務が完了してフロラスの町に帰ってきたら正式にプロポーズするつもりだ。
プロポーズの前に片付けなくてはならないことは山積みだが、彼女を独身女性としてパータイルで野放しにするのは危険だ。いつ誰に見初められるかわからないし、俺は任務で留守にすることだって多い。俺の目の届かない所で他の男と仲良くなったりしたら。

 持っていた銃弾を握りつぶしそうになる。

「そうか? 気の所為だろ。ああ。そうだ、ジョージ。俺さ十六歳になったら結婚しようと思っているから。よろしく」

 ジョージは目を瞬かせた。

「は? 何を言っているんだカイト。結婚は相手がいなくちゃできないんだぞ? え、まさか…ちょくちょく家を抜け出していたのは女に会うためだったのか!?」
「戻ったら紹介するよ。ファビを一人きりにするのは不安だし、この仕事も最速で終わらせて来るからさ」
「おいおい、返事になってない。それにカイト、何事にも順番ってものがあるぞ? 長男の俺が結婚していないのにカイトが結婚って…とにかく、おまえにはまだ早い!」

 呆れ顔でジョージの前に座り直す。

「また子供扱いか。俺は軍人として働いて給料も貰っているしファビくらい養える。パータイルの法律では十六歳になれば結婚は可能だろ」
「落ち着け、カイト」
「ジョージこそ落ち着けよ」

 言い争っていると、ノックもなしに扉が開いた。
 
 入って来たのは濃紺の髪にエメラルドの瞳の美男子だ。

「ちょっと、何を揉めているの? 兄弟仲が良いのが一番だっていつも言っているくせに」

「「レオン!」」

 二人は同時に呼び、立ち上がった。

「どうした? 王都で任務中だろう?」
「国境の拠点の場所くらい把握しておく必要もあるし。まあ、とんぼ返りにはなるだろうけど兄弟の元気な顔も見たくてね」

 冗談めかしてウインクするレオンにジョージは訴える。

「聞いてくれレオン。カイトの奴が結婚するとか言い出したんだぞ、これが落ち着いていられるか?」
「結婚? 随分といきなりだね。カイトに付き合っている女の子がいたなんて知らなかったよ」
「付き合っているとか、いないとか。そういうの俺には良くわからないけれど。この任務から戻ってきたら正式にプロポーズするつもり」
「おい、カイト。付き合ってもいないのにプロポーズはしちゃいけないぞ~。相手の方だって戸惑うだろう」

 ジョージは困惑顔で説得を続ける。

「いいじゃない、結婚。カイトにプロポーズするくらい好きな女の子が出来たってことだろ。銃のことしか頭になかった頃より、ずっとまともだ。いい兆候だよ。プロポーズが成功して結婚するって言うなら僕は賛成するよ」
「本気かレオン…」

 最後の砦が崩されたジョージは項垂れる。

「俺が好きな人と結婚することに、ジョージ兄ちゃんは反対なの? 俺はジョージ兄ちゃんが愛する人と結婚したいって言ったら自分のことのように嬉しいのに」

 俺が必殺技『兄ちゃん』を繰り出すと、ジョージは瞳を潤ませた。俺が子供の頃のように兄達を呼ぶと大概のことは大目に見てくれる。末っ子ならではの狡賢さを久しぶりに発揮してみた。

「カイト…俺だって、おまえが幸せになることを誰よりも願っている。おまえが生まれた時も…父さんと母さんがいなくなった後も、ずっと。カイトが結婚して幸せになるなら…それが一番だ」

 そう言い終えると、言葉に詰まり泣きそうなジョージの肩を抱いたレオンは、俺の肩も抱き寄せた。

「僕達の兄弟愛は最強かも!」

 レオンは満面の笑みで俺とジョージの顔を交互に見た。



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