神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 4-20

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 ルプレヒトの屋敷の庭は非常に簡素で、木々が黄金に輝いていても華やかさに欠けた。むしろ、いつもある木がただ黄色く色づいただけ、という印象を与える。

「ルプレヒト。話がある。」

 二人が会議に集中出来るように、とルプレヒトは飲み物を用意してからすぐに庭に出ていった。ガーデンベンチに座って冷え切ったコーヒーを飲みながら、なにか文庫本を読み耽っていたようで、ジークフリートの声が聞こえるとすぐに顔を上げた。イチョウの木に片腕でもたれながら、ジークフリートはルプレヒトの読んでいた文庫を見下げている。

「ゲーテか。」

「なんの用だ。話は終わったのか?」

 話題を逸らすように、ルプレヒトは膝に乗せていた文庫本をベンチの背もたれに置いた。一層強く秋風が吹きすさぶと、ジークフリートの柔らかな金髪が揺れた。

「零から相談を受けた。……もとい元気がないから無理矢理話を聞いた。」

 胸ポケットからジッポを取り出し、ルプレヒトは風で消えそうになる火を手で覆いながら煙草の先端に火をつけた。

「どういう話だ?」

 紫煙を吐き出したルプレヒトに、ジークフリートは頭を振りながら姿勢を正す。

「とぼけるな。何で一緒に寝てやらない?」

 バスカヴィルの一件を経て、零は一人で眠るのを嫌がって恋人であるルプレヒトのベッドに潜り込もうとしたのが話の発端である。遠回しに断られた零は、結局それからも一人で寝ている。

「なにか悪いか。」

「零はお前の事ずっと待ってたんだぞ。」

 ジークフリートが聞くところによると、バスカヴィルが夢に出てくる事が頭を巡って気付けば朝になる日々を送っている、というところである。ルプレヒトについては全く追求していなかったが、ジークフリートからしてみれば怒り心頭な話であった。

「勝手に他人の間柄に口を出すな。」

「零はお前になんでやんわり拒否されたか知りたがってる。」

 呆れたようにイチョウの落ち葉を払いのけて、ジークフリートはルプレヒトに更に詰め寄ろうとした。しかし、ルプレヒトはコーヒーカップと本を持って音もなく立ち上がった。

「なら言っておけ。俺にはお前と寝るだけの価値はないと。」

 予想外の答えだった。頭が空っぽになって目を丸くするジークフリートを放って、ルプレヒトはその脇を通りすがると同時に呟いた。

「そんなに心配ならお前が寝たらどうだ?」

 振り返った時にはルプレヒトは裏口に回る為に庭園からの死角へ姿を消していた。

 * * *

 その日、ジャンはほんの偶然にリーズに会った。というのも、ついにワルキューレ作戦の首謀者であるクラウス・フォン・シュタウフェンベルクと内密に会う為にシュヴァルツの別邸で寛いでいたら、たまたまリーズがそこに住みついていたのである。

「り、リーズ?」

 ティーカップを持ってぞんざいに座っていたジャンは、茶封筒を持って歩いていたリーズとお互い目を丸くして見つめ合っていた。

「フランスに居座ろうとしたらヒトラーにここに住むように言われたんですよ……。」

 やっと我に帰り、リーズは暗い顔で苦笑いしながらジャンに向き合った。

「あ、成る程ね……。」

「ジャンさんはどうしてここに?」

 慌てて佇まいを直そうとティーカップをサイドテーブルに置いたところで、斜め後ろにあった両開きの扉が勢いよく開いた。

「おっいたなハン、ジャン!」

「は、初めまして!」

 リーズの質問の答えが入ってくると、ジャンはシュヴァルツをすっ飛ばしてその後ろの隻眼の男に頭を下げた。七三にしっかりと撫でつけた黒髪と体にぴったりとあったスーツを着つけたハンサムな男性である。

「紹介しよう、ハ……じゃない、フランスのレジスタンスに所属してるジャンだ。ジャン、こっちは知ってる通りシュタウフェンベルク……今は何?」

「参謀中佐です国土閣下。初めましてジャンさん、シュタウフェンベルクです。」

 自らの手とは打って変わって力強く大きな手と握手を交わすジャンを見て、リーズは唖然としていた口を閉じた。

「てっきりそこら辺はルプレヒトさんとかジークフリートさんがこなすもんだと……。」

「いや、あの二人じゃ警戒心がよ……。ほら……。」

 ジャンもまた、いつもの親衛隊制服とは違う私服でその場に臨んでいた。薄いブルーのワイシャツにベージュのスラックス、オフホワイトのトレンチという真反対の出で立ちである。

「よし、挨拶も済んだ事だし応接間に。リーズはどうする?一緒に来るか?」

「いや、どうせやってもすぐ無駄になるだろう書類がわんさかあるからそっち先にやるよ。じゃ、良いお話を。」

 慌てて先を急ぐリーズを見送って、シュヴァルツ達三人は会議をすべく応接間に向かう。

「先程のはフランス国土殿ですか?閣下。」

「え?あぁそうだ、ジャンとも面識が深いぞ。な!」

 話を振られて慌てて首を動かすジャンに、シュタウフェンベルクははにかんだ。

「これだけの重要な役割を担われているなら無論折り紙つきの才能なんでしょう。心強いです。」

(今すぐジークフリートを呼びたい。)

 頭の中で無意味な思考を巡らせながら、ジャンは気付かれないように胸を抑えた。やがて連れてこられた応接間は想像していたよりこじんまりとしていた。

「よし、話を始めよう。」

 今までの賑やかな声は影を潜め、シュヴァルツは真面目な声でそう会議の始まりを告げた。バッグに入っていた書類を一通り机に並べ、三人はテーブルを囲んで席に着いた。

「えっと……どっから話をしましょう。」

 暫く紙面に目を通していた一同は、ジャンの言葉で視線を上げた。

「そうですね……いくつか確認したい事があります。まず一つ目は、暗殺した後の政権ですが。」

「シュヴァルツに頼むんでいいんですよね?」

 二人が同時に視線を向けると、シュヴァルツは少しげっそりした顔で、頑張ります、と呟いた。

「もう一つ、ジャンさんにはヒトラーの近くにいる人間が味方になってくれると聞きましたが間違いないですか。」

「ジークフリートですね。間違いないです。」

 万年筆で名前のメモを取ると、シュタウフェンベルクは口に人差し指を添えて何事か考えていた。

「彼に暗殺計画の当日協力をして貰う事は出来ますか。」

「多分できると思います……。けど、それは現場で?それともベルリンで、ですか?」

 二人の会話を聞きながらシュヴァルツはジャンの見解を少し見直した。リーズ曰く、普通の村にいる青年ですよ、という事だったが、案外上流階級とも悠然とした態度で話が出来る上に、物分かりが良かった。生前に国王や多くの貴族と言葉を交わしただけでなく、ROZENを経た事もあるだろう。

「出来れば現場で……。僕の手はこの通り使い物になりませんから。現在考えている爆弾は現地で少し手を加えなければいけません。」

 肩を竦めて、前線ですっかり不自由になった右手と欠損してしまった左手をちらりと見せた。

「ジークフリート……で大丈夫かな?シュヴァルツ。」

「んー……あー……。」

 曖昧な返事をしながら、シュヴァルツは空中に視線を泳がせた。ジークフリートが今回の計画が行われる現場、ドイツ南東部にある別荘ベルクホーフに入った場合、恐らくアドルフ・ヒトラーやハインリヒ・ヒムラーから引っ張りだこになる事が予想された。シュタウフェンベルクと言葉を交わしている隙がなくなってしまう可能性がある。

「ルプレヒトじゃ駄目か……?」

 シュヴァルツの声は非常に小声だったが、シュタウフェンベルクが思い切り片眉を釣り上げたのを見てすぐに顔をそらした。

「あのヒトラーの忠犬を?」

「いや、アイツが忠実なのは仕事もとい金……。あ、あいつもアンチ・ナチズムなの!!」

 勘繰るようにシュヴァルツの顔を覗き込むシュタウフェンベルクに、ジャンは流石にストップをかけた。

「じゃ、じゃあ零は?」

「おいやめろやめろ。アイツは駄目だ。隠密に向いてなさすぎる目立つ。ルプレヒトだったら影使って動けるんだからよ。」

 [人間]からすれば意味不明なやりとりにシュタウフェンベルクが眉を寄せると、二人は漸く内輪話をやめた。

「ルプレヒトじゃ駄目か……?」

「閣下がそれほど推すなら僕も考えますが。」

 大仰にため息をついたシュタウフェンベルクに、シュヴァルツも焦りを込めて頷いた。微妙な雰囲気を打ち消すように、ジャンは話題を移す。

「えっと。それで俺は、当日パリ解放戦線に加わってればいいんだよね。」

「お願いします。」

 ノルマンディーやスターリンに関しては伏せておき、ジャンは手に持っていた計画書を一旦テーブルの上に広げた。

「シュタウフェンベルクさんはベルクホーフから当日戻ってくるんですか?」

「できればベルリンで指揮を執りたいですね。どこにでも連絡を取れる所ですから必ず押さえておきたい。」

 様々な書類の一番下に敷かれたドイツとその周辺の大陸地図を二人で覗き込むと、要所要所に赤いばつ印や丸印が書かれている。

「という事はルプレヒトさんも一緒に?」

「いや、アイツは置いとけ。シュタウフェンベルクはオレが飛行機操縦してベルリンに戻す。残党狩りならルプレヒト一人で事足りるだろ?」

 質問で返されて、ジャンとシュタウフェンベルクは肩を竦めた。そう言われて肯定出来るほど、二人はルプレヒトに関してそう詳しくないのだ。

「んーまあ一人でどうにかなるぜアイツなら。よし、じゃあ今日は当日の計画をもうちょっと細かくやろうぜ。」

 三人は共通の薄いノートを開いた。
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