神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-2

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 零達の潜伏先は、都内某所に広大な敷地を持つ中高一貫のインターナショナル学校である。インターナショナルと銘打っているだけあって、四月にも九月にも入学する事が出来る。春夏は水色、秋冬は紺色を基調としたブレザーの制服は、男女ともに日本のトップクラスデザイナーが設計したという事で、それなりに名の知れた学校であった。

「それでは皆さんの名前を確認するので、呼ばれたら返事をお願いしますねー。」

 最初は出席簿順と思いきや、担任が適当に座っていいよ、と言ったからには同クラスに配属された三人は、零を角に据えて一番後ろの端の席に並んだ。クラスの人種割合は、アジア系が三分の一、その中でも日本人と中国人と韓国人が圧倒的に多数だ。他三分の二は欧米系が多く、アラブ系もちらほらと見受けられた。

「佐藤……ひろ、ひと君?」

「は、く、とです。」

 名前を呼ばれて、博人は配られたプリントを見ながら担任に返した。零は既にファイリングを終えて、桜の舞い散る校庭を見つめている。

「この学校、体育ないんだなぁ。」

 時間割を眺めていた竹伊が、椅子を後ろ足のみで立たせながら零に呟いた。

「体育があるのは社会主義国と日本だけだ。イギリスにもフランスにも体育ないよ。」

「うぇ!? マジすか!?」

 前の番号が呼ばれたのを聞いて、勇斗は椅子を元の位置に戻した。威勢良く返事をする勇斗の声を聞きながら、零は薄ぼんやりと別の日本人の言葉を聞き取る。

(ぎんしょうきょう、か。)

 廊下へ移動する時にも聞いた言葉である。恐らく、目当ての新興宗教の名前であろう。どうやら登校時に貰ったらしきチラシを、仲良さげな女子二人が見せ合っている。

「あれですかねぇ。」

 ぼそり、と隣席の博人が同じ方向を見て呟いた。スーパームーンと思しき満月が、中央少し上に印刷されたチラシだ。

(行きで見たか?)

(いや、あの二人より早めに学校に到着したので。俺達の時にはまだ来てなかったんだと思いますよ。)

 最後の最後、出席番号二十八番で零は呼ばれた。面倒臭げに、しかし針金が通ったような真っ直ぐで滑らかな動きで手を挙げる。苗字を呼ばれて、瞬間周囲が少しどよめいた。

(有名人だー。)

 苦笑と共に発された勇斗の声に、零は父親譲りの気難しげな表情を浮かべる。悠樹清張、現行の日本社会において警察庁長官に据えられている男の名前を、現在の好奇心旺盛な中学生が知らない筈がない。

(まあ、首相の息子でもあるまいし。)

 苦笑の後に続いた零の言葉である。周囲は名前以外、さして彼の父の改革も知らないだろう。



 入学式以降の変則的なスケジュール説明と、その他諸々の連絡事項を終え終礼は終わった。皆思い思いの時間を過ごす放課後、零達三人もまた学内見学とばかりに地図を片手に色々と見て回る事にした。

「この学校、新しいだけあって設備も整ってるし、なにより綺麗ですよね。」

 廊下を出れば中庭側は全面ガラス張りである。テラス席まである広々とした中庭を、ぐるりと囲むような円形の形をした三回建校舎である。校舎デザイン賞を獲得したらしいと、年頃の娘息子を持つマダム達には専らの噂であった。

「おまけにインターナショナルなだけあっていじめも少ない。」

 東に中学生の棟、西に高校生の棟、その間に音楽室、理科室、教務室などの専門教室が置かれている。

「でも最初は酷かったんすよね?」

「まあ、親父が介入する程度にはな。」

 インターナショナルなだけあって、閉鎖的な日本人にはやはり難しい所が多かった。人種差別、性差別に関して発達した議論の少ない日本とあっては、こうした空間はむしろいじめ、差別的発言や小さな暴力の温床になっていた。

「教師が訴えても親が怖いんじゃなあ。」

「それでも徹底して訴える教員がいたからこそ、ですよ。」

 現在ではすっかり治安整備も整って、東京では最も安全な学校とまで呼ばれるまでになったらしい。人種差別に関しての憲法、法律を改める発端となったと言っても過言ではない。

「なに、外国人教師が多いならそうなる。ここの設立者もそれが本望だったんだろ。知らんけど。」

 無責任な一言を付け加えて、食堂に立ち入る。既に終礼を終えた中学生達が、財布を片手に早めの昼食へ目を光らせていた。

「昼飯は――」

「家です、零さん。」

 くんくんと涎の滴るような香りを嗅いでいた零の肩に、博人が手を置く。キムチチャーハン、とんこつラーメンなど若者の好きそうな食事から、カルボナーラ、和食定食など、少し高級志向なメニューも揃っている。更に、アラブ系の生徒がいる事を考慮して、ハラルも置いてあった。

「あ、今度ハラル食べてみたいなー。」

「あ、俺も。」

 ハラルはハラル用でキッチンが分かれているらしい。豚を一切寄せ付けないように遮断し、安心して食事を提供出来るように、という事だそうだ。

「あんまりここにいると腹が……。」

「次、どこに行きましょうか。」

 誘惑する香りから逃げるように食堂を後にして、三人は再び地図を広げる。

「後行ってないのは校庭と体育館、屋上ですかね。」

 体育館は地下にあり、他にも部活用の部屋や更衣室がある。校庭は、道路に面する正門とは校舎を隔てて真反対側にあり、その横にプールが配備されていた。

「屋上に行くか。珍しくこの学校は入れるんだな。」

「まあ、落ちたら自己責任で……。」

 そういえば、教室から出る時に、彼氏と屋上でご飯食べるのが夢なんだ、と青春に青春を煮詰めたような女子の会話を聞いた覚えがあった。

「エレベーターはないけどエスカレーターがある所、やっぱ凄くないすか?」

「殆ど大学のキャンパスみたいなもんだな。」

 三階から屋上には階段でしかアクセス出来ないが、三階まではエスカレーターが開通していた。意気揚々と、学内にあるエスカレーターに胸を膨らませながら足を踏み入れる。機械的な音を響かせながら、エスカレーターはあっという間に零達を閑散とした三階に運んだ。更に校舎の端っこに申し訳なさそうにつけられた金属製の螺旋避難階段を登り、屋上へ辿り着いた。

(うわっ、もうだれかいる。)

 最初に登りきった勇斗は、そう言って階段に後戻りしかけた。慌てて背中を抑えて、博人は踏み外しかけた足を耐えさせる。

「ちょっ危ないって!」

 少し離れて階段を登っていた零は、二人の間から屋上を見た。白、いや少し金の混じった白銀の髪の毛をなびかせる女子生徒が体育座りで空を眺めている。

「髪長っ……。」

「零さん!」

 最初に出た言葉はそうである。腰まで綺麗に伸ばした髪とは恐れ入ったものだ、と零は目を丸くしていた。

「いや、あそこまで伸ばしてるの理恵くらいしか知ら――」

 そこまで言って、性別に限らなければもっと髪の長い人物が一人いた事を思い出す。

「あ、あ、気付かれたんですけど!」

 振り向いていた勇斗の代わりにと言わんばかりに、博人は小声で声を張り上げた。先程まで背を向けていた女子が、不思議そうに三人の新入生に視線を注いでいた。

(何だ、新学期早々いじめか?)

(いや、それはないと思いますけど。)

 エロゲーでもあるまいし、と勇斗は二人の会話でため息を吐く。取り敢えず、きつい体勢にあった博人を休ませるために、塞いでいた屋上階段の手すりから手を離す。

「はぁ、疲れた。」

「ごめん……。」

 息苦しさと無理な体勢から解放されて、博人は一度大きく伸びをした。零はそのまま、屋上の柵から少し身を乗り出して、校庭を一望する。等間隔に並んだ桜の木が、風によって校庭一面を桜の花弁で埋め尽くす。

「綺麗ですよね。」

 金属を軽くこする音が聞こえて、零は隣に視線を送った。先程まで体育座りしていた女子が、零と同じ方向に視線を向けている。

「えっと……。」

「あ、自己紹介、してませんでしたね。私、二年生の東條綾子と申します。」

 育ちの良さそうな柔和な微笑みを浮かべて、東條綾子は零の方へ向いて首を傾げた。乳白色の瞳の中で、時折桜色がちらつく。「えっと、新入生の零です。」

「綺麗ですよね、ここの春の風景。一年生の頃に見惚れて、春の休み時間はずっとここで過ごしてるんです。」

 一度握手を交わすと、綾子は手すりに肘をついて、両手で自身の輪郭を包み込む。

「二年生なのに来てるんですね。」

 屋上を一周し終えた博人は、月子を挟んで向こう側の手すりにもたれる。暫くして、東京のビル群を眺めていた勇斗も博人の下へ駆け寄った。

「はい。行事委員に入ってるので、入学式の手伝いに来たんです。」

「忙しそうだな。」

 そうですね、と綾子は相変わらず慈愛の微笑みを浮かべる。どうやら早めの昼食を屋上で済ませていたらしく、綾子の座っていた場所には自前のアルミ弁当と水筒が置かれていた。

「私、そろそろ会場の片付けがあるのでお暇させて頂きますね。」

 暫く博人と勇斗のコントのような会話を聞いていた綾子は、桜をぼんやりと眺めていた零にそう声をかけた。

「あ、あぁ。分かった。じゃあ――」

「じゃあ、また。」

 綾子はそう言って、後ろ手に手を組みながら、弁当と水筒を持って屋上を後にした。
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