神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-12

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 悠樹邸の広間で、零と清張は向き合っていた。

「俺をジークが住んでる洋館に、ですか?」

「万が一を考えてだ。拒否しても構わん。」

 久志の一件をまとめたところで、清張は切り出した。零の身を考えても、博人や勇斗の身を考えても、零を悠樹邸に住まわせるのは危険であると。暫く考えた後で、零は目の前で湯気を立てる湯呑みを引っつかんだ。天井の梁を見ながら、ひとまずぼやく。

「親父の言い方は意地悪だなあ。」

 清張は着物の襟を直しながら白い片眉を上げた。

「俺がジークのところに行けば、俺は今俺が一番やりたい事を出来る。そして咲口さん達も俺を気にせずに、[使徒]捜索を心置きなくする事が出来る。そういう事だろ? 親父が言いたいのは。」

 確かに、清張が最初に言った理由も一理ある。しかし、本心は後者であった。

「あんたが感情だけで動くわけない。」

(それは褒めているのか……?)

 ぬるくなった玄米茶をすすって、清張は眉間に皺を寄せた。



 零の別居を告げられて、居間で休んでいた博人と勇斗は持っていた空の湯飲みを机の上に転がした。史興が久志を見舞いに言って悠樹邸に訪れる少し前のことだった。

「え、じゃあ俺達の[使徒]探しはどうなるんすか!?」

「そうです大佐。いくら自分達でもまだ[シシャ]相手の戦闘は骨が折れます!」

 卓袱台をひっくり返さんばかりに拳で威嚇されるも、清張は半眼になりながら口元を湯呑みで隠す。まずは落ち着け、と言いたげな瞳に、史興も浮かせた腰を落ち着けた。

「考えもなしに零を他所にやるか。」

「まあそうですよね。」

 知ってました、とばかりに博人は自分の湯呑みに急須から緑茶を注ぐ。

「お前達、零の体の現状の報告はちゃんと目を通してんだろうな。」

「探知されないように体だけ一時的に[人間]に戻している、というあれですか?」

 ごとん、といかめしく重い清張の湯呑みが卓袱台に置かれた。

「つまり、今の零の体はそこら辺にいる一般人と同じと言う事だ。お前達の戦力には到底なれない。」

「そ、それはそうですが……。だからと言って他所にやるんですか?」

 春のそよ風が障子の隙間から入ってくる。縁側を見やれば、零の連れてきた黒猫一匹が桜吹雪を捕まえようと二本足で踊っていた。

「だからこそ、だ。代わりに一人こちらに来てもらう。」

 継子によって艶が出るほどに磨き上げられた縁側で、猫が滑って転んだ音が四人の耳に聞こえた。

 * * *

 それは桜の色も緑から少しだけ垣間見えるようになった、初夏が過ぎたくらいの頃。黒いピンヒールが、悠樹邸の玄関先に連なる石を踏みつける音がかすかに響いた。

「入らないのですか?」

 ベルを鳴らそうかともだもだしている背の低い男の背中に声をかけたその主は、生真面目にうなじあたりで切り揃えられた白い髪の毛を揺らしながら玄関の引き戸へ歩み寄った。

「あんた……帝國の祭司長か?」

 勝手知ったる庭の様に、彼女は玄関扉の鍵を解除する。

「左様です。お久し振りですねフィリップさん。」

 無感情な声であった。別に押し殺しているわけでもなく、しかし感情を知らぬようでもなく、どうやら彼女の普段からの話し方のようだった。

「えーっと名前は……そうだ、薙だ。ここに用があるのか?」

「はい、宜しければどうぞ。まだ夏の始まりですが長時間いては堪えますので。」

 ガラッと呼びかけもなしに引き戸を開けて、薙はズカズカと玄関に入っていく。慌ててその背中を追おうとして、フィリップ二世は玄関先で右往左往した。

「いやどうぞって、あんたここの家のなんなんだよ。」

「長女ですが?」

 片眉を上げて答える姿はまさに清張譲りだった。言われてみれば、彼女の淡白な喋り方もどこか普段の清張を彷彿とさせる。しかしその所作の大和撫子たるや、引き戸を戻すのに両手を使ったり、後ろを向かずに靴の向きを直すのはどこか継子の丁寧さを引いたようである。

「お帰りなさ……ってあれ? どちら様ですか?」

 黒猫を抱きかかえたまま出てきたのは博人であった。薙は一つ頭を下げると答える。

「薙と申します。父様……清張は在宅ですか?」

 応対に困りながら、博人はちらりと、背後で靴を脱ぐフィリップ二世に視線をやった。

「……えっと、師匠なら今いますよ。ちょっと待ってて下さいね。」

 バタバタと夏用のすのこスリッパを鳴らしながら、博人は改築した時に付け加えられた階段を上がる。薙はぐるりと天井や襖を見渡した。手入れの行き届いた日本家屋である。階段からひょっこりと顔を出した博人に案内されて、薙は二階の洋室に案内された。



 千歳緑の着物を着た清張を前に、薙は天鵞絨の張られたソファーに座った。

「久方振りで御座います父様、お元気そうでなによりです。兄様はご在宅ですか?」

「いや、あいつは今引越し手続きで別の屋敷を訪問中だ。何か用か?」

 挨拶もそこそこに本題について話し始める父を見て、薙は多忙を感じた。先程から扉の向こうでコップを当てる音がかすかに聞こえるが、無視して話を進める。

「いえ直接でなくとも良いです。帝國復興の際にジークフリート様に判断して欲しい物品が出ましたので、近くにこちらを訪れて欲しいと。伝言の伝言になりますが伝えて頂けますか。」

 用意されたアイスミルクティーを持ち上げて、清張は結露で滴る水を拭った。

「成程。お前も大層大変そうだな。あちらの復興は進んでいるのか?」

 悠樹薙は、[ガブリエル]の位を冠する第九セフィラ、通称帝國の管理者である。崩壊した帝國を復興する為、これまで零が計画していた多くの作戦には全て不参加で終わっていた。

「いえ、こちらに比べましたらさして。復興は八割がた完了しました。兄様の考えた偽の帝國史も埋め込みが終わり、転生システムとして再び復帰出来そうです。」
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