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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)
Verse 2-19
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ジークフリートが帰宅した時には既に時計の針は五時を回りそうになっていた。玄関を開けると、少し薄暗い廊下が彼を出迎える。
(……寝てるのか?)
しんと静まり返った家の中に入って、力も失せた太陽光の代わりとなる電球のスイッチを入れる。いつもは夕食は六時くらいにとっているから、早速料理に取り掛からなければならない。
「零ー、帰ったぞー。」
上に着ていた薄手のカーディガンを脱ぎながら、ジークフリートは階段を上がる。零が嫌そうな顔をした日当たりのいい部屋を通り過ぎて、中央の扉に耳を当てる。
(完璧に寝てるな、これ。)
どうやら勘が当たったらしい。いびきこそかいていないものの、健やかな寝息が聞こえる。驚かすのも気が引けて、ジークフリートはそのままカーディガンを置きに部屋へ戻った。
意識が戻る。世界が暗い事を認識出来るようになる。次に、トマトソースのいい香りが零の脳を刺激した。泥人形のように起き上がると、薄暗い部屋の中でぽつんと一人、ベッドに本を散らかして座っていた。
(……。)
カーテンを閉めていない窓を見る。もう夜も近いが、まだまだ太陽は空を照らしていた。
「うぅ……。」
おかしな格好で寝ていたのか、随分と体が強張っていた。伸びをして血流を良くすると、頭がはっきりしてくる。
「入るぞー。」
ノックから秒も経たずに、ジークフリートはそう言いながら部屋に入ってきた。
「まだ寝てたのか?」
「今起きた……。」
時計を探そうとして、まだ段ボールに入ったままである事に気付いた。零は乱れた髪に手櫛を入れる。
「ちょうど夕食が出来たんだ。お腹は?」
洋服が入っていた段ボールには視線もくれずに手を突っ込み、ジークフリートはデジタル時計をベッドサイドにある椅子に置いた。
「空いてる……いい匂いだね。」
気の抜けたへらりとした笑みを浮かべた零を見て、ジークフリートは少し狼狽えた。
夕食は、トマトソースをたっぷりかけた鶏肉の塩胡椒焼きとオニオングラタンスープ、シーザーサラダだった。鶏肉にはズッキーニとレンコンの付け合わせがあった。席に着くと、ジークフリートはテーブルの真ん中にあったキャンドルに火を灯した。
「えっと、これは……?」
「新生活を祝って。」
少しゴテゴテとしたグラスにミネラルウォーターを注いで、ジークフリートはデニム生地のエプロンを脱ぐ。
「ささ、座ってくれ。今日は腕によりをかけて作ったんだ。」
三ツ星シェフかと言われれば首を横に振る自信がある。ジークフリートが料理の上で気にしているのは高級とか万人が食べやすいとかそういうものではなく、家庭的で温かみのある料理だ。
「帝國でもこっちでもお世話になってる気がする……。」
「いいんだ、料理は好きだからな。」
席に着くと、まずグラスを上げて乾杯した。ガラスのぶつかる音はとても澄んでいて、これから食事が始まる合図をダイニングルームに響かせた。まず湯気の立つオニオンスープを運ぶ。カリカリに焼かれたパンは程よくスープを吸っていて、その上のチーズは切れる事を知らない。
(玉ねぎトロトロ……。)
ジークフリートの料理の味は零の舌には少し濃く感じる事もあったが、今回はそれ程気にならなかった。次に鶏肉に手をつける。トマトソースにはハーブやスパイスが色々入っていて、鶏肉のさっぱりした味を更に盛り上げている。皮はカリッとしていて、ナイフを入れると肉汁が溢れる。
「そういえば、日本はチーズが高いんだな。」
「えっそうか……?」
シーザーサラダに入っている粉チーズと思っていたものは、どうやらジークフリートが直々に削ったものであることが分かった。
「あぁ。フィリップが、日本のチーズが不味いからヨーロッパ産を買おうとしたらあまりに値段が高過ぎて何回か躊躇したって言ってて、今日見たらまあ……。」
言われてみれば、国旗が小さく描かれた簡素な透明パックに入っているチーズはなかなか手が出しにくいらしく、継子もクリスマスなどのイベントでしか買ってこない。
「関税高いからねー。」
「フィリップは一時期ベルキューブの虜になってたぞ。」
クルトンをサニーレタスに乗せながら、零は思い出したように首を傾げた。
「フィリップ元気?」
「あぁ。……そうか、逸叡の件以来会ってないんだな。」
なかなか機会がなくて、と零はしょげたように肩を落とした。この間悠樹邸に来た時など、ジークフリートと家の事の相談をしていて零は不在にしていたのである。
「今は悠樹邸にいるんだったか。」
「うん。咲口達の[使徒]探索に協力してる。」
オニオングラタンスープを飲み干して、トマトソースもズッキーニにつけて綺麗に平らげる。残るはシーザーサラダだけになった。サラダを美味しそうに頬張る零を見守りながら、ジークフリートは少しだけ食事をする手を休めた。
(き、気不味い……。)
決して今に始まった事ではなく、零が来てからジークフリートは少しギクシャクしていた。緊張に関していえば、黄金週間が始まってからずっとだ。
(幾らROZENでは生前の記憶がなかったとはいえ……あんな関係になった後に零と一緒に暮らすとかまともでいられるのか? 僕。)
今にも机に肘をついて頭を抱えたくなったが、行儀が悪い上に不審である。顔を見られているのに気付いたらしく、零はにこっと微笑んだ。
(微笑まないでくれ……。)
曖昧な微笑みをして、ジークフリートは鶏肉を頬張る。日本人の微笑みをアルカイックスマイルと言うが、今ではジークフリートのほうが仏像の微笑だった。
(全部ルプレヒトのせいにしよう……。)
グラスに残っていたミネラルウォーターを一気に飲み干すと、ジークフリートは人知れずため息を吐いた。
* * *
(……寝てるのか?)
しんと静まり返った家の中に入って、力も失せた太陽光の代わりとなる電球のスイッチを入れる。いつもは夕食は六時くらいにとっているから、早速料理に取り掛からなければならない。
「零ー、帰ったぞー。」
上に着ていた薄手のカーディガンを脱ぎながら、ジークフリートは階段を上がる。零が嫌そうな顔をした日当たりのいい部屋を通り過ぎて、中央の扉に耳を当てる。
(完璧に寝てるな、これ。)
どうやら勘が当たったらしい。いびきこそかいていないものの、健やかな寝息が聞こえる。驚かすのも気が引けて、ジークフリートはそのままカーディガンを置きに部屋へ戻った。
意識が戻る。世界が暗い事を認識出来るようになる。次に、トマトソースのいい香りが零の脳を刺激した。泥人形のように起き上がると、薄暗い部屋の中でぽつんと一人、ベッドに本を散らかして座っていた。
(……。)
カーテンを閉めていない窓を見る。もう夜も近いが、まだまだ太陽は空を照らしていた。
「うぅ……。」
おかしな格好で寝ていたのか、随分と体が強張っていた。伸びをして血流を良くすると、頭がはっきりしてくる。
「入るぞー。」
ノックから秒も経たずに、ジークフリートはそう言いながら部屋に入ってきた。
「まだ寝てたのか?」
「今起きた……。」
時計を探そうとして、まだ段ボールに入ったままである事に気付いた。零は乱れた髪に手櫛を入れる。
「ちょうど夕食が出来たんだ。お腹は?」
洋服が入っていた段ボールには視線もくれずに手を突っ込み、ジークフリートはデジタル時計をベッドサイドにある椅子に置いた。
「空いてる……いい匂いだね。」
気の抜けたへらりとした笑みを浮かべた零を見て、ジークフリートは少し狼狽えた。
夕食は、トマトソースをたっぷりかけた鶏肉の塩胡椒焼きとオニオングラタンスープ、シーザーサラダだった。鶏肉にはズッキーニとレンコンの付け合わせがあった。席に着くと、ジークフリートはテーブルの真ん中にあったキャンドルに火を灯した。
「えっと、これは……?」
「新生活を祝って。」
少しゴテゴテとしたグラスにミネラルウォーターを注いで、ジークフリートはデニム生地のエプロンを脱ぐ。
「ささ、座ってくれ。今日は腕によりをかけて作ったんだ。」
三ツ星シェフかと言われれば首を横に振る自信がある。ジークフリートが料理の上で気にしているのは高級とか万人が食べやすいとかそういうものではなく、家庭的で温かみのある料理だ。
「帝國でもこっちでもお世話になってる気がする……。」
「いいんだ、料理は好きだからな。」
席に着くと、まずグラスを上げて乾杯した。ガラスのぶつかる音はとても澄んでいて、これから食事が始まる合図をダイニングルームに響かせた。まず湯気の立つオニオンスープを運ぶ。カリカリに焼かれたパンは程よくスープを吸っていて、その上のチーズは切れる事を知らない。
(玉ねぎトロトロ……。)
ジークフリートの料理の味は零の舌には少し濃く感じる事もあったが、今回はそれ程気にならなかった。次に鶏肉に手をつける。トマトソースにはハーブやスパイスが色々入っていて、鶏肉のさっぱりした味を更に盛り上げている。皮はカリッとしていて、ナイフを入れると肉汁が溢れる。
「そういえば、日本はチーズが高いんだな。」
「えっそうか……?」
シーザーサラダに入っている粉チーズと思っていたものは、どうやらジークフリートが直々に削ったものであることが分かった。
「あぁ。フィリップが、日本のチーズが不味いからヨーロッパ産を買おうとしたらあまりに値段が高過ぎて何回か躊躇したって言ってて、今日見たらまあ……。」
言われてみれば、国旗が小さく描かれた簡素な透明パックに入っているチーズはなかなか手が出しにくいらしく、継子もクリスマスなどのイベントでしか買ってこない。
「関税高いからねー。」
「フィリップは一時期ベルキューブの虜になってたぞ。」
クルトンをサニーレタスに乗せながら、零は思い出したように首を傾げた。
「フィリップ元気?」
「あぁ。……そうか、逸叡の件以来会ってないんだな。」
なかなか機会がなくて、と零はしょげたように肩を落とした。この間悠樹邸に来た時など、ジークフリートと家の事の相談をしていて零は不在にしていたのである。
「今は悠樹邸にいるんだったか。」
「うん。咲口達の[使徒]探索に協力してる。」
オニオングラタンスープを飲み干して、トマトソースもズッキーニにつけて綺麗に平らげる。残るはシーザーサラダだけになった。サラダを美味しそうに頬張る零を見守りながら、ジークフリートは少しだけ食事をする手を休めた。
(き、気不味い……。)
決して今に始まった事ではなく、零が来てからジークフリートは少しギクシャクしていた。緊張に関していえば、黄金週間が始まってからずっとだ。
(幾らROZENでは生前の記憶がなかったとはいえ……あんな関係になった後に零と一緒に暮らすとかまともでいられるのか? 僕。)
今にも机に肘をついて頭を抱えたくなったが、行儀が悪い上に不審である。顔を見られているのに気付いたらしく、零はにこっと微笑んだ。
(微笑まないでくれ……。)
曖昧な微笑みをして、ジークフリートは鶏肉を頬張る。日本人の微笑みをアルカイックスマイルと言うが、今ではジークフリートのほうが仏像の微笑だった。
(全部ルプレヒトのせいにしよう……。)
グラスに残っていたミネラルウォーターを一気に飲み干すと、ジークフリートは人知れずため息を吐いた。
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