神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-44

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 冬の空気に息は白く姿を現した。フィリップ二世とルプレヒトは、昼食前の一仕事として徒歩圏内の都心部に顔を見せた。少し早めの昼食を取ろうと、オフィスビルから何人かのサラリーマンが足早に横断歩道を駆けていく。

「何処に行く気だ?」

「サツ。」

 その言い方はよせ、とルプレヒトは両目頭を軽く揉んだ。相も変わらず、国王とは思えないがさつな物言いである。

「つっても大学に出没するだけだ。調査の為にけいおー……? 大学に咲口がいるからな。」

 ルプレヒトは黙ったままだった。それもその筈で、彼は久志について接点が殆どなかった。書面上で粗く確認しただけの、話した事もない人物である。

「あー……。ほらいたろ、日本軍に、薄茶色でくるくるの――」

「知らん。」

 顔の横で人差し指を回して見せたが、ルプレヒトは見もせずに言い切った。[シシャ]として長いこと生きていた彼にとって、咲口久志とはその程度の人物だったのだろう。暫く横断歩道を渡ったところで、赤煉瓦の建物がそびえる通りに出た。

「なかなかに立派!だがパリには負けるな。」

 教授や大学生が出たり入ったりする門を、フィリップ二世もまたずかずかと入っていった。慶應義塾大学の正面を見渡すフィリップ二世の顔を見て、何人かの女子大学生が黄色い悲鳴をかすかに上ながら駆けていく。

「あー、えーっと……食堂は……っと。」

「あ、いたいた。来たら連絡ちょうだいって言ったじゃないか。」

 肩掛け鞄を抱える久志は、丁度空きコマであったのか近くのベンチからひょっこりと歩いてきた。体調に問題はなさそうだが、どこか疲れた顔であった。

「なんだ、疲れてるな。」

「ちょっとレポートが差し迫っててね……。まあ支障はないよ、いざとなったら佐藤達にやってもらうから。とその前に……。」

 フィリップ二世を見下げてた頭を上げて、久志は眩しそうにルプレヒトの顔を見上げた。なんとも両極端な身長である。

「初めまして、咲口久志です。」

「ルプレヒトだ。」

 差し出された手を素早く握って、ルプレヒトは端的に自身の名前を述べた。



 久志もまた顔が良いせいか、通りがかって挨拶をするたびに、親しそうな後輩らしき女子や男子達は少し熱に浮かされたような顔で浮ついた挨拶をして立ち去っていった。

「聞き込みも楽そうだなぁ。」

「フィリップさんも楽でしょ? ……はいこれ、最近見受けられた未確認物体に関する調書。」

 鞄から出して来たファイルには、久志の繊細な達筆で持出日時が書かれていた。生ハムとマッシュポテト、ベビーリーフの挟まったクロワッサンサンドにかぶりつきながら、フィリップ二世はその深みの欠片もない青いファイルを手繰り寄せる。

「今回の僕らの調査対象である銀承教。あれが目立ってきたくらいから始まってどんどんと増えてる。」

「黒い物体は二メートル以上。骨ばった触手らしきもの、今のところの共通点はそれくらいか。」

 隣でパストラミビーフのサンドイッチを貪っていたルプレヒトは、フィリップ二世のファイルを覗いてかいつまんだ。

「その骨ばった長いなにかに手首や足首の片方を掴まれて、黒い二メートル以上する本体に取り込まれかけた、というのが基本的な被害の顛末。実際飲まれた人間がいるかは不明だよ。なんにせ――」

「飲まれたら被害届も出せねぇからな。」

 久志は頷きながらふわとろオムライスの山をスプーンで切り崩した。値段にして三百円前後である。

「行方不明者は確かに増えてるから、証拠があるわけではないけれど実際飲まれているかもしれないね。そして被害は夕方から真夜中にかけて。懐中電灯など光を向けると背後の雑木林にゴキブリ並みの速さで下がっていったと巡回していた警察官が言ってたから気を付けてね。」

「街で噂は?」

 手元にあったウェットティッシュで口元を拭くと、ルプレヒトはサンドイッチの入っていた袋をくしゃくしゃにして一まとめにした。

「銀承教の影に隠れて今の所はあまり聞きませんね。オカルト雑誌も、基本的に最初に銀承教、次にその怪奇現象にページを割いてるという統計です。署で聞いた話より真に迫った記事は見受けられませんでしたね。まあ一周回って……というのもありますが。特に今月はまだきちんと確認してないので。」

「この近辺なら書店だってあるだろ。後で自分らで立ち読みしてくるさ。」

 クロワッサンの破片を、久志の空になった皿に散らかすと、フィリップ二世はファイルを手前に傾けた。

「これ、借りてって大丈夫なのか?」

「それは困るかな。出来れば全部記憶していってもらえると嬉しいよ。」



 書類に全て目を通し終えると、丁度鐘が鳴り始めた。久志は残った皿の始末を頼んで慌てもせずに講義室へ向かった。

「また夜に出歩くのか、こんなくそ寒ぃ時期に……。」

 見上げれば、食堂から見える窓から雪がちらついている。日本は例年より冷え込んでいるらしく、少し早めの積雪が懸念されていた。

「行くぞ。」

 食器を返したルプレヒトは、フィリップ二世が踏ん反り返る椅子を力任せに引いた。慌てて立ち上がったフィリップ二世は、胡乱げに振り向く。

「椅子引くなら言ってくれませんかね。」

 ルプレヒトは既に背を向けて食堂の出入り口に向かっていて、フィリップ二世は足で椅子を机にしまうとその後を早足で追いかけた。



 広めの書店は、平日の午後だとまだまだ人がまばらだった。雑誌コーナーに一目散に歩いていき、気になる雑誌を物色しながらそれらしき棚を見つけた。

「神秘の新興宗教・銀承教と怪奇現象……。……昨今持て囃される奇妙な黒い物体との謎の繋がり……。」

 ものものしげに表紙に印刷された毒々しいフォントを呟きながら、フィリップ二世は怪訝そうに眉をひそめた。ライダージャケットに突っ込んでいた手を出して、雑誌をパラパラと捲る。

(黒い物体は銀承教が奉る御神体だった……? 黒い謎の生命体を目撃した銀承教信者の証言……。)

 バスカヴィルについて調べている時よりも、ずっと頭の痛くなる文言が書き連ねてあった。フィリップ二世は半眼になりながら、はめていた黒い革手袋を口に咥えて手を引きずり出した。

「なんだそれは。」

 尋ねた質問に答えられるように、ルプレヒトはフィリップ二世の咥える手袋を手にとって口から離させた。

「俺達が追っているらしき黒い物体が銀承教の御神体、だとさ。」

「根拠は。」

 書いてあると思うか、とばかりにフィリップ二世は肩を竦めた。ルプレヒトはまた別のオカルト雑誌を手にとって、しげしげとページを開く。

「物体に数度あった女、場所を特定されたのか住宅にまで来たとか言ってるぞ。末恐ろしいな。」

 続くカラーページを速読しながら捲っていくルプレヒトは、特集コーナーが終わったのか質問を返した。

「数度? 具体的に何回だ?」

 何枚かページを戻したフィリップ二世は、期待通り大して具体的な数字を書いていない調査をもう一度眺めて元のページに戻った。

「知るか。有名オカルティストはその黒い物体は人になりたいのだ、とか言ってるぞ。相変わらず根拠はない。」

「それらしくはあるがな。」

 さしたる収穫もなかったのか、ルプレヒトは雑誌を棚に戻した。何度か読まれたのか、近くに陳列されている雑誌の殆どはすっかり角が捲れ上がっている。

(激写・銀承教関係者の身元を徹底調査。……週刊誌か?)

 なんとなく顔の見知った人間の顔を目にしたような気がして、ルプレヒトはそこから目を逸らした。フィリップ二世も言葉にした以上の収穫はなかったのか、やれやれと頭を振りながら本を立てる。

「さて、外で夕食食ってそのまま調査に出かけるか。それとも一度家に帰るか。」

「黒い物体は人気のない場所に出ると調書に書いてあったな。なら家に戻ったほうが得策だろう。」

 フィリップ二世は指を鳴らした。
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