神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 3-3

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 レースカーテンから降り注ぐ初夏の陽気を瞼に感じて、レイはゆっくりと目を開ける。黒々とした瞳が天井に釣り下がる小さなシャンデリアを映し出した。

「君も酷く火傷したもんだね。」

 優しげで率直な男の声に、レイは首をベランダの方へ回す。落ち着いた深緑の瞳が、眼鏡の向こうからレイの顔を見つめていた。

「アル。」

「おはようレイ。よく眠れた?」

 きつく包帯が巻かれた手を見てレイは苦笑した。我ながら、これ程の火傷を負っていてよく痛みを感じず寝られたものだ、と。レイの様子にアルフレッド中将は満足したのか、治療箱を少々乱暴に閉めた。

「うちの部署も人手不足でさ。僕が駆り出されるなんてね。快眠してたのに部下が叩き起こしてくるからなにかと思ったよ。火傷なんだけど、一応毎朝、包帯は変えておいてね。出来なければ出勤した時に僕がやってあげるから。それと、包帯変える時はこの塗り薬をちゃんと塗る事。あと痛みが酷い時も。痛過ぎて無理な時はお父上にでも。」

「自分でやるよ。」

 塗り薬を受け取って、レイは肩を竦める。読んでも分からない成分表を眺めるレイに、アルフレッドはため息をついた。

「最近また家に帰ってないんだって? たまにはちゃんと帰って寝ないと。」

「家に帰りたくないんだ。」

 呆れたように体をベランダの方向に向けたアルフレッドは、すぐにレイに向かい合う。

「それさ、数年前……そんなもんじゃないね。……ROZEN入隊から聞いてるんだけど。」

 気分を紛らわせようとレイが塗り薬を机に置くと同時に、部屋の扉がゆっくりと開く。軍服のジャケットをまだ着込んでいないエドワードが、眠たげな目を擦りながらやってきた。

「あれ、アルじゃん。卒業以来?」

「大分眠そうだね。久し振りジャン……じゃなくて——」

 佐官以下にはコードネームとして英名が与えられる事を思い出し、アルフレッドは言葉に詰まる。

「エドワードだよ。ヨハンはリチャード。」

「あぁそう。」

 ベッドの上にある包帯に巻かれた痛々しい手を見て、エドワードはアルフレッドに問うような視線を投げかけた。

「別に大事ないよ。レイの体力ならすぐ治るって。」

「そりゃ良かったわ……。」

 もう一度ぐるぐるに巻かれた包帯を眺める。そういえば、とエドワードは思い出したようアルフレッドに視線を戻した。

「ちょっと聞きたい事あるんだけど、ラウンジで一服していかない?」



 コーヒーメーカーから黒い液体が滴り落ちるのを見ながら、アルフレッドとエドワードは閑散としたラウンジで十時のティータイムを嗜んでいた。アルフレッドがモンブランにフォークを入れたところで、エドワードが重々しげに口を開く。

「ちょっと長過ぎたかなって。」

 なにが、と言わんばかりにアルフレッドは落ち着いた橙色の片眉を吊り上げた。

「ヨハンの前世を知らない期間が。」

 寂しげに笑うエドワードに、アルフレッドは深くため息をついて背もたれに背中を預ける。コーヒーメーカーの中身を確認して、すぐにエドワードに視線を戻した。

「僕が知ってるって? その確証はどこから。」

「ヨハンについてぼやいたらフィリップが教えてくれたんだよ。」

 肘をついて、アルフレッドはこめかみに指を当てる。すう、と目を細めて、モンブランのムース部分を口に放り込んだ。

「……どういう話の流れでそういう情報が君に出回ったのか知らないけど、まぁアーサーならおかしくないか。」

 向かい側の皿に盛ってあるシュークリームには全く手がつけられていなかった。コーヒーを一気に飲み干して、アルフレッドはフォークを手の中で弄ぶ。

「分かったよ。ヨハンの過去が知りたいんだよね?」

 エドワードのティーカップを持つ手が僅かに揺れた。



 バスカヴィル元帥は、待っていた祭司にケピ帽を渡すのもそこそこに教会機関LILIEの本部に踏み込んだ。帝國直轄地の中央に位置するこの集中式建築は、見るだけで心が洗われるようである。その内装は全て白亜と水色で出来上がっていた。

「お待ちしておりました元帥閣下。」

 出迎えたのは一人の女性である。真っ白い髪は真っ直ぐに切り揃えられ、タイトな洋服は規定にの則って白と金で構成されていた。祭司長代理、薙はまるで軍人のような背筋を伸ばした姿勢でバスカヴィルと対面する。

「メアリー祭司長が帰ってきたと聞いてこちらに訪れた次第だ。」

 背後に立っていたロベルト元帥補佐は、バスカヴィルの要件を伝える。薙は、分かっています、とばかりに頷いた。背を向けて歩き始めた彼女に続いて、バスカヴィルも歩き始める。ロベルトもそれに続いた。

「メアリー様は現在昏睡状態にありますが、すぐ回復されるとの事です。」

 扉の前で薙はそう言うと、極力音を立てずにゆっくりと室内に入った。ベッドに横たわっている一人の女性の姿を見て、バスカヴィルは息を呑む。人前であるにも関わらず、バスカヴィルは少々取り乱したようにベッドの傍まで駆け寄った。その白い手を手袋をつけたまま握りしめるバスカヴィルを見て、ロベルトと薙は病室から出た。

「彼を狙っているのですか?」

 すたすたと歩いていくロベルトの背に薙は問いかける。感情の読み取れない無機質な声にロベルトは振り返る。

「だとしたら、なんだ?」

 狼のような瞳に睨まれて尚、薙は全く怯んだ様子を見せない。その目を真っ向から見つめながら彼女は続ける。

「貴方は何を求めているんですか? これだけ彼の近くにいるなら、すぐに[ルシファー]を引き摺り出す事なんて容易いでしょう。」

 ロベルトは広い背を薙に向けた。

「俺はあんな男はどうでもいい。それに、俺は求めてない。探しているだけだ。」

 そうして軍靴を鳴らして去っていくロベルトを、薙はじっと見つめていた。

 * * *
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