神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 3-9

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 規則正しい電子音が頭に鳴り響いてくる。バスカヴィルは目を開いた。辺りを見回すと、そこは病室である。

「目が覚めましたか? 一応、レイから輸血したので血液は足りてると思いますけど。」

 カルテの上でペンを走らせながら、アルフレッドはそうバスカヴィルに問いかけた。バスカヴィルは少し血の気のない顔で微笑むと、頭を軽く振る。

「いくら王宮から本部とはいえ、意識朦朧状態なら帰るのにも時間がかかります。失血死してたらどうしてくれるんですか。」

「現に失血死してないから大丈夫だよ。」

 大きくため息をついて、アルフレッドは呟く。

「本当、親子って似ますね。」



 低い声が扉の向こう側から聞こえると、エドワードは、失礼します、と言ってそろりと元帥補佐執務室の中へ入った。

「座れ。」

 労わりの言葉もかけずに、ロベルトは机の前にあるソファーにエドワードを座らせる。ロベルトの隣には一人の中性的な男がいた。少なめの黒い髪をポニーテールにしている彼は、じっとエドワードの顔を見ている。

「えっと、その、どちらさまで?」

 エドワードがROZENの軍服を着ている男を示すと、ロベルトは書類から顔を上げた。

「士官学校での成績がすこぶるよろしかった為、バスカヴィル元帥が直々に引き抜き、本日付けで中尉の配属となった。ROZEN本部を案内してやれ。その任務が終わったら帰っていい。これは関連書類だ。」

 机越しに差し出された書類を受け取ると、エドワードの隣へ中尉が歩いていくる。

「えっと……クラレンス=キサラギ? 中尉。」

「そうだよ。よろしくエドワード少佐。」

 艶っぽく笑った如月中尉に、エドワードは引きつった微笑みを浮かべた。



 最上階から順番に、エドワードは一つ一つの部屋を丁寧に紹介していく。途中で書類は自らの執務室に置いていった。

「中尉はどうしてROZENに?」

 目の前でラーメンを啜るクラレンスに、エドワードは空になった食器を脇に寄せながら尋ねる。クラレンスは男とは思えないほど真っ赤な唇を弓なりにしならせた。

「うちは家が軍門だったんだ。ほんとはこんな男臭い所来たくなかったけど、まぁ長男が死んだら仕方ないよね。」

 細い肩を竦めて彼は麺を啜る事に集中する。さらりと揺れる黒髪をじっと見つめながら、エドワードは唇に指を当てて何事か考え始めた。いつもの朗らかな雰囲気はどこかへ消え去っていた。仕事中のいかにも真面目そうな表情は、空になったラーメンの器に向けられる。

「俺が片付けておくからここで待っていいよ。」

 有無を言わさずにエドワードは自らの脇にあったトレーとラーメンの皿を一緒くたにした。にっこりと笑って席を立ち、エドワードは返却口まで皿を持っていく。

「よぉエド。俺なんか呼び出してどうしたよ。」

 自分のトレーを片付けてエドワードは待っていたアーサーにラーメンの器を押し付けた。

「男でこの口紅つけると思う?」

 器を受け取って、フィリップはまじまじとほんの少しだけ縁についた口紅を見つめた。指で一度こすり、鼻で香りを確かめると口の中に指を突っ込む。強い化粧水の味がした。

「ディオールか……そうそうつけねぇだろうなぁ。」

 どんぶりを返却口に置き、背を向けて歩き始めたエドワードにアーサーはにやりと笑った。

「エド、ご名答だぜ。」

 エドワードはきょとんとして後ろ振り返る。そしてアーサーと同じようににやりと笑みを浮かべて親指を立てると、机へ戻った。本部第一塔の地図を読んでいたクラレンスは、エドワードに気付いて顔を上げる。

「そんじゃ、続き行こうか。」

 食堂の扉を開けてクラレンスを先に出すと、エドワードはその背中を見てほくそ笑んだ。



 案内が終わる頃には、太陽がかなりの速さで地平線に隠れ始めていた。エドワードは第一塔の一階にある売店でホットコーヒーを買ってクラレンスの元に戻ってくる。正面庭園の殆どの木々は既に葉を落とし始めていた。閑散とした庭には、二人以外にだれもいない。

「はい、お疲れ。」

 既に多くの軍人達が帰路に着き、正面玄関から出てくる人も殆どいなくなっていた。ありがとう、とクラレンスはホットコーヒーを受け取る。

「今日はありがとう、少佐。」

 一口で飲み終えたクラレンスは紙コップをゴミ箱に放った。冷たい空気がぶわりと落ち葉を浮き上がらせる。軍服のコートに突っ込んでいた手を、エドワードはゆっくりとクラレンスの顎に触れさせた。

「男は普通ディオールの口紅なんてつけない。」

 後ろにあった黒い煉瓦造りの壁にクラレンスの肩を叩きつけて、エドワードはその唇を乱暴に奪う。首元の薔薇のブローチが音をたてて地面に落ちた。ジッパーをゆっくりと下げると、ワイシャツの間からさらしが巻かれた胸がちらりと見える。

「俺優しいからさ、これで勘弁してあげるよ。」

 ポーチから取り出された手錠が如月の手首を捕らえた。唇が自由になると如月は自らの手首に気付いてエドワードを睨みつける。口笛を吹いて、エドワードはもう片方の手錠を自らの手首にかけた。

「怖いなぁその顔。まぁ、俺はこれからもっと怖い顔見に行くんだろうけどさ。」



 エドワードを待っていたのか、ロベルトは窓の前で仁王立ちをして彼を迎える。振り返って、如月を連れ立ってきたのを確認すると珍しく口端を上げた。

「大手柄だな少佐。」

「終わったら帰れるって言ってたのに帰れないじゃないですか……。」

 手錠を外したエドワードは執務室の鍵をかける。如月はソファーの前でふてぶてしくロベルトを見つめていた。

「知ってて案内したのね。」

 執務机に向かったロベルトは、その言葉で如月を一瞥する。そして机の上に置いてあった一枚の紙を取り上げて書かれている文面を読み始めた。

「本名は大喬。分家の人間だ。得意な攻撃方法は肉弾戦と鉄扇。妹に小喬。数年前の士官学校襲撃事件に加担。基礎の書の件には特に関わりなし。」

 紙を机に置いて、ロベルトは立ち上がる。大喬に向かい合うようにして机に寄りかかると、彼はすらりと軍刀を抜いた。刃の鋭さを確かめたロベルトは、その白刃を大喬の首元に当てる。

「知っている情報を洗いざらい吐いて貰おうか。そうすれば、お前の今後の生活、地位、その他諸々の保護は約束してやる。」

 大喬は固唾を飲んだ。



 ちらりと部屋の中を覗くと、純白の祭司服に身を包んだ大喬が鏡の前で身だしなみを整えている。エドワードはそろりと室内に入ったが、大喬はその気配を察してゆっくりと振り返った。

「どうかしら、女の私は。」

 本当にさらしで隠しおおせていた事に驚くほどの女性的な体型に、エドワードは思わず口をへの時に曲げる。中国風の深いスリットが入ったスカートに目を釘付けにして、彼は何度か頷いた。

「なら良かったわ。私、体型には自信があるの。」

「ならその体型で堂々と潜入してくれば良かったのに……。」

 半眼になって大喬の豊満な胸を見つめながら、エドワードはゆっくりと首を振った。お気に入りらしいディオールの口紅を塗り直す大喬は、ハイヒールを鳴らしながらエドワードに近付く。

「そうしたら私に見惚れて見逃してくれたのかしら。」

 うなじに手をかけて、大喬はゆっくりと笑った。赤い髪飾りが彼女の黒い髪を一層際立たせている。

「うーん、まぁ少しは迷ったかな。」

 花飾りに手を当てながら、エドワードは困ったような笑みを浮かべた。

 * * *
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