神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 4-12

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 地下牢の再奥の獄には、元帥とその補佐官しか知りえない一つの入り口がある。アーサーも知り得ない牢獄には、かつては政治犯や反逆罪で逮捕された人々を拷問する為に使っていたらしい、とロベルトが耳打ちした。

「ここです。」

 すっかりすり減った石畳の階段を降り、バスカヴィルは看守の一人にランタンを渡す。全員が足を止めると、ほんのかすかに、虫の息のようなか細い呼吸が聞こえた。物音に反応したのか、僅かに金属のぶつかる小さな音が獄に中に木霊す。

「ジーク!」

 レイが駆け出すとともに、ロビンは、牢を開けろ、と二人の看守に命じた。慌てふためく看守が鍵を開けて端に寄る前に、レイは二人を押しやって獄の中に入る。両膝をついて頭を垂れるジークフリートを前に、レイは漸く足を止めた。

「ジーク……フリー、ト。」

 崩れ落ちるようにして、レイはジークフリートの前にがっくりと両膝をつく。その声で漸く目の前にいる相手に気付いたのか、錠で吊るされた手がびくりと動く。

「レ、イなのか?」

 辛うじて絞り出された声は、聞くに耐えない嗄れたものだった。体は鞭の傷で埋め尽くされている。とりわけ背中の傷は酷かった。骨の浮き始めた体を、レイは震える腕で抱き締めた。ジークフリートの首に顔を埋めて、彼はその見るも無残な恋人の体を抱き寄せる。

「ジークフリート、ジークフリート……! 許してくれ……。」

 手錠を外せ、とロビンはランスロットに囁いた。その手にはいつの間にか錆びた鍵が握られていて、ランスロットは慌ててジークフリートの繋がれていた手を解放する。拘束を解かれて一気に力の抜けたジークフリートは、そのまま体をレイに預けて、辛うじて動く腕で弱々しくレイの背中に手を回した。

「大、丈夫……だ。僕は、まだ生きてる。」

 レイの黒い髪に鼻を埋めて、ジークフリートは微笑むとともに息を長く吐き出す。そうして、安らぎから彼はやがて寝息をたて始めた。長く抱き締めたまま動かなかったレイは、ランスロットがそっと肩に手を添えるまで無心であった。

「殿下、ここではジークフリート殿の体にも触ります。」

「アルを、アルフレッド中将を呼んでくれ……。」

 分かりました、とランスロットは一礼して立ち去っていった。

 * * *

 聴診器を外して、アルフレッドは額を押さえた。斜め後ろにはランスロットが立っている。

「どう?[サンダルフォン]。」

 その呼びかけに、アルフレッドは肩を竦めた。

「どうもなにも……点滴は打ったし傷は全部手当てしたけど、全然食べてないし水も貰ってないし、睡眠もしてないからね。実際、牢獄から出てから一度も目を覚ます気配がない。それで……高熱が出てる。今が多分最高潮。今夜が、峠かな。」

 報告したほうがいいですか、と囁いたランスロットに、好きにしなよ、とアルフレッドは投げやりな返答をする。ともかく、自分からレイに伝えるような事はしたくなかった。荒れるか消沈するか、感情が大きく揺れる事は目に見えている。ランスロットが退室すると、アルフレッドは目元を押さえて、決心したように大きく深呼吸した。

(まぁ死なせないけどね。後でレイにぶっ殺されそうだし。)

 ジークフリートの左胸に手を乗せて、アルフレッドはそこから発した仄かな白い光を見つめていた。

 * * *

 靄がかった視界から抜けると、そこには天蓋があった。古代の衣装の身を包んだ男が、龍を打ち倒す姿。

(あぁ、英雄のか……。)

 一度顔に手を当てると、枕元で小さな影が動いた。どうやら、開け放たれた扉から入ってきた小鳥らしい。ジークフリートを見ると、一度だけ首を傾げて飛び立っていった。

「ん……。」

 起き上がると、ずるり、と腰の辺りから脚の方へなにかが滑り落ちていった。ベットの上に上半身を投げ出して爆睡する皇太子の姿を見とめて、ジークフリートは慌てて辺りを見回す。見た事もない室内に、彼は目を丸くした。

「あ、お目覚めですか?お食事は如何しましょう。」

 ソファーに座って寛いでいたランスロットは、呆然とするジークフリートに優しく微笑みかける。

「あ、いや…‥腹は、減ってるが。」

 ランスロットは本を閉じて扉の外に声をかけると、レイの背中を優しく揺すった。

「昨日はずっと看病しきりだったんですが、殿下はすぐに寝てしまって。殿下、目を覚ましましたよ。」

 一度顔をしかめて、すぐにレイは上体を起こす。そうして、すっかり良くなったジークフリートを見て、彼は躊躇いもせずに抱きついた。戸惑った顔でランスロットを見上げたが、ランスロットは既に部屋の外へ退出している。

「良かった、ジーク……!」

 頬を擦り寄せるレイを、ジークフリートは力一杯抱き締めた。生憎、投獄中に落ちた筋肉のせいで思った程腕に力は込められなかったが、それでも十分過ぎる程強く彼はレイを抱き締めた。



「目的だけど。」

 紅茶を入れているロビンの隣に立って、ランスロットはそう口火を切った。

「一つは恐らく——」

「分家の起源について突き止める為。」

 紅茶をあおったロビンは、ランスロットの言葉に続ける。そうです、とランスロットは数度頷いた。

「もう一つはもしかしたら、ジークフリート殿かも。」

「それは同感だ。……ところで、彼は?」

 空になったティーカップを乱暴にソーサーに置いて、ロビンはランスロットの方を見ずに言った。バルコニーの下では、神官達があくせくと典礼の準備を本格的に進めている。

「[ルシファー]なら自宅謹慎させたよ。後の事はROZENに任せてる。信頼出来る人にね。」

 長く重いため息をついて、ロビンは木々を見つめた。王宮外の自然はそろそろ芽吹き切る頃である。遠い目をするロビンに、ランスロットは彼の腕を叩いてせっついた。

「ところで二人の朝食は。」

「……。……忘れてた。」

 ランスロットはかぶりを振りながら呆れ返ったため息とともに、ロビンの隣を後にした。
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