【完結】僕の高嶺の花

金色葵

文字の大きさ
7 / 15

しおりを挟む
今日もまた、コンコンコンと目の前の扉をノックする。
放課後、宰は天音の研究室に来ていた。
だけどいつもならすぐに、はーいと返事をしてくれる天音の可愛い声が聞こえるのに、今日は返事がない。
「.........」
宰は心配になって少しだけ扉を開く。
「せんせ~?入るよ......」
中に声をかけて、ゆっくりと研究室に入る。
「先生?」
天音を呼んで、中を見渡すけれどその姿は見当たらなかった。
机の上にはお湯の沸いたポットと宰の好物のお菓子、そして並んで置かれている天音のカップと宰のカップ。天音がここで待ってくれていたことはそれが証明していた。
「......どうしたんだろ」
そう呟いて、なんとなく不安に襲われた宰は、天音の姿を探すために研究室を飛び出した。


階段を駆け下りた先に天音の姿を見つけた。
(いた......!)
「せんせ......」
その姿を見つけて、宰は天音を呼ぼうとした。だけど天音が一人じゃないことに気付いて足を止める。
「いいじゃないですか、羽本先生」
「そんな......申し訳ないですよ」
聞こえた天音以外の声に、宰は反射的に廊下の陰に隠れる。
天音の前には男性が一人立っていた。長身でスタイルのいい男は、見るからに高級そうなスーツを着ている。
(あれは確か......法学部の......)
その男は法学部の教授だった。見た目も爽やかなイケメンで高級車で大学に通勤していて、お洒落で大人の余裕があると、女子たちが騒いでいたのを宰は思い出す。
(先生に何の用だ......)
そう思いながら、宰は二人の姿を気付かれないように伺った。
「今度先生の歓迎会の意味も込めて食事に行きましょう」
「先日も言いましたが......歓迎会はもう文学部の先生たちに開いてもらったので充分です」
どうやら天音はあの男に食事に誘われているようだ。先日もということは、これが初めての誘いではないようだ。宰はじれったい思いで二人を見つめる。本当ならすぐにでも止めに入りたい。だけど天音にとってただの生徒でしかない宰には、そんな権限があるわけなくて。
「僕が、個人的に先生にごちそうしたいんです。好きな食べ物はなんですか?」
天音の言葉も待たずに、教授は話を続ける。
「場所はどこがいいかな~食事ですが今週の金曜の夜なんていかがです。もちろん二人で」
「っ......」
(二人で⁉)
その言葉に、宰はあからさまに反応した。
(こいつ......完全に先生を狙ってる)
なおも教授はどこそこの何が美味しいとか、夜景が綺麗なレストランがあるとか、困惑する天音の様子を無視して喋る続ける。その雰囲気からは、俺から誘われて断るわけないという自信が暗に醸し出されていた。
そんな雰囲気に押されて、戸惑いを浮かべ天音がたじろぐ。
(あいつ...!先生が困ってるの見て分からないのか⁉)
困惑する天音の姿に胸がギュッとなる。天音にあんな顔をさせているのが我慢ならず、宰は思わず二人の間に入ろうとする。
「あの!」
だけど、意を決したように声を出した天音に足が止まる。
「歓迎会なんて大丈夫です......お気持ちだけ頂きます」
「えっ?」
小さな声で、でもはっきりと天音は誘いを断った。弱々しくも毅然とした目で教授を見る天音からは、はっきりとした断りの意思が感じられた。
天音の返事に教授が驚きの声を上げる。まるで断られるなんて思っていなかったというような反応だった。
「あのすみません!俺約束があるので!」
そう言って天音が男の横を通り過ぎようとする。誘いを断った天音にホッとしながら、緊張した顔をした天音を安心させるため、宰は身を潜めていた場所から天音の方に歩き出した。だけど。
「今、俺の誘い断りました?」
さっきまで愛想よく笑っていた教授の顔が変わる。素早い動きで男は天音の行く先を塞いだ。ビクッと体を揺らす天音の手首を教授が掴む。
「俺の誘いを断った奴なんて今までいなかったのに......」
急に雰囲気の変わった男が、天音の腕を乱暴に引っ張ろうとした。
「先生‼」
それに宰は駆け出すと天音を呼ぶ。宰の登場に驚いて、男は天音の腕を離した。その隙に天音と男の間に宰は立ちふさがると、天音の方に視線を向けた。
「羽本先生~研究室にいないから探したよ~」
わざと明るい声を出して天音に声をかける。
「ささき、くん......」
天音は宰の顔を見ると、ホッとしたように息を吐いた。そんな天音を背中に隠すようにして、宰は教授の方に向き直る。
「あなたは確か......法学部の教授ですよね?こんなところ(文学部)でどうしたんですか?」
「あ、いやぁ......」
宰の言葉に男は慌てるように頭をかく。下心丸出して天音を食事に誘っていたなんて、こういうプライドが高そうな男は、人に特に生徒にはバレたくないはずだ。案の定教授は気まずそうに、天音の前に立つ宰にたじろいだ。
「私は別に、羽本先生が大学に来たばかりだから、何か困っていないかと......」
教授は誤魔化すように咳払いすると居住まいを正してそう言った。
(いけしゃあしゃあと......)
心の中で悪態をつきながら、宰は何も気付いていないふりをしてにっこりと教授に笑顔を向けた。
「そうだったんですね、それでわざわざ文学部に。教授は優しいんですね~」
「ま、まあな......」
「俺羽本先生に授業で聞きたいことがあって......」
そこでちらりと宰は天音を振り返る、そろそろと視線を上げて宰を見る天音に、教授にバレないよう大丈夫だよと微笑む。
「そうか!それは勉強熱心だね」
「ありがとうございます。それじゃ先生いこ」
そう言って宰は笑顔で教授に礼をすると天音の方を向いた。そっと天音の背中に触れると歩くように促す。慌てて教授にぺこりと頭を下げ、天音は廊下を歩き出す。宰は教授を一瞥すると天音の背中を見つめる教授の視線から守るように、天音の少し後ろを歩きだした。
(本当ならしつこい男は嫌われますよぐらい言ってやりたいけど)
変に騒いで天音に迷惑をかけるわけにはいかない。天音は社会人でここで働く助教授なのだ。天音の立場が悪くなりそうな可能性は少しも残したくない。宰は心の中で教授に向かってベーッと舌をだした。
「早く研究室戻ろ」
「うん」
小さい声で呟いた宰にふわりと顔を綻ばせ天音が可愛らしく頷く。困惑が消え安心しきった表情で宰を見る可愛い天音に、宰の表情も綻んだ。微笑み合うと宰と天音は並んで歩き出した。
肩を並べて去っていく二人の後姿を、教授が虚ろな目で見ていたことなんて知らずに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...