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しおりを挟む研修が始まって一週間が経った。
始まりがとんでもなかったので、光琉は警戒心と不信感マックスで研修に臨んだが、そんな心配はどこへやら。蓋を開けてみたら近衛の教え方はとても丁寧で、その上要点がとても分かりやすかった。専門用語はあまり使わず、素人の光琉にも理解しやすいように話をしてくれる。
光琉がよく分からず首を捻っていると、目ざとく気づいて腑に落ちるまで何度も何度も説明してくれる。医学部と獣医学部に通っているなんてとても厳しい人なのでは?という当初の心配はすっかり杞憂に終わった。
どころか。
『狼上先輩、教えるの上手ですね!すごく分かりやすいです』と言えば『近衛でいい、敬語も使わなくていいから。俺じゃなくて光琉の覚えが早いんだよ』と褒められ。
知識を詰め込んで疲れた...と思っていたら『頑張ってるな。ほらこれ食べて元気だせ』と頭を撫でて甘いチョコレートを差し出してくれる。
もはや勉強を教えられているのか甘やかされているのか分からない状態になっていた。
そして光琉はことあるごとに近衛に『可愛い』と連呼されるのだ。光琉は確かに小柄だが、特に顔が整っているわけでもなく、田舎から出できたのでおしゃれなわけでもない。どこにでもいる平凡で地味な大学生だ。
(田舎のばあちゃんだって、こんなに可愛いって言わないぞ)
最初の頃はからかわれているのだと思っていたが、近衛があまりに愛しそうに光琉を見て言うので、本気で可愛いと思っているのが伝わってきて、いやがおうでも嘘ではないと分かってしまう。
同時に近衛は光琉に触るのも好きみたいで、隙さえあれば撫でられ抱きしめられる。
初めは戸惑ったが人というのは慣れるもので、なんど怒っても懲りない近衛に、今ではすっかり触れられるのが当たり前になってしまった。
男らしい野生的な雰囲気と甘い態度のギャップに、ドキドキと胸が高鳴る自分に光琉は戸惑っていた。
『近衛先輩』と呼び、敬語を使うこともなくなって、すっかり最初に感じた不信感は消えて無くなっていた。
「どした?」
近衛の背中を見つめて動かない光琉に気づき、振り向いた近衛が優しく声をかける。
「なっなんでもない!」
慌てて追いかけ隣に並ぶと、近衛はふふと口角を上げ、また光琉の頭を撫でた。
近衛の雰囲気はやはり甘い。
(ちょっと背が大きいからって!俺のこと子供だと思ってるんじゃないのか!)
光琉は心の中で悪態をつく。
(近衛先輩の手おっきい......あったかい......)
だけど何故かその手を振り解けなかった。
「ふんふ♪ふふふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら光琉は牛舎の床を掃除する。一通り綺麗になったのを確認すると、光琉は満足そうに笑みを零した。
医療知識を身に付ける研修で、何故掃除までしているかというと。
『ええっ⁉近衛先輩一人でここの管理しているんですか』
『ああ。管理をする替わりに、ここに無料で住ませてもらってる』
初日にしたやり取りを思い出す。どうやら近衛はこの実習用牧場の管理と飼っている動物の世話を一人でしているらしい。そのかわりに、入口横に立っている研修室に無償で暮らしているということだった。
建物の中を見せてもらったが、大浴場にキッチンに部屋が数個あり、冷暖房ネット設備もしっかりしていて生活するには申し分ない設備が整っていた。
とは言っても。医学部と獣医学部に所属しているだけでも大変なのに、その上牧場の管理までしているなんて。
『あの俺!研修の間、できることはなんでもします』
気付いたら光琉の口から言葉が零れ落ちていた
(それにしても...とんでもない人だな近衛先輩って。ストイック通り越してもはや人間じゃないんじゃ?)
そんな激務な学生生活を送りながら、光琉の研修にまで付き合ってくれる。近衛は疲れた素振りも見せないし、光琉の前ではいつもにこにこしている。
(正直、分身がいないと辻褄が合わない)
研修のお礼に少しでも役に立てたらいいと思い、掃除や動物の世話の手伝いを光琉は買って出た。
仕上げと、寝床用の藁を引いていく。藁に触れるのも久しぶりで、自然と顔に笑みが浮かんだ。
「ん~新しい藁の匂い!最高!」
思いっきり匂いを吸い込みながら、ルンルン気分で光琉は寝床を作っていく。
もともと実家の牧場のためにわざわざ都会の大学に進学したぐらい、光琉はこの仕事が大好きだった。
実家でも毎日仕事を手伝っていた。牧場にいる動物たちとは一緒に育ってきたと言っても過言ではないぐらい、光琉は動物が大好きだった。
実家が恋しかった光琉からすれば、こんな都会で牧場に出会えるなんて喜び以外の何物でもない。
「ふかふかでいいお布団になるな~」
藁を抱きしめてにやけていたら、プッと拭きだす笑い声が聞こえた。
「ご機嫌だな。光琉」
「!」
声が聞こえた方を見ると牛を連れた近衛が立っていた。にやけていたところを見られて光琉は真っ赤になる。
「光琉がご機嫌だと嬉しいなぁ。な、牛斗」
そう言って近衛が牛を撫でる。ここには牛が二頭いる。二頭は番で光琉が牛男と抱きついたオスは牛斗、そしてメスは牛菜という名前だった。
近衛が付けたらしいが、ネーミングセンスが実家の父親とそっくりで光琉は笑ってしまった。気持ち近衛のつけた名前の方が今時っぽいが。
「お~めちゃめちゃ綺麗になってる。ありがとな」
「どういたしまして......」
赤いまま律儀に返事をする光琉に近衛は笑みを深めた。牛斗を牛舎の中に入れ、近衛がジッと光琉を見つめる。
「何?」
切れ長の瞳を細め、こっちを見る近衛に思わずたじろぐ。
「いや、藁に抱きつくぐらいなら、俺に抱きついてくれていいのになって思って」
ポンと頭に手をのせて、近衛が顔を近づける。
「抱きついてない!」
言われて自分が寝藁を抱きしめていることを思い出す。光琉は慌てて持っていた藁を床に引いた。
「じゃあ、牛斗の健康チェック始めるか。まずは......」
後方から覗き込むと、腰に腕が回されグッと引き寄せられた。よく見えるように自分の斜め前に光琉の体を移動させ近衛はそのまま説明しだした。
「ちょっ......」
片手で抱きしめられぴったりと引っ付いた体に慌てて大きな体を押し返すが、近衛は全く動じない。
宥めるようにポンポンと体を撫でられて、その手の感触に光琉は大人しくなってしまった。
「ふふ、撫でられるの好きだな。かわい」
「よく見たいだけだから!」
「うん。可愛い」
口を尖らせる光琉に、近衛は嬉しそうに微笑んだ。
「こんな感じだな」
「なるほど」
「あとは餌をやった時の食いつき方とか、立ち上がった時伸びをするかとかだけど。そういうのは光琉の方がよく分かると思う。昔からずっと見てるだろうから」
「確かに......エサをよく食べてると元気だなっていつも父さんが言ってた。そこら辺は人間と一緒なんだ」
光琉が嬉しそうに近衛を見上げる。
「一緒だ。人間も動物も」
うんと近衛は頷き返した。
「牛斗~おつかれさま~~」
光琉は労いの気持ちを込めて牛斗を撫でる。体と頭をよしよしと撫でると、牛斗は気持ちよさそうに目を細め、そして大きくくしゃみをした。
「わっ!」
その拍子に飛んだ牛斗の唾が光琉の顔にかかった。すごい勢いのくしゃみに唾液で顔を濡らしながら光琉は瞳を瞬かせる。
「光琉!だ......」
近衛が大丈夫かと聞こうとした瞬間。
「ふっ、ふふ、えへへ」
作業着の袖で汚れた顔を拭いながら光琉が笑い出した。
「いいくしゃみだな牛斗~元気な証拠だ!色々診せてくれてありがとな!」
弾けるような笑顔を浮かべて光琉が満面の笑顔になる。ふにゃふにゃと顔を綻ばせて、とても嬉しそうに光琉は牛斗の体を慈しむように撫でた。
「............」
近衛は輝くような光琉の笑顔を見て驚いた顔をした、そして眩しそうに光琉を見つめて目を細めた。
「動物がほんとに好きなんだな......」
「え......」
ぼそりと呟いた近衛の声が聞こえなくて光琉が聞き返す。
近衛は柵にかけてあったタオルを取ると、光琉の顔を拭った。光琉の顔を拭きながら笑顔の近衛に首を傾げる。
「何......?」
何で笑っているのか分からず憮然とした顔になった光琉に、近衛はふっと微笑んだ。
「いや、光琉はいい牧場主になるだろうなって思っただけ」
「えぇ?」
急に褒められて光琉は照れる。
赤く染まった頬がとても可愛らしくて、近衛は堪らず光琉を抱きしめた。
「抱きしめてもいいか?」
「......だから抱きしめてから聞くなって!」
愛し気に目を細める近衛に光琉はそう言い返すが、近衛の腕を振り解こうとはしない。
「可愛いな、光琉」
腕の中に大人しく納まる光琉を近衛はギュッと抱きしめた。
何故か近衛の体温に触れると光琉は抵抗できない。
自分がこの温もりを心地いいと思いだしていることに、光琉は気付かないフリをした。
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