オオカミさんは子犬を愛でたい

金色葵

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「ハァ............」
食堂の椅子に座った光琉の口から、大きなため息が零れ落ちる。手に持ったスマホを見つめ、光琉は一人佇んでいた。
近衛のところに行かなくなって一週間が過ぎた。
ここ数日、光琉は同じ画面を見つめては閉じ、閉じては開くを何度も何度も繰り返している。
見つめる画面、それは近衛から来ているLINNのメッセージだった。
『光琉? 今日はこっちに来れそうか?』
毎日、毎日近衛からメッセージが届く。それは光琉が牧場にくるかどうかの連絡だった。
当初の研修などどこへやら、すっかり牧場の一員と化していた光琉は、毎日近衛のところに通っていた。それが当たり前になっていたので、来るかどうかと聞かれることも、光琉がわざわざ行くということを連絡することもなかった。
だけど、先日のことがあってから近衛と顔を合わせるのが気まずく、初めて『レポートの締切が近くて行けませんと』連絡を入れた。
その次の日も行けないと連絡を入れた辺りから、近衛から頻繁にLINNが来るようになった。
『レポート大変だな。無理はするなよ』
『光琉が根つめてないか心配。しんどくなったらいつでも連絡しろよ』
送られてくるのは光琉を気づかう優しい言葉ばかり。そして、牛斗たち動物の様子や、牧場の自然の写真も送ってくれる。どれも光琉のことを想ってくれているのが伝わってくるメッセージばかりで。
それを見るだけで、光琉は癒され心が温かくなる。近衛は体温だけじゃなくて、こんなところでも光琉を温めてくれるのだと、どんどん愛しさが募った。
光琉は上から送られたメッセージを読み返し、一番下までスクロールして指を止める。
最新の近衛からのメッセージ。今日も行けないと送った光琉に対し、いつものように無理するなよと光琉を気づかった後、数分後に。
『光琉がいなくて寂しい。光琉に会いたい』
そう送られていた。
「っ............」
その文字を見てうるうると瞳が潤む。光琉はギュッとスマホを握りしめた。
「俺も会いたいよぉ......近衛先輩............」
呟くと更に恋しさが増して、胸がキュッと締め付けられた。
本当は光琉だって近衛に会いたい。今すぐ会いたい。
(けど............)
近衛に獣医と医者になると決意させた、大事な人がいたということを知って。
(まだ......そこまでだったらよかったんだけど......)
その人『あいつ』に光琉がそっくりだと言われたのだ。そう言った近衛の顔は嬉しそうで、そしてとても愛しさに満ちていた。
思い出して胸が痛む。
近衛にとって自分は『あいつ』の代わりだったのかもしれない。その考えがずっと頭から離れない。
それと同時に、光琉は近衛への恋心も自覚して。
こんな状態で近衛に会ってどんな顔をすればいいか分からない。もともと器用な方ではない光琉は、きっと何もないふりなどできないだろう。もしかしたら近衛の顔を見た途端、泣き出してしまうかもしれない。
そんな風に取り乱した光琉を見て、近衛がどんな反応をするか。ただの『あいつ』の代わりなのに、愛されているって勘違いして、勝手に泣いて、それで近衛に呆れられてしまったら?
(そんなのやだ......やだよ!)
甘やかされすぎた反動で、少しでも近衛に冷たくされるかもと考えるだけで、怖くて堪らない。
このままではいけないと分かりつつも、光琉は近衛と会うことを避け続けていた。
光琉は一人、小さい体をさらに縮こませ項垂れた。
「犬飼くん」
不意に光琉を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げる。視線の先には、息を飲むほどに麗しい王子顔が光琉に向けて微笑みを浮かべていた。
「神崎先輩......」
「どうしたの調子でも悪い?」
穏やかな声で問いかけると、大河は前の席に座った。形のいい眉を寄せて、伺うように光琉を覗き込む。
「いえ、調子は悪くないです」
「そう?」
心配そうな大河に、光琉はふるふると首を振った。だけど見るからに元気がない光琉の様子に、大河は手を顎に当てると首を傾げた。
「良さそうには見えないけど......近衛呼ぼうか?」
「っ......!」
スマホを取り出そうとする大河を慌てて止める。
「だめ! だめです!呼ばないで!」
「でも、犬飼くんに何かあったら近衛が心配するから......」
「......お願い。呼ばないで!」
近衛が心配すると言われチクリと胸が痛む。だけどまだ近衛と顔を合わす勇気がなくて、光琉は小さい声で訴えた。
「..................」
そんな光琉を大河がジッと見つめる。そしてふっと瞳を緩めた。
「うん、呼ばない。大丈夫だよ」
「先輩......」
優しく穏やかな声で言うと、大河はスマホをしまった。
「......近衛と何かあった?」
聞かれた言葉に何も返さず光琉は俯く。これでは何かあったと言っているようなものだ。
だけど黙った光琉を怪訝そうにするでもなく、大河は相変わらず穏やかに光琉を見つめた。
「さっきまでさ、近衛のところにいたんだけど。近衛も今の犬飼くんと同じような顔してたよ」
「え......?」
大河の言葉に光琉は顔を上げる。光琉と目が合って大河が優しく微笑んだ。
「寂しそうな、捨てられた子犬みたいな顔」
近衛は犬じゃなくて大型獣だけどね、と大河が笑う。
「近衛と同じ研究室の子から連絡きてさ、近衛先輩の様子がおかしいから助けて下さいって! どうせいつものように、疲労がピークに来て周囲を子犬まみれにしてるんだろって思ってたんだけど」
「子犬まみれ......?」
何故疲労がピークになると子犬まみれになるんだろうと、頭にはてなが浮かび思わず口にすると、大河はふっと笑った。
「あれ? 知らない? 近衛ってさ大の小動物好きで、その中でも子犬が好きみたいで、疲れると癒しを求めるのかありとあらゆる子犬グッズをデスクとかパソコン周りに置くんだ」
「えっそうなんですか?」
「そうそう、俺なんて犬がプリントされたパーカー着させられたことある。視界に入れてると落ち着くんだって」
「へぇ......」
近衛にそんな一面があったなんて。光琉の前では疲れたそぶりを見せたことがないので知らなかった。普通に聞くと成人男性と子犬グッズという組み合わせに引くところかもしれないが、近衛の人となりを知っている光琉は、近衛の新しい情報を知れて嬉しいと思ってしまう。
「それで助けを求められてるんだって思って近衛のところに行ったら、案の定項垂れた近衛がいた。そりゃもう項垂れた、というか生気が吸い取られたというか憔悴しきってるというか......元気のない近衛がいたんだ」
「近衛先輩が......! そんなに忙しいんですか?」
憔悴しきっている近衛なんて想像できない。もしかして光琉の研修に付き合っていたせいで、近衛の時間を奪っていたのだろうか、本当は忙しいのを隠していたんだろうかと心配になる。
「どうやらね......今回はそんな簡単な話じゃないみたいなんだ............」
「え!」
大げさにため息を吐き、大河はそこで言葉を切る。
(まさか......近衛先輩に何か⁉)
光琉は大河の次の言葉を固唾を飲んで待った。
「だって、近衛の周りに子犬グッズが一つもないんだ」
「えぇ?」
神妙な面持ちで言われ、別の意味で驚きの声が漏れる。
「えっと......グッズがないとそんなにおかしいんですか?」
「おかしい! すごくおかしい......弱ってる近衛の周りに子犬がいないなんてありえないんだから!」
「はぁ......」
無駄に熱量の籠った大河に、光琉はとりあえず頷く。するとそんな光琉を見て、大河はふふと瞳を綻ばせた。
「その代わりにね......さっきの犬飼くんと同じように、ずっとスマホを見てた。スマホ見つめて、ため息吐いて......それでね......『光琉』って犬飼くんの名前呼んでた」
「っ......!」
「あんな近衛初めて見たな~どれだけ疲れてても課題や勉強をこなす近衛が、どうやら何も手がつかないみたいで。こんなこと初めてだって、周りもびっくりしてたよ」
「そ、れ......って......」
「犬飼くんに会えなくて、そうとうまいってるみたい」
おそるおそる大河に声をかけると、心の中に浮かんだ光琉の思いを肯定するように大河が頷いた。
瞬間、胸がきゅっと、甘く苦しく締めつけられる。
「ねぇ......犬飼くん。......近衛と何かあった?」
光琉を見つめ大河が先程と同じ問いを口にする。優しく穏やかな声と瞳、光琉に寄り添うその温かな優しさに、どうして遼があんなに大河のことが好きなのかやっと分かった気がする。
優しい瞳に、光琉の目がうるうると潤みだす。
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