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光琉は近衛の腕の中にいた。
「光琉......可愛い、好きだ。大好き。最高だったありがとう」
絶え間なく近衛からの愛の言葉が降ってくる。近衛の腕枕に頭を乗せ、とろんと瞳を蕩かしながら光琉は幸せな気持ちに浸る。
「ほんと可愛いかった......俺の光琉......愛してる」
ちゅっとおでこにキスされて、光琉は頬を緩めた。
さっきからずっと、「最高だった」「可愛かった」と近衛は繰り返している。恥ずかしいけれど、こんな風にちゃんと言葉にしてくれるのはすごく嬉しい。何より近衛を満足させることができたのだと言うことが分かって、自然と顔がにやけてしまう。
(こうやってちゃんと言葉にしてくれるところ好きだな......)
なんだかめちゃくちゃ甘えたくなって、光琉は頭を近衛の胸の上に乗せギュッと抱きついた。
「ふふ......かわいい」
すぐに背中に腕が回され、優しく掌が体を撫でてくれる。
光琉は体が小さいので、近衛に抱きしめられると、身体中全部が近衛に包まれているような感覚になる。光琉はこれが大好きだった。もっと引っ付きたくて足を絡めると、答えるように回された腕が強く光琉を引き寄せた。
心地よくてほうと思わず息が零れる。
(愛されるってこんなに心地よくて幸せなんだ)
初めて好きにな人が、光琉の初めてが全部近衛でよかったと心から思った。
頭を撫でる手に瞳を溶かしながら、光琉はあることを思い出す。
「あの......先輩?」
「ん?」
胸から瞳だけ上げて近衛を見つめる。光琉の可愛い仕草に近衛が頬を緩ませる。
「まめの話......もう一度聞かせて欲しい」
「え?」
光琉の言葉に近衛は首を傾げた。
「実は......話をしてくれた時、眠たくてウトウトしてて......ちゃんと聞けてなくて............俺、勘違いしてて............」
とても大事な話をしてくれていたのに、ちゃんと聞いていなかった上、完全に誤解をしていたというのがいたたまれなくて、語尾が小さくなっていく。近衛にどう思われるか怖くて光琉は俯いた。すると息を吐き出すような笑い声が聞こえて、頭をポンポンと撫でられた。
「あーなるほど。それでここ一週間光琉の様子が変だったんだな」
「う......」
すべて合点がいったというように近衛は頷く。図星をつかれて光琉は小さい体をさらに縮こませた。
「そっか」
あやすように近衛が光琉を撫でる。
「気付いてやれなくてごめんな。寂しい思いさせたな」
「近衛先輩......」
優しい言葉に胸がキュウと締め付けられる。言いながらちゅっちゅと光琉の頭に近衛が口付けを落として、優しい言葉とキスの感触にうるっと光琉の目が潤んだ。
(もーほんとに! 優しすぎるよぉ......)
潤んだ瞳で近衛を見上げると、今度は唇にキスされた。大丈夫というような動作に、光琉は堪らなくなって近衛の首にぎゅうと抱きついた。光琉の頭をよしよしと近衛が撫でる。
「まめはさ......俺が生まれたのと同時に家に来たんだ。物心ついた頃からずっと一緒で、一緒に大きくなった。周りから見たらペットだろうって思われるかもしれないけど、俺にとっては家族同然っていうか本物の家族で、親友でめちゃめちゃ大事な奴だった......まめはほんといい子で可愛いかったな......」
思い出しているのか近衛の瞳が優しく綻ぶ。
「ずっと一緒だって疑ってなかったけどさ......動物の寿命って短いのな」
近衛がぎゅっと光琉を抱きしめる。
「高一の時......まめが亡くなって......正直目の前が真っ暗になるぐらいつらかった......犬の寿命を考えたら充分長生きだったってのは分かってるけど......俺はまめと一生一緒にいたかったんだ」
「近衛先輩......」
いつもはっきりと話す近衛が言葉を詰まらせながら話す様子に、どれだけまめが近衛にとって特別だったか伝わって胸が締め付けられた。
近衛の気持ちは光琉には痛いぐらい分かる。牧場を経営している光琉の家では、何度も大事な動物たちを見送ってきた。仕方ないと割り切ろうとしても、あれだけは何度経験しても慣れるものじゃない。
どうにか近衛の気持ちを癒したくて、光琉は顔を上げると近衛の頬にキスをする。そしていつも近衛がしてくれるようにその頭を撫でた。
少し驚くように目を瞬かせた後、近衛はすぐに嬉しそうに微笑んでホッと息を吐いた。光琉を抱え直し甘えるように光琉の首に顔を埋めて近衛は続きを話し出す。
「その時に獣医になるって決めた。動物の寿命を人間と同じにすることはできないけど、俺が知識をつけて普段から気を配っていたら、元気に生きれる時間を少しでも長くできるんじゃないかってさ......」
さらさらと近衛が光琉の髪を梳く。
「だけど同時にハッとしたんだ。いつか自分に好きな人ができたら、その時はずっと一生一緒にいたい、その為に俺にできることは全部したいって。だったら獣医だけじゃ足りない、医者にもならないとって思った。それが俺が獣医と医者の両方になるって決めたきっかけ」
(そうだったんだ......)
思うのは簡単だけれど、近衛はそれを実行して現実にしようとしている。そんなことができる人はそうそういない。愛が深くて大きい、近衛らしい素敵な理由に光琉は感動する。
「そこからは無我夢中だった。まめを失った寂しさを埋めるように、必死で勉強して......医師免許を取るまでは泣き言なんて言わないって決めて、愚痴も弱音も全部封印した。そのおかげか入りたかった大学にも入れて、成績も......まあまあよくてさ。なんとか目標が形になりそうになってきた」
成績がいいというのを少しはにかみながら近衛が言う。大河は近衛が両学部でトップの成績を誇っていると話していた。それをひけらかさないところがなんとも近衛らしい。
「近衛先輩はほんと努力家。すごいな......」
近衛が言わないことをわざわざ言う必要はない。近衛のそういうところと、並大抵じゃない努力を尊敬して純粋な感想が光琉から零れ落ちる。光琉の言葉に、近衛がくすぐったそうに微笑んだ。
「でも、四年に上がってから実習と課題の量が増えて、それまでとは比べようがないぐらいハードな毎日になって......初めて無理かもしれないって思った。大変なことだって覚悟はしてたけど想像以上だった。正直心が折れかけてた。もう両方なんか無理だって、獣医だけで充分だろって考えるようになってた」
近衛の話を光琉は真剣に聞く。
「そんな時に、獣医学部で研修したい子がいるって教授から相談された。二年とか三年のやつに当たったらしいけどみんなに忙しいからって断られたらしくて、正直俺もこんな大変な時期にそんな余裕ねーよって思った」
「う......」
そんなことになってたんだ、と光琉の背中に汗が流れる。そんな光琉の顔を近衛が覗き込んだ。
「だけど、聞いたらそいつ、農学部の学生だっていうから興味が沸いた。二つのことを学びたいなんて、俺と同じだーってさ」
ふふふと近衛が瞳を細める。
「俄然会いたくなって、余裕なんかないって思ってたけど、気付いたらめちゃくちゃ楽しみになってた。で、待ちに待った初日、宿舎で待っても待っても姿を現さないから心配したんだぞ。山の上だしさ、途中で倒れてるんじゃなかって」
「えぇ......」
心配されていたなんて知らなかった。確かにあの日、久しぶりに見た山道と牧場にテンションが上がって、待ち合わせのことをすっかり忘れていたのを光琉は思い出す。
「様子を見に行こうって外に出たら、牛斗たちの側になんか違和感を覚えて、近づいてったらさ......」
思い出したのか近衛が満面の笑みを浮かべる。
「なんかめちゃくちゃ可愛いのが寝てる! ってなってさ」
「か、かわいい......」
手を口に当てて、楽しそうに近衛が笑う。
「そう! めちゃくちゃ可愛くて......すぐにめちゃくちゃ構い倒したくなった。だけど幸せそうな顔で寝てるから起こしちゃ駄目だって思って。添い寝で我慢した」
えらいだろ! というように、自慢げに近衛が瞳を細める。
「我慢したって......」
(それで起きたら近衛先輩に抱きしめられてたのか)
なんであんなことになっていたのか謎がやっと解けた。いや、添い寝で我慢したという時点で、解けたと言っていいのだろうか。今となっちゃいい思い出だが、あの時はかなり驚いた。
「気付いたら俺も眠ってて。そしたらさ夢を見たんだ! まめの夢を!」
「夢?」
近衛のテンションが上がる。
「夢の中でまめが俺のところにやってきて、嬉しそうに周りを走り回ってさ。ものすごくご機嫌で可愛かった。抱き上げたら、あいつ俺に「よかったね~」って言ったんだ。まあ言ったというか吠えたというか......とにかくまめがそう言って嬉しそうなのが伝わってきて、それで起きたら......」
近衛が光琉を見て笑顔になった。
「光琉が腕の中にいて、目を覚ました光琉は、ほんと可愛くて美味しそうで、一瞬で好きだって思った。まあ......そこから後は、光琉の知っての通りだ。毎日光琉は可愛くて、日に日に俺の中で大きな存在になっていった。本気で好きだって思うまでに時間はかからなかった。夢の中でまめが言った「よかったね」って言葉の意味が最初は分からなかったけど......光琉のことを好きになっていくたびに何のことを言ってたのか分かった」
「な、に......?」
近衛の見つめる瞳が愛しさに満ちていて、胸がドキドキと高鳴っていく。
「一生一緒にいたい大事な相手を俺は見つけたんだって」
「っ......」
「その瞬間から俺には一切の迷いがなくなった。獣医だけでいいなんて何怠けたこと言ってんだ! って、片方だけなんてだめだ。俺は光琉を守るんだ、だから獣医も医者も両方の免許を取って見せるって」
光琉の額にこつんと近衛が額を重ねた。
「今俺が頑張れてるのは、全部光琉のおかげだ。ありがとう」
「せんぱい......」
堪えきれず瞳から涙が零れ落ちる。
「このえせんぱい......」
光琉は近衛にしがみついた。
「俺も......近衛先輩が俺を好きになってくれて......俺を選んでくれてめちゃくちゃ嬉しい! ありがとう......」
ぐずぐずと涙声になりながら光琉は一生懸命気持ちを告げる。そんな光琉に瞳を蕩けさせながら、近衛は涙が浮かぶ光琉の目元にキスをした。
「ほんと今日の光琉は泣き虫だ」
そう言いながらも、近衛の瞳もうっすらと潤んでいて、光琉は胸がいっぱいになった。
なんて優しくて素敵な人だろう。この人に出会えたこと、それが堪らなく嬉しくて幸せだ。
「きっとまめが俺たちを出会わせてくれたんだね」
「っ......」
光琉の言葉に近衛が息を飲んで、そしてとても愛し気に瞳を細めた。光琉の頬に近衛がそっと掌を添える。
「そうだな......じゃあ、まめに感謝しないと」
近衛が潤む瞳を隠すように目を瞑る。
「ありがとな、ひかる」
掠れる声で呟く近衛に、愛しさが溢れて光琉は近衛の頭を胸の中に抱きしめた。甘えるように胸に顔をすり寄せ光琉を抱きしめる近衛の頭を、光琉は何度も何度も撫でた。
「............」
しばらくそうしていると、落ち着いたのか近衛は仰向けになって、自分の体の上に光琉を乗せた。今度は光琉が近衛の胸に顔を埋めて甘えると、光琉の背中を近衛が優しく撫でてくれた。
二人、穏やかな幸せの中にまどろむ。
「そうだ......光琉。ここに引っ越してこないか?」
「え......」
突然の言葉に光琉は驚いて顔を上げた。
「ここにはまだ空き部屋がいっぱいあるし、牧場の管理をすれば家賃も無料ただだ。それに......なにより」
「なにより......?」
真面目な表情で光琉を見つめる近衛に、光琉は思わずこくんと唾を飲み込んだ。
「俺が嬉しい」
だけど顔をにやけさせ、にこーと笑う近衛に、光琉は瞳を瞬かせ、そして次の瞬間弾けるように笑顔を浮かべた。
「もお......仕方ないから近衛先輩のために一緒に住んであげる」
「やった! 光琉大好きだ」
笑顔でそう言ってコテンと頭を近衛の胸に預ける光琉を、近衛は満面の笑みで抱きしめた。

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