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交渉でも尋問でもなく

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「よっこらせと」

 小さな椅子に腰を掛けたのは貴族の隣にいた中年男だ。
 場所は納屋。ザガンは柱に縛られ、腫れあがった顔面を彼に向けた。

「俺と話をするのは嫌か?じゃあ、早く終わらせようぜ。俺もその方がいい」

 男は勝利者特有の余裕を漂わせて言った。

「お前が隠してる強奪品の在り処を言え。村の連中に渡さず懐に仕舞ってる分があるんだろ?お前らの考える事なんてすぐわかる」
「弟はどこだ?無事なのか?」

 ザガンが別の場所に連れていかれた弟を案じて聞いた途端、男の手が椅子に立てかけてあった木刀に伸びてザガンの顔を殴った。
 激痛と短い悲鳴。
 男の表情は全く変わらない。

「これは対等な人間同士のお喋りじゃないんだ。交渉でも尋問ない。わかるな?お前は聞いたことに答えるしかない。ああ、今更黙ったり『さっさと殺せ』とか言っても遅いぞ。本当に覚悟を決めた犯人は最初から口を開かない。体のどこかを削ぎ落とそうと皮膚を焼こうと何も言わないんだ。会話するってことは助かりたいって気持ちがある証拠なんだよ」

 こんな状況を何度も経験したのだろう。男は慣れた口調で言った。
 ザガンに絶望と悔しさがこみ上げる。

「怖いか?お前らが襲った旅人や行商人もそんな気分だったはずだ」
「俺たちだって……飢えてなきゃこんなこと……」

 今度も無駄口だが叩かれなかった。
 何度も殴るのは疲れるし、緩急をつけた方が自白を得やすい。
 一種の誘導を受けていることにザガンは気づかない。

「村が飢えてるから。貧しいから。税を払うためだから。お決まりの言い訳だな」
「今年は本当に厳しいんだ……みんなに聞いてくれよ……」
「聞いたよ。娘を売らなきゃならない親もいるらしいな。で?お前は盗賊にそういう事情があれば何されてもいいのか?」

 ザガンは言葉を返せなかった。
 男はため息をついてから言う。

「お貴族様が税を減らせばこんな真似はしなかった、とでも思ってるんだろ?だがな、1つの村の税を減らしたら他の連中も要求してくる。それを全部聞いたらどうなる?税が少ないと俺らがやってる治安維持のための巡回や討伐活動も立ち行かなくなる。わかるか?領地の安全が崩壊するんだ。税を払うために子供を売る親には俺だって胸が痛むが、お前らは違うだろ。罪のない人間を殺して財産を奪ったんだ。村ぐるみでな。お前ら兄弟は美味しいご褒美もあったらしいな。そんな連中に俺たちが一片の慈悲でもかけると思うか?」

 この時、男に初めて危険な空気が流れた。
 殺し合いを専門職業とする騎士の殺気はザガンを怯えさせるのに十分だった。

「盗賊をやってる時に子供と女だけは何もせず解放してやったとか言うなよ?お前に姉妹や娘はいないらしいが、よく知ってる女を何人か連れてきてお前の目の前で兵たちに襲わせてやろうか?もちろん最後は一人ずつ首をはねる」
「やめろ!」

 彼の脳内にその光景が浮かんでしまった。
 夜にやってくる女たちが嬲られ、泣き叫びながら殺されていく所を想像して胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。

「村ぐるみの盗賊行為なんて本来は掃滅されて当然なんだぜ?今回は被害が少ない方だから女子供は奴隷堕ちで済むかもな。ただし、お前の態度次第だ。どうする?」
「……喋る。だからあいつらは殺さないでくれ」
「さっさと言え」

 彼は馴染みの女たちが助命されることを祈りながら強奪品の隠し場所を教えた。
 それは彼と弟が気に入ってる女へ贈るつもりだった品だ。
 男はすぐに近くの兵に命じて確認させる。

「そういえばお前の弟が使ってた魔法薬。あれは誰から奪ったんだ?」
「あれは奪ったんじゃねえ」
「は?どういう意味だ?」
「正直に話すが……信じないと思うぞ」

 死を待つだけの男の口は極めて軽かった。
 最後まで話を聞いた相手は困惑する表情を隠さず、兵士に何かを指示するとしばらく待った。
 その兵士が戻って彼の耳元で何かを囁くと困惑はさらに強くなった。
 弟から同じ話を聞き出したのだろうとザガンは思った。

「普通なら法螺話……だが嘘をついて何の……」

 ぶつぶつとつぶやく男。
 そこに部隊を率いる貴族がやってきた。ベルトにつけた鞘の位置を調整している。

「どうした、ルカリオ?強奪品は回収したのだろう?はやく始末しろ」
「そうしたいのですが、気になる情報がありまして……」

 ルカリオと呼ばれた男は事情を説明する。
 それを聞いた貴族は「くく」と楽しげに嗤った。

「女の魔術師だと?山奥に隠れ住むなどお尋ね者に決まってる。始末して我が武勲に加えよう」
「今日は魔術兵を連れてきておりません。相手の数も不明ですし、対魔法戦を想定するなら念のために部隊編制を……」
「それでは二度手間になる。我が負けると思っているのか?」
「い、いいえ!もちろんイーロン様が負けることなどありえません!」

 貴族の目つきが変わり、男の背筋がピンと伸びた。
 
「一介の魔術師などイーロン様にとって鼠と同じです。ただ、鼠は逃げることだけ得意です」
「む……一理あるな。だが、あまり悠長にすればそれこそ逃げてしまうだろう?」
「はっ。その通りであります。非常に悩むところでして……」
「俺に行かせてくれ」

 ザガンが口をはさんだ。
 貴族とその部下はゴミを見るような目で彼を見下ろす。
 ルカリオは木刀で彼を殴りつけた。

「ぐえっ」
「高貴な御方の御前だ。誰が喋っていいと言った?」

 ザガンは何本目かの歯が折れるのを感じたが、それでも口を動かした。
 
「お、俺があの家に行って魔女を呼び出す。く、薬を飲んでも弟の傷が治らないとか言えば誘き出せるかもしれないだろ?」
「黙れ」

 ルカリオの打撃が何度も飛ぶ。
 欠けた歯がぱらぱらと地面に散らばった。

「恩を売って命乞いするつもりか?その怪我をどう説明する気だ?浅知恵にも程があるんだよ」
「た、頼む……俺を使ってくれ……」

 ザガンは必死に自分の存在価値を訴えた。
 浅知恵なのはわかっている。それでも死の運命に抗おうとした。

「黙れと言ってるだろ」
「待て、ルカリオ」

 上司の声で木刀が止まった。

「この馬鹿に使い道があるかもしれん」

 その顔を見てザガンは思った。
 このクソ貴族はろくでもないことを思いついたのだろう。
 それでもいい。ほんの少しでも勝つ可能性があるなら賭けてやる。人生最後の大博打だと。

 数分後、ザガンは縛られた状態で騎士の飛行馬に乗せられた。
 人生初めての空の旅だった。


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