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ユス王国ザーランド領

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「では、お前は独断で三か国の協定を提案をしたわけだな?」
「はい」

 ザーランド領首都。その城で領主ルーガ・ザーランドは壇上から鋭い眼光を2人の男に向けていた。
 司法、立法、行政。領内でそれら全ての最高権力者に問いに対して第一飛行騎馬団団長ルカリオ・クロッツェは直立不動で答えた。

「一介の騎士が私どころか畏れ多くも国王陛下の代弁者になったかのように語り、王国を危険に晒した。その罪は万死に値する。異論はあるか?」
「ございません」
「極刑を申し渡す……といいたいところだがお前の功績も無視できん」

 その言葉に対して部屋に集まるザーランド一族と重鎮たちの一部は安堵、一部は不満の感情を漏らした。
 どちらも口に出す事はない。領主直々の裁判で許可なく発言すれば例外なく極刑だ。

「情報を精査する限り、ロザリア王国、いや、共和国では尋常ならざる事態が起きている。死者を生き返らせる超常的な存在。古代魔術を操る王女。そして竜。あのままレーテル領と戦争を続けていれば王国は未曽有の危機に陥ったかもしれぬ。国王陛下もそう仰られた。共和国とは講和を目指しつつ、ガルド帝国との情報交換し、あちらの奇怪な兵器にも目を光らせる。お前が提案した三か国の協定は悪手ではなく良手とご判断され、私も同じ意見を持つ。よって、その功績を持ってルカリオ・クロッツェの越権行為を不問とする。言いたい事はあるか?」
「いいえ、ございません」
「次に、イーロン・ザーランド」
「はっ!」

 父親からフルネームを呼ばれた青年はこちらも直立不動で言った。

「お前は竜の遺体の一部をレーテル軍が横奪したと誤解し、領空侵犯とレーテル軍への攻撃を行った」

 それは両国が行った聴取によって明らかとなった。レーテル領側で竜の頭部を運んだ騎士団は戦争で一度死亡していたが、エーレインの大魔法によって生き返り、真偽鑑定の魔法具を用いて尋問を行うことができた。竜の頭部は国境からレーテル領側にあり、落下直後にレーテル領の民が動かした可能性も低い。イーロンの取った行動は軽率すぎたと後にイーロン自身も認めた。

「罪状を認めるか?」
「認めます!」
「いかなる罰も受けるか?」
「無論でございます!」
「軍からの除籍と貴族権の剥奪を命じる……といいたいがお前の功績も無視できぬ」

 今度も安堵と不満の気配が人々の間を交差した。

「竜の頭部が魔物と化し、我が兵たちを危険に晒した際にいち早く現場へ帰還し、我が領への危険を払うべく戦ったことは実に勇敢。文字通り命を捨てて武勇と忠義を示したことは陛下も私も、そしてロザリア共和国も公式に認めるところだ」

 最後についてはロザリア共和国で議論が紛糾した。
 レーテル領首都を最初に火の海にしたのは彼らの部隊であり、使者が生き返ったからといって無罪放免になどできない。しかし彼らの決死の奮闘がなければヒースリールは黒い竜を倒せなかった可能性もあり、はたして罪状と功績のどちらが上なのか。悩み続けたヨルム宰相(現在では首相)はヒースリールに相談し、切り札を使った。イーロンの罪は本来なら処刑に値するが戦闘中に一度死亡し、エーレインによって蘇生されたのは彼の功績が罪を上回ったからではないか。そう主張されると誰もエーレインを否定できず、問いただせる者もいなかった。

「お前の勇敢なる行動を評価し、罪と相殺することで処罰なしとする。言いたい事はあるか?」
「ございません!」
「これにて本裁判は閉廷とする!」

 それぞれが様々な思惑を抱えながら退席し、イーロンとルカリオはすぐに領主から別室に呼び出された。
 領主ルーガ・ザーランドは息子と部下を椅子に座らせ、二人を見た。

「イーロン、ここからは父として話す。お前は本当なら3度処刑されてもおかしくなかった。領空侵犯、レーテル軍と民への攻撃。もう1つはわかるか?」
「ヒースリール光機卿を危険に晒したことでしょうか?」
「そうだ。軍人でもない他国の少女を戦場に連れてゆく。恥だ。彼女の能力は関係がない」

 領主はルカリオを見た。

「聞けば、お前が彼女とこれを言葉巧みに唆したそうだな?」
「仰る通りです」
「彼女が死なないという確信があったのか?」
「死ぬ可能性は低いと考えました」
「もしも死んでいたら我が領と国が歴史にどんな名を刻むことになるか。とてつもない博打だった。だが、私がお前でもそうしていただろう。領民と国のために他国の元王女を使う。自分の無力さと傲慢さに殺意を覚えずにはいられん。お前たちはどうだ?」
「自分を恥じております」
「私もです。父上」

 3人は少し沈黙した。

「罪を罪とも思わなくなったら終わりだ。死ぬまで背負う。さて、共和国と帝国と我が国の関係性から見てお前たちは近いうちに軍に休職願いを出し、王国評議会に入ってもらう。イーロンは議員。ルカリオは秘書だ」

 2人は驚かない。事前におよそのすり合わせをして正式決定を待つばかりだったからだ。
 ユス王国、ロザリア共和国、ガルド帝国の三か国協定。これに携わるためにイーロンはユス王国評議員になることを国王から命じられ、領主から伝えられた。軍人が評議会議員を兼任することは前例がない。しかし前例がない状況なので仕方がなかった。

「承りました」
「はっ!」
「軍人から政治家へ。剣ではなく舌で戦う世界に行く。言っておくが、戦場の方がマシだったと思うようになるぞ。ルカリオ、お前は口が立つがあちらではほんの赤子だと実感するだろう」
「覚悟はしております」
「私もです。父上」
「お前たちはガルド帝国皇帝と直に話ができる立場だ。貴族や王族も無茶な真似はできないはずだが……」

 領主はそこで訝しむ。
 彼らが本国に送還された後、ガルド帝国は書状と通信用魔法具を送って国王と領主、そして二人を交えて直通の会談を行った。国王も領主も度肝を抜かれた会談の内容はほぼルカリオの予想した通りだった。大きく予想を外したのは皇帝が感謝状と魔法具をイーロンとルカリオ個人へ贈った事だ。どんな狙いがあるかは想像するしかないが、破格の評価を受けた2人に群がる人間はさらに増えた。

「話を変えよう。共和国の女神と光機卿。それと竜もか。それらの情報を得たい奴がすでに山ほど俺の屋敷のドアを叩いてる。書状も無数に来る。さて、何度も聞いたが改めて意見を確認したい。そいつらは何だと思う?ああ、盗聴防止はしてある」
「何度も考えましたが、全く想像がつきません」

 ルカリオは率直に言った。

「古代文明に関わるものだと帝国の英雄サルタンは推測していましたが、本人は否定しています。はっきり申しまして判断材料がなさすぎます」
「私も同じです。ただ……」

 イーロンは言葉を濁した。

「どうした、イーロン?どんな馬鹿げた推測でもいいぞ」
「女神という称号をそのまま受け入れてしまうのはどうでしょう?」
「神か……では、神とはなんだ?」

 領主は苦笑して言った。
 誰も答えられない。

「この世界の創造主。それがふらっと来て処刑されそうな王女を助けて力を分け与える。まるで御伽噺だな」
「ご領主様、歴史書の中に手がかりになりそうな情報は見つかりませんか?」
「神殿と協力してあらゆる資料を調べているが、説得力のある情報は何も出てこない。正直、あの帝国がお手上げならどの国も同じだと思うぞ?秘密の古文書がうちの倉庫に眠ってたら別だが」

 領主の冗談に2人は少し笑った。
 そこでイーロンが思いついたことを言った。

「手がかりと言えば竜はどうでしょう?太古の時代から生きるなら何か知っているかもしれません」
「いい考えだ。ちょっと行って聞いてきてくれ」
「ご領主様」

 息子をからかった父親にルカリオは表情で抗議する。
 それができたら苦労しないとイーロンも気付き、顔を少し赤くした。

「愚かな発言をお許しください」
「反省できるのはお前の長所だ。それに着眼点は決して悪くない。女神と3姉妹に気を取られて竜への接触を避ける者は多いからな。とはいえ、いずれもガルド帝国皇帝よりも接触が難しい」
「私の力が至りませんでした」

 ルカリオはあの国で虜囚になった時に何もできなかったことを悔やんでいた。
 彼は城で軟禁されていた時に色んな理由をつけて3姉妹との意思疎通を試みたがヨルム宰相や閣僚が狙いを察して拒否してきた。女神主催の奇妙な協議会が最後の機会だったのだが、彼は三か国の協定を提案することで気力を使い果たしてしまい、その夜はぐっすりと寝た。

「お前は本当によくやったよ。レーテル領で光機卿と共に戦えたのは実に良い。心を許す仲になれたのではないか?」
「そう思いたいですが、所詮は1日の付き合いです」

 それに国の関係もまだ良くない。
 その点を主張するとイーロンを責めることになるのでルカリオは口に出さない。

「うーむ、3姉妹に手紙でも書いてみるか?」
「すでに送りましたが?」

 ルカリオはイーロンと共に謝罪と感謝の意を政治的表現で綴った書状を送ったことを指摘する。
 形式的な返事は来たがそれきりだ。

「個人的な手紙だ」
「それはつまり……ご領主様」

 ルカリオは初めて嫌そうな顔をした。
 イーロンは意図が組めず、必死に考えている。

「ヒースリール光機卿も妹たちも美人なのだろう?お前たちも健全な男なら何も感じなかったとは言わせんぞ。男女の色恋はどんな軍隊にも止められん。それこそ神にもな」

 領主はにんまりと笑った。
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