次来る自転車

七部(ななべ)

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後篇 次来る自転車

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 2011年、3月11日。15時17分。石巻、気仙沼はもう津波が到達して壊滅的被害を受けたと言う。顔はさっきまで赤かったのに一気に青ざめた。
『陸前高田、中沢 まもなく津波が到達します!高台に避難!』
「お母さん、逃げよう!」
2度目の大きな駆けをした。2度目の大きな賭けをした。昨日の春の雪で白い、裏山を目指して。皆も走っていく、数百人規模が一斉に駆け抜く様は世紀末ありのままだった。
2度目の余裕の無い涙を零す。父親をものごごろ付いたジャストで亡くした。海難事故だった。父の二の舞いになる、今いくよと言えると思う、というと良い意味なのか悪い意味なのか。

標高20mくらいの裏山の頂上に届く。心なしか遠いところで黒い青が迫ってくるものを見た。視たか見たかは分からない。
「あれは津波だ!」
青年が云う。遠近法を学んだばっかだからその恐ろしさ、怖さ、虚無が沸騰した。その期待は心臓の空を充満させはち切れそうになった。そんな心臓の脈拍は早く、気持ち悪くなってきた。

『ドドドドドドドドドドド』
津波の主人の声を聴く。可愛げなんてもっての外、三度の涙は出す余裕がなかった。ただただ眺める。横の学校が、流された。上には数人いたはず。ああああ。流れていく。香衣がいたはず。三種の悪気が頭に登ってきて一つ、えげつない嗚咽。頭と心を悪気が循環し、細胞の核に収束される。その染みる音は分からないけど、多分クローンが成功したような音色だったんだろう。
バリ3のガラケーで拙く連絡を投げる。大丈夫と。あまりにも怖かった一文。 30分後に覗くことにしよう。


ここ裏山を大津波が襲う。長けた波を喰らう実感は湧かないが死と隣り合わせになってるのは明明白白。ここで余震がした。もう怖い、まだ怖い、それでも怖い、そして、怖い。
周りを木屑の黒い青が覆いポツンと生き残っている。耐え抜いた確固たる感じだった。愛すべき五体は我に還った。
希望と苦の4時間後、視界不良の夜で救助ヘリが来て救われて、遠くの避難所に届けられて一夜を越えようとする時間まで来た。
いっとうの恐怖を閉じ込めたガラケーをこじ開けた。幾分と臭くなってるはずの身体、真っ新の乾パン、笑い声一つないが大きい声達、終わるという言葉を知らないと信じることしか出来ない震災の速報。福島がどうとかこうとか。
未だ来てなかった。立て込んでいるのかもしれない。他の人の安否確認に移行する。知る限りの全員は生きていた。

一つ、静かな訃報が叩いた。

香衣の訃報だった。
津波に飲まれるがまま、家族と息引き取ったらしい。
嘘嘘こんなの嘘そう嘘に決まってる嘘よ嘘、嘘。でもね、全部嘘。本当に死んだ。
知ってる人が死んだのを初めて経験した。ぽっとどこかが削れる感覚。四度目の涙は避難所を串刺すようなモノだった。ロストワンの号哭は凡ての空を消すようだった。そしてで見える今宵の月は生憎、新月だった。







2026年、3月11日。28歳の私は晴れて結婚する運びとなった。7日前、挙式をして接吻をかまされた。実は初めてのだった。ずっと奥手が過ぎていたから、初体験よりも初キスの方が遅かった。ちょっと笑って欲しい話として美談にしようと思いたい。
彼と地元の海岸線に来た。一人にさせてといって波打ち際が見える道路をちょっと走ってみたりした。空気が澄んでいて欲しかったけどさっきまでの雨で変な匂いがしていた。

自転車を漕ぐ、白いドレスを見にまとう少女が視界真ん中に映る。瞳が潤む、あまりにも香衣に似ていたので。

次来る自転車が香衣だったら、なんて声をかけよう、涙は流したくないな、平常でいようかな。抱き合いたいな。もう結婚したんだよ?周音だって。しかもあの旬くんだよ?香衣も来れば良かったのに…
その自転車が通過した。やっぱり香衣じゃなかった。心の変わりようはなかった、一定だった。
いたずら好きにも程があるよ、隠れるのに飽きて何も言わずに私から消えて。
海から桜の蕾が降ってきた。徒桜。
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