昇天の祭

式神 霊

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旅立ち

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列車がゆっくりと動き出し、賑やかな駅のホームを後にした。窓の外に目を向けると、小さな村々が次第に遠ざかっていく。久しぶりの列車旅だ。幼い頃、いつか村を飛び出して自由を手に入れることを夢見ていた。しかし、今回の旅は自由を求めてではない。避け続けてきた過去と向き合うための旅だ。

ルーカスが先を歩き、混み始めた列車内で空席を探している。彼が振り返り、いつもの温かな笑顔を向けてきた。
「早く座る場所を見つけないと、ずっと立ちっぱなしになるよ。」

私は無言で頷き、彼の後ろをついていく。木製の狭い座席の間を抜けると、乗客たちがそれぞれの時間を過ごしていた。赤ん坊をあやす母親や商品を大事そうに見守る商人、無邪気に笑い合う若者たち。その中で私は幽霊のような存在だった。ここにいるけれど、誰の目にも留まらない存在。

「ここ、空いてるよ。」
ルーカスが窓際の二つの席を指差した。

「ありがとう。」私は小さく答え、彼の隣に腰を下ろした。膝の上にバッグを置き、再び窓の外を見つめる。緑の田畑や木々が流れる景色はどこか心を落ち着けるようだったが、それでも胸の中の重みは消えなかった。

しばらくの沈黙が続く。ルーカスが私に話しかけたいのを感じながらも、彼は慎重にタイミングを計っているようだった。そして、ついに口を開いた。

「それでさ、学校に行くために家を出たって言ってたよね?何がきっかけで戻ろうと思ったの?」

私は言葉を探したが、結局正直な答えを口にするしかなかった。「母が…亡くなったんだ。最後のお別れをするために帰らなきゃいけない。」

ルーカスの表情が変わり、いつもの陽気さが消え、真剣な顔つきになった。「そうだったんだ…ごめん、リオラ。それはすごく辛いことだよね。」

私は弱々しく微笑んだ。目に涙が滲むのを感じながらも、必死に堪えた。「ありがとう。ただ、もっと良い思い出を残してあげたかった。でも、私なんて母にとってただの負担でしかなかった気がする。」

彼は少し首を傾け、優しく私を見つめた。「なんでそんな風に思うの?君は今、とても強く見えるけど。」

苦い笑みを浮かべる。「強い?家族の前では、そんな風に感じたことなんて一度もない。みんな…信じられないくらい素晴らしい人たちだもの。私の家族は全員、魔法の使い手なの。でも、私だけは…基本的な魔法すらまともに扱えない。」

ルーカスは驚いたように目を丸くした。「え、ちょっと待って。魔法って、本当にあるの?」

その反応に、私は彼を見つめ返した。こういう反応には慣れている。「ええ、魔法。私は魔法使いの家系に生まれた。」

彼は頭を掻きながら、小さく笑ったが、その笑みには困惑が滲んでいた。「なんて言えばいいのかな。魔法なんて…伝説かおとぎ話だと思ってたからさ。」

「無理もないわ。普通の人には信じられない話よね。」私はため息をついた。「でも、信じるか信じないかはあなたの自由。」

ルーカスは黙り込んだ。しばらく考え込むようにしてから、真剣な目で私を見た。「なんで僕に話してくれたの?僕たち、まだ知り合って間もないのに。」

窓の外を見ながら、私は答えを探した。「たぶん…隠すのに疲れたのかもしれない。それに、あなたは信頼できる人に見えたから。」彼に向き直り、小さく微笑む。「それに、今の私から奪えるものなんて、もうほとんど残ってないから。」

彼はしばらく考えた後、静かに口を開いた。「魔法が本当にあるかどうかはわからない。でも、君の言葉を信じるよ。君がそう言うなら、僕は信じる。」

私は彼を見つめ、驚きと感動が胸に広がった。私の話を否定せずに受け入れてくれる人は少ない。「ありがとう、ルーカス。そう言ってくれるだけで、救われる気がする。」

彼は微笑み、空気が少し軽くなったように感じた。彼は自分の夢――音楽で人々の心を動かしたいという話を始め、私は彼の話に耳を傾けた。久しぶりに誰かとこんな風に話せることが嬉しかった。

列車はやがて深い森の中へと入り、車内は一層静かになった。車輪が軋む音だけが耳に響く。

ルーカスは再び私に向き直り、優しい表情で言った。「リオラ、家に帰って何が待っているかはわからないけど、君はきっと思っているよりもずっと強い。何かあったら、僕に話して。」

私は微笑み返し、少しだけ心の重みが軽くなった気がした。「ありがとう、ルーカス。それだけでも十分心強いわ。」

その後の会話は、もっと軽やかなものだった。窓の外では、木々の影が流れていく。列車は私を過去の待つ場所へと運んでいる。逃げ続けてきた過去。それと向き合う時が、いよいよ近づいていた。しかし、ルーカスが隣にいる今、私は一人で立ち向かわなければならないわけではないと思えた。

列車が鬱蒼とした森の中へと入ると、周囲の空気が一変した。車輪の音が床を震わせ、窓から見えるのは日光を遮る高い木々ばかり。静寂の中に潜む得体の知れない圧迫感が、胸の奥に重くのしかかる。

私の隣でルーカスは窓にもたれ、ぼんやりと外を見つめていたが、その瞳はどこか遠くをさまよっているようだった。そんな中、前方の車両から突然、騒々しい声が響き渡った。

「何かあったの?」私は小声でルーカスに尋ねた。

彼も騒ぎの方向を見ながら肩をすくめた。「チケットの問題みたいだな。たぶん、持ってないとかじゃない?」

前方を見ると、老人が車掌と口論していた。老人の顔は切羽詰まった様子で、手を振り回しながら必死に何かを訴えている。他の乗客たちも興味津々でその様子を見守っていた。

「手を貸さなきゃ。」私は気づけば口にしていた。

ルーカスは一瞬だけためらったが、すぐに小さくうなずいた。「わかった。何ができるか見てみよう。」

私たちは人混みを抜けてその場に近づいた。「すみません、何があったんですか?」とルーカスが尋ねた。

車掌はため息交じりに答えた。「この老人はチケットを持っていないんです。規則では、次の駅で降りてもらうことになっています。」

老人は懸命に説明を続けていたが、どうやらお金を忘れたらしい。彼の顔には絶望の色が浮かび、私の胸が締め付けられた。

「これで足りますか?」気づけば私はポケットから取り出したコインを差し出していた。

車掌は驚いた顔をしたが、しばらく考えた後、渋々それを受け取った。「次からは気をつけてください。」と老人に厳しい視線を送りながら言った。

老人は私を見つめ、その目には涙が浮かんでいた。「ありがとう、若いの。本当に助かった。どうお礼を言えばいいかわからない。」

私は微笑んで首を横に振った。「大丈夫ですよ。無事に目的地に着ければそれで。」

席に戻ると、ルーカスが私をじっと見つめていた。「君って、本当に変わってるよな。」

「どういう意味?」私は少し戸惑いながら尋ねた。

「優しいってことだよ。こんな時代に、わざわざ誰かを助けようとする人なんて、滅多にいないからさ。」

顔が少し熱くなったのを感じながら、私は小さく笑った。「ただ、自分が同じ立場だったら、助けてほしいと思うだけ。」

彼は小さく笑い、心からの声で言った。「君って本当にすごい人だな。」

その後、車内は再び静かになったが、私の目は自然と車両の端にいる乗客たちへと向いた。その中に、ひと際目を引く少女がいた。彼女は私と同じくらいの年齢に見えるが、どこか不思議な雰囲気を漂わせていた。

茶色の髪が肩の上にきれいに流れ、厚い本を手に持っている。彼女の隣には、鋭い目つきの若い男性が立っていた。その姿はまるで護衛のようだった。

「何か気になる?」ルーカスが私の視線に気づき、尋ねた。

「ううん。ただ…あの子たち、普通の人とは少し違う感じがするの。」

その言葉に答えるように、少女が顔を上げ、私に気づいた。そして、小さく微笑んでから軽く会釈をする。

私は戸惑いながらも微笑み返し、立ち上がった。「ちょっと話しかけてみるね。」

「えっ?」ルーカスは慌てて後を追いながらも、私の行動に若干の戸惑いを見せていた。

「こんにちは。」私は彼女の前に立ち止まり、柔らかく声をかけた。「私はリオラ。こっちはルーカス。突然でごめんね。でも、なんだか気になって。」

少女は本をそっと閉じると、穏やかな笑みを浮かべた。「はじめまして、エレナ・ベッカーです。そしてこちらはフェリックス。」彼女は隣の男性を示した。フェリックスは軽くうなずいただけで、表情を崩さなかった。

「あなたたちも、どこか遠くへ向かっているの?」私は自然に会話を進めた。

エレナは頷き、「母の故郷へ向かっているの。」と答えた。「あなたたちは?」

私は旅の目的を簡単に説明したが、母の死については触れないようにした。エレナの目は私の話をじっと聞きながらも、どこか深い共感を含んでいるように見えた。

「何か大切なものを失うのって、辛いことよね。」彼女がふとそう言った時、私は驚いて息を呑んだ。

ルーカスが困惑した顔をする中、フェリックスがすぐにエレナをたしなめるように言った。「エレナ、初対面の相手にそんなことを言うべきじゃない。」

しかし、エレナは穏やかに微笑むだけだった。「ごめんなさい。悪気はないの。ただ…なんとなく分かるの。私たちには共通点があるって。」

「共通点?」私は思わず聞き返した。

エレナは私をじっと見つめたまま言葉を続けた。「私も、何かを探しているの。そして、この旅がその手がかりを見つけるきっかけになると信じているわ。」

彼女の言葉は、私の心の奥底に直接触れるようだった。それ以上言葉が出せず、ただその場で黙り込んでしまった。

その時、車両の後ろから、大柄な男が近づいてきた。彼の鋭い目と額にある古い傷跡が一際目を引く。その男は制服を着ており、どうやら列車の護衛のようだった。

「エレナ、フェリックス、問題はありませんか?」彼は真剣な声で尋ねた。

エレナは柔らかく笑って答えた。「大丈夫よ、グレゴール。彼らは新しい友達。」

グレゴールは私たちをじっと見た後、短くうなずいた。「グレゴール・アルブレヒトだ。」彼は名乗ると、フェリックスの隣に立ち、私たちを監視するような視線を送った。

再び自分たちの席に戻ると、ルーカスが静かに言った。「さっきの人たち、普通じゃないよな?」

私は小さく頷き、窓の外の夜の闇に目を向けた。「この列車の中にいる誰もが、何かを背負っている気がする。それが何なのかはわからないけど…この旅はきっと、ただの偶然じゃない。」

彼は少し考え込み、真剣な声で言った。「俺も同じ気がする。」

列車は闇を切り裂くように走り続け、私たちはそれぞれの心に新たな疑問を抱えながら、見えない未来へと向かっていた。
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