瞑走の終点

綾野つばさ

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四章

ゲス野郎

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ここに滞在させて貰って何日経過しただろう。
毎晩高級Uberで腹を満たし、時には俺が夕飯を作る。ソファで寝るのも卒業してレイの寝室のダブルベットで一緒に寝る所まで昇格した。それまで、数回レイを襲いたくなる衝動が出たものの、手出し出来なかった。
レイに嫌われたく無かったからだ。

栄養がある物を食べているせいか毎朝朝勃ちしてしまう。
始めの頃は隠していたが事件が起きた。
レイに見つかってしまったのだ。これは生理現象だし仕方が無い事だ。しかし、俺はシーツで隠そうとした。
レイは「見せて」と要求してくる。
嫌がる俺に馬乗りになり後ろ手に手錠を掛けられた。
ここまでされているのにいきり勃っている分身。脱がされていないがテントを張っている。独りで慰める事もしていない性なのか、期待からの性なのか、全く治らない。
そんな俺と俺Jr.を嘲笑う様に股ぐらからジーっと見つめている。
「やめて下さい」
「恥ずかしい」

「えー?男なんだから当たり前の事なのよ」
と。
レイが人差し指をテントの方へ伸ばす。
触られる!と思った時物凄く興奮した。
触らずヒョイっと指を引っ込めて
「触ると思った?残念でした」
と言い、俺の太ももに頭を置いて寝ている。
弄ばれているのか、放置なのかどちらでも良いが俺と体の関係を持つ気は無いらしい。
しかし、勃起が治らない。

朝6時だか、俺も眠りにつくことにした。

ここ数日間、レイと過ごしたが彼女は仕事に行かない。というか仕事をしていないのだろう。しかし、彼女の食事は高級Uberと高級フルーツで満たされている。資金は何処から出ているのだろうか。他人の財布事情に口を出すつもりは無いがそろそろ気になって来る。
しかも、居候1匹抱えているのだ。同じ食事を与え、フカフカの寝床も与えてくれている。
こんな女性を裏切る事は出来ない。

11時起床

レイは朝食の準備をしている。
どちらが早く起きようと、飯は一緒に食べるのが暗黙のルール。
最近は俺もキッチンへ行き手伝う。何気に手際良く調理する俺を見てレイが
「出来る子ちゃんね」
と頭を撫でてくれる。
何とも嬉しい気持ちになる。

今日は白米、納豆、瓶の中に入ってる海鮮。味噌汁。
2人、着席してどんぶりに装ったホカホカご飯に海鮮をドバっとぶっ掛ける。
「おー」と言い合いながら、瓶を空にする。
どんぶりの中は磯の香りで食欲をそそる。
俺達は、無言で平らげる。言わずとも分かるだろうが美味だ!2人満足感で暫く、椅子から立ち上がれない。腹を摩ったら少し太った事に気づく。
「この後散歩して来ていい?」
と聞くと
「行っておいで」
と返ってきた。
最近は外出も許されている。というか、レイが拒んだ事は無い。数十分したら俺も帰って来るからだろう。

この場所以外帰る所は無い

今日は自殺しようと思った公園へ行ってみた。縄は太い幹の下に綺麗に纏められて置かれていた。てっきり捨てられていると思っていたのに。
公園を過ぎ、入り組んだ住宅地をテクテク歩く。時々スレ違がうのは老人が多い。
過疎化の波を感じた。レイのアパートはこの辺のアパートの中で少し高台に建っていて建物自体大きいから目立つ。
だから迷わず帰る事が出来た。
「ただいま」と言い掛けた時、すすり泣く声が聞こえる。これも何度目だろう。
iPadでYouTubeのミュージックビデオを観ながらレイが泣いているのである。
いつも同じ曲を視聴しながら小声で泣いている。ミュージックの歌詞はとても切なくて少しだが暗記してしまった。

"君の名前はずっと忘れずにいたいよ
できたら繋いだ手の温もりも
どうして離れて忘れていかなきゃいけない
Perume'f love 香りだけ残して”

別れてからの気持ちを唄った曲なのだろう。
夜の仕事をしてから女と付き合った事が無かった俺には遠い話しだか、歌詞の気持ちが何となく伝わった。
寝室のドアが少し開いていた。覗いてみるとこちらに背を向けてベットにもたれ掛かっている。この曲にリンクする何かがあったのだろう。聞いて良いと思わなかったから敢えてシカトする。
その日から数日後、
「欲しい物があるから買い物行くよ」
と声をかけられた。今日のレイは張り切っている。
「何を買うの?」

「ハンガーと枕とアロマキャンドルそれと適当かな」

レイが運転する車に乗るのはこれで3回目。
運転は決して上手く無い。運転する時はメガネを掛け、ガムも噛みながら音楽のボリュームを上げる。運転前のルーティンらしい。
実は俺も免許を持っているがまだレイに話した事は無い。
車を走らせ四車線に合流すると一気に街に出た。都心と比べては行けないのだが、この街からすれば賑やかなのだろう。
20分程走らせ、大型の家庭用品全般量販店へ到着。店内へ入ると広い店内。コーナー別に商品が並んでいた。こういう量販店へ来るとテンションが上がってしまう。
カゴにどんどん物を入れるが、最初欲しい物以外の食器や小さな布製の収納ラックその他諸々でカゴの中は、満員御礼。カートを持ってきた。レイは買い物に夢中で、そんな俺の動きすら気づいていないらしい。「アッチも見たい」とレイは俺に腕を絡ませてきた。
側から見たら、同棲カップルの買い物に見えるだろう。
悪い気がしない。寧ろ楽しい。

大体欲しい物が揃ったらしく、会計をした。
3万8千円
かなり買ったもんな。財布から4万をポンと出すレイ。買い過ぎた...という雰囲気は感じられない所を見ると満足した買い物だったのだろう。
俺が居候して、必要になってしまった物も有れば、新たに買い替える物が出て来たのだろう。生活するとは消費する事。金が無いと貧乏人は暮らせないも言う事なのか。働かざる物食うべからずとは良く言ったものだ。
しかし、レイは働いて居ないが中流階級程度の生活を悠々自適に満喫している。この金銭的余裕は何処から来るのだろうか。
出口に向かい歩いていると、向こうからカップルが歩いて来た。背の高い男はサングラスを額に置いて、高級車のキーを指でグルグル回している。イキっていると直ぐわかる。ソイツはレイを見てとても驚いた顔をした。
え?
俺は、レイを見るとレイも気不味そうだ。
ソイツの女が「ペットのゲージコーナーってどっちだったかな」と野郎に聞いているが「んぅ~っと...へぇ?」と何と心此処に在らず的な返事をしている。レイとソイツが動揺するのを直ぐ察知した俺。ソイツの連れのアホそうな女は何も気付いていない様だ。
足取りが止まりつつあったレイの手を握り
「行こう」と声をかけた。
レイは、俯向きながら「うん」とわりと元気な声で歩き出す。野郎の視線を感じながら通り過ぎた辺りでジーンズの後ポッケに何か引っかかっている様な。レイは爆笑している。
何だよ!と思い、後ポッケを見るとハンガーーが引っかかっていた。ステンレス製ハンガーは袋の中で知恵の輪の様に絡まり俺にぶら下がっていた。先ほどの出来事を忘れるかの様にレイは笑ったのだろう。
「ちょっとこれどうなってるの?」
「取ってよ!」
懇願する俺。クスクス笑いながらハズそうとするレイ。
側から見たら仲良しカップルの悪ふざけだ。
ふと視線を感じ、目をやると野郎が突っ立って俺達を見ていた。俺は見せ付けてやろうと思い、レイの肩を少し抱き寄せ
「何だよコレ、どうなったらこうなるんだよ」
レイはハンガー知恵の輪と格闘しながら「何これ」とゲラゲラ笑っていた。
車に戻り、後を開け荷物をドサっと置く。
車に乗り込み、俺がシートベルトをしようと手を伸ばした時
「今日は外食しない?」とレイ

「いいよ。レイ様の言う通り」
と言うと
車にエンジンを掛けて走り出した。

蕎麦処竹善 老舗らしき蕎麦屋に到着。

正直、蕎麦を食べる事があまり無かった為蕎麦に対して興味が無いからそんなにそそられなかったのだ。
浴衣を着た女中さんが出迎えてくれた。
店内はテーブル席だが、レイは暖簾を潜って奥の方へ通される。常連なのだろうか。
後を着いて行くと日本家屋の階段が真っ直ぐ伸びている。靴を脱いで階段を登ると小分けされた座敷があり、その1つに通された。
座布団の上にレイがゆっくり正座したので俺も正座する。女中さんが熱い緑茶を持って来た。
「ご注文は後ほど」
と言い、そそくさ出て行った。
レイはお茶を一口飲み、
「さっきお店ですれ違った男いたでしょ?」
と男の話しを始めた
レイの話しをまとめると

レイは友達に頼まれて、住宅会社数社が集まってモデルルームを建てイベントがあった時、クッキングカーで軽食を売るアルバイトをした。
その時、買いに来た男に休憩時間話しかけられた。レイは美人だ。ひと目で声をかけられるのは初めてでは無かったので またか ぐらいしか思わなかったのだが、仕事が終わり、ルームの業者も帰って行きレイもキッチンカーの中を掃除して帰ろうとした時
「ウチ会社のルームを見ませんか?」と声を掛けられ、内見する事にした。
ショールームマジックにかかったレイ。そんな時男はレイに一目惚れした事を伝えたと言う。
悪い気がしなかったレイはLINEを交換してその日は別れたのだか、その時から数ヶ月間男と数回時間を過ごしてしまった。
しかし、夢見心地はどん底になったと言う。

男は金を貸して欲しいんです。
と懇願してきた。
始め、レイは断った。しかし、男の口車の方が上手だった「僕はレイさんにお金を返した後もお付き合いして行きたいし愛し合いたいです」と。
ここだけ聞くとこんな事でほだされるレイが負けだと思うのだが、必要とされている事と男の事を好きになっていたのだろう。
20万という大金を貸してしまった。
それから、音信不通になりLINEもブロックされ月日が経ってしまった。
もうお分かりだろう、先程のいけすかない野郎とそれ以来衝撃偶然な出会いだったのだ。
「働いてる場所も分かるんだし、返して貰おうと思わなかったの?」
と聞くと、
「向こうから返すと言って来るのを待っていた」
と。
そんな粕みたいな事をされたのに男を信じたかったのだろう。本気で愛していたから。
何だか、レイの気持ちが居た堪れなくなった。
「もしかして、独りで視聴してる曲ってあの男の事を思い出して?」
と聞いてみた。正直、聞いてはいけなかった事かもしれない。だが、金と気持ちを持ち逃げされても尚待ち続けているレイの呪縛を解きたかったのだ。

「失礼します、お決まりですか?
女中さんが来てしまったが俺は何も決めていなかった。

レイが
「天ざる中盛り1、天ざる大盛り1」
決まっていたかの様に声を発する。

「はい、お待ち下さいね」
と女中さんは出ていった。

俺達は黙ってしまった。
レイが頭を両手で抱え、
「馬鹿だった。もう会いたく無かった」
「でもね、アイツの顔と一緒に居た女をみたら 勝った って思えたの。もういい。お金だって物乞いに恵んだと思う事にするから」
と。
レイの気持ちを理解出来なかった。
だが、本人の中で整理が出来たのなら掘り起こさなくても良いだろう。
間も無くして、天ざるが来た。

2人同じタイミングで
「頂きます」

蕎麦を箸ですくいとり、茶碗にチョチョッと入れズズッと啜る。
コシがある、濃い蕎麦の風味だった。
さっきまでのモヤモヤを蕎麦の風味と啜る音で掻き消そうとしているみたいだった。
旨い物を食べている時に煙たい話しをするのは野暮てんだ。
俺は大盛り天ぷらをペロリと平らげたが、レイはゆっくり食べている。
レイは何を食べてもスローなのである。
彼女には自分時間があるんだと分かってきた。その時間は誰にも妨げてはいけない。彼女の歩幅の様な物。

会計を席で済ませて、女中に後ろ姿を見送られながら車に向けて歩く。

俺はレイの手を握った。
切ない女の部分を垣間見た気がしたから
レイから握り返してくれた。

駐車場を出てアパートまでそれ程遠くなかった。

窓を閉じた部屋は蒸し暑く、2人で至る所の窓を開ける。自然の風が涼やかである。
一昨日カーテンレールに取り付けた南部風鈴が良い音色をさせている。

レイは謎が多い女だが、最大の謎がある。
旦那の事だ。
聞く機会と話し出す事が出来なくて
今晩辺り、聞いてみようかな

今はソファで俺の肩に頭をちょこんと乗せてTVを観ている。
最近このスタイルが当たり前になっていた。
レイは俺のうなじの髪をちょっと摘むのが好きみたいだ。されるがままでいい。
俺はレイのペットなのだから。

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