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うろこ道

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第一章 目覚め

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「あ、あたし……?」
「馬鹿、ちげえよ。――これが麻矢だ」
 美月は改めて映像を見やる。小さく吐いた息が震えた。
(彼女が、わたしの娘……)
 二十歳くらいだろうか。うなじと鎖骨のラインがすっきりとしていて、自分よりもずっと大人びている。――ものすごく不思議な感じがした。
 そして、自分と瓜二つの顔をしているのに、鏡で見る自分とはずいぶんと印象が違うように感じた。鋭く、ひどく硬質な感じがする。
「……麻矢、俺に似てねえだろ」
「え?」
 男の映像を見つめる目はひどく険しく、殺気立っていた。
「ほんとに俺の子かってな、いつも思ってた。美月あいつならやりかねないしな」
 美月はぽかんとした。――麻矢は竹流に似ていないというより、ただ美月の方にそっくりなのである。
 それに、よくよく見ればまなじりの鋭さや閉じた口元の感じなど――全体的な雰囲気が男によく似ているように思えた。
「顔は――母親似かもしれないけど……。でもほら見て、耳の形。あなたそっくりじゃない?」
 男は思わぬことを言われたように美月を見やると、すぐさま立体映像に目を移した。
「髪の色も、わたしより明るいみたい」
「……髪と目の色は、色を弄る前の俺とおんなじなんだ」
「なら、あなたにだって似てるんじゃないかな」
(といっても自分のほうにかなり似ていることは間違いないけど――)
 男はこらえるようにぐっと唇を引き結んだ。男が泣き出すんじゃないかと思って、美月はそわそわと落ち着きをなくす。
 その時、不意に別の人間が映像にあらわれた。
 それは目の前の男だった。男の髪と目は黒かったが、歳は今と変わらないようにみえた。
 画像の中で、男が麻矢に話しかけたようだった。麻矢は振り向きもせず窓辺を見つめている。その顔はひどく冷淡で、自分と同じ顔をしているのに、まったくの別人のようだった。
 映像の男がぐっと唇を引き結んだところで、忽然と立体映像は消えた。――男がとつぜん掌を握りこんだのだった。
 男は、映像の最後で見せたそのままの厳しい表情を浮かべていた。
 美月は思わず大きく息を吐いた。心臓がどくどくと鳴っている。
「……これは四十年前の映像だ。この四年後、麻矢は死んだ。美月の家系の女は代々短命でな、ババアだって四十五までしか生きれなかった。美月なんて……三十二歳で死んじまったんだぜ? 若すぎるだろ、くそっ……。俺が治してやるって言ったのに、頑なに拒否しやがって、寿命に任せて死んだんだ。俺の治療を受ければ若いまま長生きできたのに」
「短命とわかっていて、結婚したの?」
「遺伝子治療を受けりゃあ長生きさせてやれたんだ。なのにあいつはなあ、俺と共に暮らすなら一秒でも早く死んだほうがましだって――。そんなの許すものか。俺がどれだけの代償を払って結婚までこぎつけたと思ってやがる」
 男はぎり、と歯を食いしばった。
「医療不同意とかいうくそったれの法律のせいで施術できなかったんだ。あの小賢しい弟が本人の意思を尊重すべきとか言いやがって……。それでも俺は美月に手術をするつもりだった。無理にでもな。したら賢吾の野郎、殺人未遂だか傷害未遂だか難癖つけやがって美月を俺から引き離しやがった。もともとそれが狙いだったんだ。賢吾あいつはどうかしてる。俺から引き離すためだけに、美月の延命を拒んだんだぜ。美月に生きていてほしくないのかよ!? そのせいで俺は――」
 男の目に暗いものがよぎった。
「最後の時、一緒にいれなかったんだ……」
 その声は底冷えするほどに暗かった。
 ――後悔しているのだ。救うすべがありながらも、みすみす死なせてしまったことを。
「……だから、わたしを蘇らせたの……?」
 男は我に返ったように顔を上げた。
「違う! 俺は――復讐のために美月を甦らせたんだ。美月はひどい女で、散々痛い目に遭わされた。この俺がだぜ? なのにやり返す前に死んじまいやがって。その代償はお前が償うんだ。美月あいつのかわりにお前に復讐してやる。そのためにお前を造ったんだからな。美月あいつには、できなかったから――」
 怒りに燃えた目。それがなぜか泣き出しそうに見えて、美月は胸が締め付けられた。
 男は麻矢のフィルム番号をすっと口に出していた。覚えていたのだ。きっと、何度も何度も観たのだろう。あのフィルムだけでなく、美月の映像も――。
「わたし……自分が十七歳で蘇った理由がわかった気がするわ」
「だからそれは――俺に関する記憶を全部消したかったからだろ」
「違うわ。よ」
 思わぬことを言われたように、男は美月を見た。
「あなたがわたしを設定したって言ってたじゃない。竹流あなた自身が、美月わたしと一からやり直したい――そう、わたしはあなたと出会う前の姿で蘇ったんだわ。ならやりなおしましょうよ。ね? わたしたち、あと百年も一緒にいるんでしょ? オリジナルの美月さんと過ごした時間の何倍も長い時間だもの。やり直すにはじゅうぶんだわ。だから――これからよろしくお願いします。竹流さん」
 男の赤く鋭い瞳は変わらず息を飲むほどに恐ろしかったけれど、美月はそれをまっすぐに見つめて、にっこりと笑ってみせた。
「そうか。――おまえはだったな」
 不意に男の顔が泣き出しそうに歪み――ぱっと俯いた。
 どきりと胸が鳴った。こんなふうに項垂うなだれて、あからさまに傷ついている大人の男性を見るのは初めてだった。
 おそるおそる、肩に手を置いてみた。
 何も言われなかったから、背をそっと撫でてみた。
「……やめろ。美月はそんなことしない」
 そう言いながらも男は身じろぎ一つせず、されるがままになっている。
(――ああそうか。わたしはこの人の傷を癒すために、この時代に生まれてきたんだ)
 すべてがすとんと腑に落ちた気がした。
 目覚めて初めて、美月は気持ちが落ち着いたのだった。
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