上 下
23 / 40

仕事の内容

しおりを挟む
それから数日後。
なんとか引っ越しをすませたミルとローグは、城の次期王である第二王子の部屋の前に立った。

「ふう……緊張する」

ミルは緊張して手を握りながら、小さな声で呟いた。
城に入ることは簡単だったが、それとは別に王子に会うのは一苦労だった。
まず、王子に面会を申請。それが通ったら時間を指定され、その時間に向かう。
王子に来いと言われていたから、すぐに返事は来たが指定された時間に行くとまず危険な物を持っていないか検査され色々質問された後、やっと従者に案内されて部屋の前まで来れた。

「まだかな……」

今は、従者が王子に客が来たと知らせに行っていて待たされている。無いとは思うが、運が悪いと、取りやめということもあり得る。
まあ、次期王に会うのだ、仕方がない。
ここに来るためになんとか仕立てた服に変なところはないか確認して髪型も整える。
きちんとした恰好は慣れなくて余計に緊張する。第二王子に会うのは中庭で薬を買ってくれた時以来だ。

”大丈夫。ミル、基本的には俺がしゃべるから”

頭の中でローグが話しかけてきた。
実は以前、猫の状態でも話せないかと話していたが、少し訓練したら出来るようになった。とは言え、まだ簡単な言葉しか伝えられないが。
ローグは今大人しくミルの肩に乗っている。
その言葉でミルは少し落ち着いた。

「ありがとうございます。大丈夫です」

そんな風に、しばらく待っていたら従者がドアを開けて言った。

「殿下が入ってよいと、ついてきて下さい」
「はい」

ミルは緊張しながらついて行く。
最初に案内されたのは比較的小さな部屋で、こんなもんなのかと拍子抜けしていたら、そこは客が待つための部屋だった。
そのまま、王子がいる部屋まで通り抜けてさらに大きな部屋に通される。
どうやらやっと王子の部屋に辿り着くことが出来たようだ。
重厚な机に触ることも怖くなるくらい綺麗で精工に作られた調度品が並んでいた。
顔が写りそうにぴかぴかの床にはふかふかの絨毯が敷かれている。
当たり前なのだろうが、実際に目の前にすると圧倒されてしまう。

「よく来てくれた」

王子は直前まで何か書類を書いていた。随分忙しそうだ、ミル達が来たと分かると顔を上げた。その後従者を下がらせた。
部屋で二人っきりになった。正確に言うと二人と一匹だが。
早速ミルはローグを人間に戻した。煙が立ち上がり、人間のローグが現れる。

「お久しぶりです兄上。おそくなってしまいすいません」
「……前置きはいい。早速、仕事について説明する」
「は、はい」

第一王子はローグが人間になっても顔色一つ変えず、硬い表情で言った。まあ、ついこの間、見ただろうからそんなものかもしれない。
それにしても落ち着きすぎではあるが。
ミルは改めて緊張してくる。流石ローグと兄弟なだけあって王子もとても整った顔をしている。しかも、その厳格な態度は迫力があって圧倒されてしまった。
取り敢えずミルは目立たないように、できるだけ邪魔にならないように一歩引く。

「以前にも言ったが、王を殺した犯人を探して欲しい。それは分かっているな?」
「はい」
「よし、まずは王が殺されていた時の具体的な状況を説明する……」

そう言って王子は殺人が起こった当時に何があったか話し始めた。

王が死んでいるのが見つかったのは昼に近かったそうだ。最近王は体調が悪く、部屋の中に籠っていることの方が多かった。だから朝起きるのが遅いのはいつもの事だったそうだ。
そして、小さな物音でも王は嫌がったので、人を部屋に入れなかった。
だから、王が起きるまで従僕は部屋の外で待機していて、王が起きてベッドサイドにあるベルを鳴らすまで待っていた。

「そのせいで、発見するのが遅くなったのだ」

流石に遅いと思った従僕が静かに部屋に入ったら、王は鋭利なナイフで胸をめった刺しにされていたのが見つかった。

「当然、騒ぎになった。俺はすぐに、部屋に誰も出入り出来ないようにして、信用できる物だけで不審な人物や物がないか捜索した。……しかし、何も見つからず。すぐに事件を聞いた母上が最後に部屋から出たローグが犯人だと騒ぎ出した」

第一王子は険しい顔で言った。

「それだけで疑われたんですか?」
「俺も、流石にそれだけで判断できないと思った。しかし、すぐその後に妖魔の退治に行っていたお前が不可解な状況で行方不明になったと知らせが来た」

なるほど、その状況ではローグが疑われてしまうのもわかる。まるで図られたように事が進んでいたのだ。

「そう言えば、俺がその時何があったか話しましたが、そっちらにはどう知らされていたんですか?その後はどうなったのですか?」

猫にされてしまった後、残っていた兵に何があったのか。現れた妖魔は一体何だったのか。ローグは知らない。

「討伐を終えた本隊が戻ってきたら、後方で待機していたお前を含む隊が全滅していたと聞いた。兵の死体は残っていたのに、お前だけ遺体がなく馬もいなくなっていた。明らかに怪しい状況だという報告だった」
「なるほど。それだけ見ると兵を殺し逃亡したようにも見えますね」

妖魔の事が報告されてなかったり、馬がいなくなっていることを考えると。ローグを猫にした奴が、後からなにか工作したのだろう。

「そうだ。そして否定する材料もなく、お前が犯人という説が確定したかのように広まった。一応確定はせず調査は続けていたが……城ではお前が犯人と確定した空気が流れてしまった」

そう言って第一王子は眉をさらに顰める。

「まあ、俺でもその状況なら疑うでしょうね。そもそも、あの部屋は限られた人間しか出入り出来ないですし。他になにか分かったことはありますか?」
「ああ、父上の死因も調べた。寝ていたところを刺されたのが原因のようだ。抵抗したあともなかった。元々身体も弱っていたしあっという間だったろう。刺し傷は20箇所以上あった」

王子は少し俯いて言った。その状況を思い出したのだろうか。聞くだけでも壮絶な状況だ。しかもそれは父親だ。

「……そんなに?犯人は何か恨みでもあったんでしょうか?」
「さあ、それは分からない。しかし、強い恨みは感じるな。……だから、俺もお前が殺したという説を否定出来なかったんだが……」
「なんで、俺が……」

王子はローグから視線を逸らしながら言った。ローグは驚いたように言ったが、どういう意味なのか分かったのか、苦しそうな表情で俯くと続けて言う。

「俺は、……しません。いくらなんでもそんな事……」

第一王子は黙ってその様子を見ている。

「あ、あの……」

重苦しい空気のなかでミルがおずおずとそう言った。

「ああ、ミルすまない……話がそれたな」

ローグは我にかえる。

「い、いえ。私こそすいません」
「何か、気になることでもあったか?」
「あの……このお城には隠し通路があるんですよね。だったら、王の部屋にもありますか?」
「あ……そうか、その道を使えば……」

ローグはハッと気が付いて言った。

「兄上、その道は調べましたか?」
「いや、ローグがその道を使って現れるまでその存在自体忘れていた……」

王子も思い出したように言った。

「じゃあ、そこを調べてみればなにか残っているかも」
「そうだな。ローグが違うとなるとその可能性が高い。後で調べておいてくれないか」
「分かりました。猫の状態だったら簡単ですし、すぐに調べます」

やっと捜査の糸口が見えて、ローグは強く頷いた。

「頼む。それから、王の部屋を見張っていた者にも話は聞いたが物音はなにも聞いていないそうだ。まあ、王は小さな物音も気になって眠れなかったので部屋には人を入れなかった」
「そうですね。多少の声や物音なら聞こえないでしょうね。その状況であるなら、おそらく眠っている時に襲われて声を出す暇もなく殺されたか、叫んでいたかもしれないが聞こえなかったんでしょうね」
「ああ、どうやらクッションかなにかで押さえられていたようだ。顔にだけ血が飛び散っていなかった」

その光景は、簡単に想像できてしまう。そしておぞましい。

「なるほど。それなら余計に声など聞こえなかったでしょうね」
「そのかわりシーツには血がべったりついていた。おそらく殺した者はそれで血を防いだのだろう」
「それで、最後に出入りした俺が疑われでも誰も疑問に思わなかったんですね」

ローグは眉をひそめながら言った。王子は黙って頷く。

「分かっていることはこれくらいだ。なにか質問はあるか?」
「……いえ、今のところは。そうだ、ミルはなにかあるか」
「え?い、いえ私もなにも……」

邪魔にならないように声を顰めていたミルは、急に話しかけられて慌てて言った。

「そうか、それでは。捜査の方を頼む。渡しておいたメダルがあれば城の中をある程度自由に動けるはずだ。くれぐれも俺の指示で捜査していることは悟られないように」
「はい、分かっています」
「悪いな……」

第一王子は少し気まずそうに言った。

「い、いえ。兄上は忙しいでしょうから当然です。戴冠式ももうすぐですよね」
「ああ、しばらくその準備で手が離せそうにないんだ」
「分かりました」

ローグはそう言って恭しくお辞儀をした。ミルも慌ててお辞儀をした。
しかし、ミルは何か思い出して慌てて言った。

「あ、そうだ。で、殿下。一つお願いしたい事があるのですが……」
「なんだ?言ってみろ」
「あ、ありがとうございます。あの、可能であればこの城にある大書庫で禁書と言われる本を読みたいのですが……」

大書庫とはこの城にあり、国中の貴重な本を集めた書庫だ。当然禁じられた魔術についての本もあって、ローグを猫に変えた魔法についての書物もあるはずだ。
学生の頃はもとより一般人のミルにはそれを読むことは出来ない。
しかし、王の許可があれば閲覧は可能だ。

「ああ、ローグに掛けられた魔法の事を調べたいのか」

王子はチラリとローグを見て頷いた。

「直す事は無理かもしれませんが、なにか分かるかもしれません」
「いいだろう。ミルの薬はよく効いた、優秀のようだから有効に使えるだろう」
「あ、ありがとうございます」

早速王子が何か書類を書きはじめた。おそらく許可書のようなものだろう。
そんな事をしていたら、時間が経ったのかローグが猫に戻った。

「これを持って行けば見れるだろう。いうまでも無いが書庫にある本は持ち出し厳禁だ」
「しょ、承知しております。ありがとうございます。感謝いたします」
「かまわん。次に機会があれば、またあのよく眠れる香を頼む」

王子は許可書を渡しながら言った。

「は、はい。あれはまだ在庫がありますのですぐに送らせます」

本当に使ってくれたんだと嬉しく思いながらミルはまた恭しくお辞儀をして、許可書を受け取った。
そうして、ローグを肩に乗せて部屋から出た。
しおりを挟む

処理中です...