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歪んだ欲

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「ウニャア!ニャニャニャ!」

捕まった俺は、袋の中で必死に暴れる。最初に捕まった時も暴れて、なんとかなった。今回もなんとかそれに掛けるために力の限り暴れた。

(一体、何があったんだ。こいつはどうやって部屋に入った……それに一体何がしたいんだ……)

ミルの仕事部屋には隠し通路はないはずなのだ。

(取り敢えずなんとか逃げなければ)

それに魔法省のように無理矢理隠し通路に穴をあけたりも出来るほど、隠し通路が接近して作られていたりもしない。

(くそっ、袋が頑丈でどうにもできない)

力いっぱい袋を引っ掻いたがどうにもならない。むしろ、爪が折れてしまいそうだ。
しばらくすると袋がどこかに置かれ鷹と思うと、俺を連れ去った奴が袋に手を突っ込んで俺を掴んだ。
俺はここでも暴れたが、相手も流石に対策をしていて分厚い皮の手袋をしていた。
硬い皮には爪も牙も歯が立たない。

「暴れるな。もう逃げられないんだから諦めろ」

俺を掴んだ男はそう言うと、乱暴に俺を何か小さな籠に入れた。
そこは薄暗い部屋だったが、周りはよく見える。

「やっと捕まえましたよ。殿下、お待たせしました」

その言葉に俺は驚いて、そちらを見て固まる。

「兄上お久ぶりです。はは、本当に猫になったんですね。随分可愛らしくなって」

そこにいたのは弟のアレフだった。いつも見せるニヤついた表情でこちらを見ている。

「本当に殺さなくていいんですか?」

俺を捕まえた男がそう言った。そうしてかぶっていたローブを外した。その顔はよく知った顔だった。
昨日も見たところだ。
その男は魔法省の局長、フェイだった。

「ダメだって言っただろう。っていうか私は最初から生かして連れて来いって言っていたのに、なんで殺そうとするんだ」
「申し訳ありません。逃げられそうだったので止む追えず……」

フェイは今まで見たことがないくらい冷たい表情で言った。もしかしたら、本来はこういう奴なのかもしれない。

「ふん、まあいい。最終的にここに連れて来たことは褒めてやる」

アレフはニヤリと笑う。そして、俺を舐めまわすように見る。
何だか分からないがぞっとして、俺は籠の中から逃げられないと分かっていても後ずさった。

「それにしても、不思議だ。最初の時も昨日も確実に死んだと思ったが……」

フェイは何か訝しぶるようにこちらを見て言った。傷が治っているのを訝しんでいるのだろう。

「そんなことどうでもいい。それより、早く人間の姿にもどしてくれ」

アレフはそんな事どうでもいいようで、フェイをせかすように言った。
フェイは眉を顰める。

「殿下、以前も言いましたが、それは危険です。そもそも、このまま生かしておくのも危ないというのに……」
「うるさい!私に逆らうな!いずれこの国は私の物になるんだろ?そうなれば何したっていいんだ」

アレフは突然激高して言った。そうだった、アレフはこういうやつなのだ。何を考えているか分からないところはあるが我儘で短絡的、自分の願望が満たされることしか関心がない。

「分かりました。でも、絶対に逃げられないようにしてくださいよ。手錠は勿論足枷も付けてください」
「お前は心配しすぎだ。この場所を知っている人間はそもそもいない、こんな所にローグがいるなんて誰も思わないだろ。だから早くしろ」

アレフが呆れたように言うと、局長は相変わらず眉をひそめたままだが檻に入れた俺をまた出すと、何か瓶を取り出し中の液体を俺にかけ、呪文を唱えた。
するとあっという間に人間に戻った。
人間に戻るために、色々調べていたのにあっさり人間に戻れた。ということは、猫になる薬を作ったのはフェイだったようだ。
俺は唖然としていて、すぐに手錠をつけられて身動きがとれなくなる。

「アレフ。な、なんでこんな事を……」

俺はアレフを睨み、言った。

「それにこの国は私の物になるって……なんの事だ……」
「言葉通りの意味だよ、兄上。ああ、今日から兄上も私の物になったんだ。兄上なんて思ってもない呼び方なんてしなくてよくなったんだな」

そう言ってアレフは俺の頬を撫でた。
その触り方や目線がなぜかとても不快で、おぞましくて震えが止まらなくなった。

**********

”ロ……さ……ローグ様、ローグ様……聞こえますか……”

突然、頭の中に響いた言葉に、俺はハッと目を開いた。
俺は誰もいない部屋のベッドで横たわっていた。手と足は壁に鎖で繋がれている。
あの後、俺はこの部屋に連れてこられて閉じ込められた。
ただ幸いな事に連れてこられた部屋は薄暗いもののベッドや調度品は高価な家具が揃えられていて不便はない。今、寝ていたベッドもふかふかで絹のシーツがかかっていた。
しかし、アレフが何をしたいのか分からなくて逆に気味が悪い

”ミルか?近くにいるのか?”
”!!っローグ様!やっと繋がった”

捕まって、この部屋に入れられて一人になった時、俺はすぐにミルに呼びかけた。
しかし、遠すぎたのか何か他の理由があるのか分からないがミルには届かなかった。
でも何となくだが気配は感じられていたし、俺が生きているということはミルは死んではいないのは分かっていた。
だから、それに関しては心配していなかった。
しかし、あの二人がこの後どう出るのか分からない。どうするべきかと思い悩んでいるうちに、眠ってしまって今に至るのだ。

”ミル、あれから何があった?捕まった時、叫び声が聞こえたが大丈夫か?”
”それに関しては大丈夫です。護衛の方がすぐに来て、そのせいかそちらの気を逸らすためなのか突き飛ばされたんです。それで、すぐに第一王子にに知らせたんですけど……ローグの事はこちらでどうにかするから、安全な場所にいろと言われて……”

ミルの申し訳なさそうな感情がこちらに流れて来る。

”もしかして、城にはいないのか?”

場所が離れると言葉は伝えにくくなる。声が聞こえなかったのは遠くに行っていたからと思ったのだ。

”丁度近くにロストがいた事もあって、ロストの家の方が安全だという事になって、行くことになったんです……”
”そうか、なににせよ無事で良かった……”

怪我は無いようだしホッとしたが、ロストの家にいると聞いて少し複雑な気持ちになった。
とは言え今はそんな事を言っている場合ではない。
犯人は分かっている。兄上がそう命令したならそう危険はないだろう

”でもロストの家だと遠すぎてローグ様の気配も感じ取れなくて……居ても立っても居られなくて探しに来てしまいました”

ホッとしたのもつかの間、その言葉に驚く。

”ちょっとまて、今はどこにいるんだ?”
”ええと……王城に……”

ミルは言いにくそうに言った。俺は呆れる。
王城には確実に弟のアレフと局長がいる。今は大丈夫でも、鉢合わせでもしたら大変だ。

”そ、それより、ローグ様の方は大丈夫ですか?気配を探るかぎりは生きているのは分かったんですがそれ以外は分からなくて……”

ミルは俺が呆れているのが分かったのか、慌てて話題を変えてそう聞いてきた。
仕方がない、出てきてしまったのならしょうがない。
それよりも情報を交換してきちんと対処させた方がいいだろう。
俺は手早く何があったのかミルに説明した。

”アレフ殿下とフェイ局長が……”

説明すると、ミルは唖然としたように呟いた。

”俺も驚いた。まさかあの二人が繋がっていて、こんな事をするなんて思わなかった……”

しかも国が私の物になるとか言い始めていた……。
具体的に、何をするつもりなのか分からないが、碌な事ではないのはわかる。

”局長はどういった動機でこんなことを……っていうか第一王子が犯人に目途が立っているって仰っていたけど。どこまで知っておられるんでしょうか?”
”それは俺も分からない……知っていて自分でどうにかするつもりなのか……”

国を手に入れるとなると、一番に思い付くのは兄上を殺すことだ。第一王子が死ぬと、王族で王の息子であるアレフが次の王位継承者になる。
順番的には俺だが母親は地位の低いし、今は王を殺して逃亡していると思われているので自動的にアレフになるだろう。
兄上の周りには常に護衛がいるし、そうでなくても誰かはいる。そうそう殺されたりはしないだろうが、親族であればましてや弟なら不用意に近づくことは不自然ではない。

”それにしても、なんで殿下は誰が犯人が分かっているのに、追求されたり捕まえたりされないのでしょうか?”
”おそらく、誰かは分かっていてもはっきりした証拠がない所為だろう。流石にそれがないと王族を、しかも弟を捕まえるにはそれなりの理由がいる。それか何かタイミングを計っているか……”

王が死んだ今、兄上は実質的に王と認識されているが正式にはまだ就任していない。だから正式に任命されるまで待っているのかもしれない。
正式に王になれば多少の無理も通るようになる。捕まえたり罪を問う事は出来ないかもしれないが遠ざけることくらいは出来るだろう。

”なるほど……それでも、向こうの出方次第では危険ですよね……局長は誰もいないはずの場所に現れたりできますし……”
”そうだな……油断は出来ない……”
”そう言えば、ローグ様は今どこにおられるんですか?具体的な場所は分からなくてもヒントさえあれば辿り着けるかもしれません”
”何を言ってる、危険だ”
”でもこのままでは……”

ミルが懸念するのも分かる。ミルに何かあったら俺も道ずれになる。
しかし、そうなると兄上がどうにかなってしまったら何も対処が出来なくなるし、アレフにされるがままになってしまう。

”そうだな……しかし、どうするか”
”術者と使役者は意識すれば場所が分かります。近くなれば近くなるほど気配は正確に感知出来るようになるはず……なので、取り敢えず手当たりしだい動いてみるしかないかと……”

原始的だがそれしかなさそうだ。俺が運ばれた時間を考えるとおそらくそんなに遠くまで運ばれてはいない。ミルは今城にいると言っていたから、俺がいるところが城のどこかなのは確かだ。
俺はぐるりと周りを見渡す。
部屋はさっき言った通りわりと豪華な家具や調度品がならんでいて、灯りがあるので結構明るい。
しかし、よく観察すると窓がない、壁は全て石造りで寒々しい。

”すまない、ここは窓がなくてヒントになるような事も言えない”
”そうですか……窓がないと言うことは地下か倉庫があるような建物でしょうか……あ、そうだ音はどうですか?何か聞こえませんか?」
”音?……いや……かなり静かだ。何も聞こえない”

”何も聞こえないんですね。じゃあ、地下辺りを中心に調べてみますね”

ミルはやはり俺を探すつもりのようだ。しかし、今自由に動けるのはミルしかいないのも確かではある。

”……わかった、気を付けろ”
”はい”
”あと、できればでいいんだが何か俺が着れそうな服があれば持ってきてくれないか?勿論俺を見つけたらでいいから”
”え?何かあったんですか?”

ミルは不思議そうに聞いてきた。

”じ、実は着ていた服を取られてしまって……外に出られない格好なんだ……”
”ええ?簡単に逃げられないような対策でしょうか?わかりました、それも探しておきます”
”すまない”
”じゃあ、また何かあったら話しかけて下さい”

そうして、ミルとの会話は一旦終わった。
俺はため息をついた。実はミルに言っていないことがある。服を取られてしまったのは本当だ。
ここに連れてこられた後、手錠と足枷で動けないことをいいことに脱がされた。
しかも、舐めまわすように見られ、そして違う服を着させられてしまった。
俺はまたため息を吐いた。
自分の姿を見下ろす。
その着させられた服はどう見ても女物の服なのだ。しかも、着ている意味があるのかというほど布地が少なくて薄地なもの。
アレフが何がしたいのか本当に分からない。
その後アレフはなにか用事があるとかでどこかに行ってしまって、真相は分からないままだ。

「なんで、こんなわざわざこんな事するんだ……」

俺はベッドにかけられているシーツを引き寄せて身体に巻きつける。最悪、このシーツを巻き付けて出るしかない。
俺は自分を抱きしめるように腕を回す。アレフの俺を見る目を思い出した。
あのねっとりとした目は覚えがあった。王に夜、呼び出された時のあの目と同じだった。
また、身体が震える。服を脱がされた時も恐ろしくてなにもできなかった。
ミルがここに来ることは危険なのに止められなかったのは、これもあったのだ。早くここから出たい、何も抵抗が出来ない状態で、またアレフが戻ってくると思うと恐ろしかった。

思い出す、アレフはここを出る時『次、来る時は完全に私の物にするから』と言ったのだ。
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