僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

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清蟹の恩返し

7月16日未明


「蟹が高名こうみょうな神様ではないかと申すか?」

松姫ちゃんは時代劇の動画から目を離さずに答えた。今夜は『桃太郎侍』に熱中している。

「そうじゃないの?だって、天狗があんなに敬ってるってことは、そういうことでしょ?」

僕の言葉に「よく知らぬ」と返した松姫ちゃんは、色鉛筆で障子紙に落書きをしている清蟹くんをチラッと見た。

「妾が知っておるのは、文代から聞いたこの地の民話だけじゃ」

「民話って、昔話?」

「言い伝えられた昔の出来事じゃ。大希は聞いたことないのか?」

「僕は、ここで育っていないから。それに父さんは忙しくて帰省もほとんどしなかったし」

ふぅっとため息をついてパソコンの画面から顔を上げた松姫ちゃんは、こっちに向き合った。

「仕方ない。文代から聞いた民話でよければ、妾が教えてやろう。しかし、詳しくは本人に聞くのじゃぞ」

「かしこまりました。姫様」

深々と頭を下げた僕にちょっと満足げに微笑んだ松姫ちゃんは、清蟹くんの昔話を語りはじめた。

「ずっとずっと昔、この集落にとても信心深い庄屋さんがいたそうじゃ」

彼は神仏を熱心に信仰し、人や獣、さらに物の怪にも情けをかける人物でみんなに慕われていた。家族は愛娘が一人だけ。奥方は流行病で亡くなっていた。

「ある日、庄屋は川の深みから抜け出せぬ一匹の沢蟹を助けたのじゃ。小さな沢蟹は、いつかこの恩を返すと誓い去ったそうじゃ」

「それってもしかして、清蟹くん?」

「黙って聞け」

数年後、娘を嫁に欲しいという他所から若者がやって来た。けれど、庄屋は直感で彼はしきモノだと見破り、隙を見て娘を逃がした。

其奴そやつたちの悪い物の怪でな、器量好しの娘を我が物にしようと幼い頃より目をつけていたという。要求が通らぬと悟った物の怪は正体をさらし、里を荒らして回ったのじゃ」

娘を渡さなければ、里を潰すと脅した。娘を差し出せば皆は助かるが、生け贄になる我が子が不憫で決心がつかない。

そんな困り果てた庄屋の前に、救世主が登場した。

「恩人の危機を知り駆けつけた沢蟹じゃった。されど、ただの沢蟹のままではなかった」

庄屋の菩提寺で御仏みほとけに祈願し、敵を討つための霊力を授かった勇ましい武者の姿だった。そして破壊の限りを尽くす恐ろしい物の怪に、たった一人で立ち向かい、見事討ち取って果てていった。

「庄屋をはじめ集落の者たちは、里のために命を賭して戦って死んだ蟹を手厚く供養してやろうと、川の淵に祠を建て祀ったのじゃ。これが清蟹伝説じゃよ」

「神様として祀ったことで、ずっと集落を見守り続けているんだね」

「今では昭夫と文代以外、詣でる者はおらぬがな」

「きっと、妖怪たちもその武功を知ってるんだよね。だから天狗もあんな態度だったんだ」

「妾はこの姿しか知らぬが、文代の話では、端整な顔立ちの若武者だったと伝わっておるそうじゃぞ。あのちんちくりんが権現じゃとう気づいたものじゃ」

この気弱で小さい男の子が、かつて美しく勇ましい武者だった・・・
ごめんなさい。全然想像できない。

「お二方、何を話しておられるか?面白きお伽噺とぎばなしならば、我も聞きとうござる」

利発そうなキリッとした顔立ちはその面影があるのだろうか。霊力が弱まったコンプレックスがなければ、もっと物怖じしない勇敢さが今でも残っていたのだろうか。

「今度、清蟹くんをモデルになにか創作してみようかな」

「もでる?」

「ううん。なんでもないよ。上手に描けてるね、見せて」

古い絵本を模写した絵を恥ずかしそうに見せる愛らしい軍神を膝に乗せて、彼の本当の姿を想像して夜を過ごした。

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