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欠けた夜月
7月23日未明
「やかましい。早う、其奴らを他所へ移せ」
祖父ちゃんのタンスから引っぱり出してきた手ぬぐいで、泥棒みたいにほっかむりをしている松姫ちゃんは、座布団の上に乗っかって渋い面で命を下した。
「そんな言い方はひどくない?松姫ちゃんが欲しいっていうから苦労して捕まえてきたカブトムシんじゃん」
「今は邪魔じゃ!その虫どもはガチャガチャうるさくてたまらん!煩わしゅうて、まったく話が入ってこぬのじゃ!」
今夜の時代劇は『女ねずみ小僧』、彼女はその主人公と同じコスプレをしてふんぞり返っている。
あんなに熱中していたカブトムシ相撲は、たった一晩で飽きてしまった。松姫親方の力士が連戦連勝で、面白みがないというのが理由だ。でもね、そんなの接待相撲に決まってるでしょ。
「負けそうになると駄々をこねたり妨害しようとするんだもん、勝たせるしかないじゃん」
夜行性本来の活動状態に入ったカブトムシの軍団は、即席で作ったペットボトル製のケージを内側から破壊しかねないカオス状態だった。
いっそこのまま全員逃がしちゃおうかな。
「でも、ちょっともったいないような・・・」
もしかして天然カブトムシってことで売れたりする?養殖とは違う、大きくて生命力ハンパないオスのカブトムシなら、1匹いくらで売れるだろう・・・
「あ、見られてる・・・?」
そんな卑しいことを考えている僕を、松姫ちゃんの足元にちょこんと座っている2匹の白狐がじっと見ていた。
「あはは。ちゃんとお世話いたしますってば。ごめんなさい」
不純な皮算用をしていた心の中を見透かされたみたいで怖いな。小さくなってしまっていても、お稲荷さんは神様の使いだもんね。悪いことしようとするヤツは信用してくれない・・・
せっかく祖母ちゃんの油揚げで餌付けして、最近ちょっとだけ馴れてきてたのに、また一からやり直しかな。
奥の間から廊下を通って縁側に行くと、化け狸たちと一緒に月明かりを眺めている清蟹くんがいた。行儀良く並んだ狸と凛々しい眼差しの男の子の横顔を微笑ましく見つめた。
あぁ、可愛い。
こういう風景って、魅力的で独特で、他所では味わえない癒やしがあって和むんだよね。
「帰りたくないって思えることもあるよ、蟒蛇・・・」
嫌いなんかじゃないよ。
ここに来て、みんなに出会って、僕の中の何かが変わり始めてるってちゃんと気づいているよ。何もかも嫌になって、全部投げ出して逃げてきた僕が、心から「楽しい」ってまた思えるようになったんだから。
最初は変わり者ばっかろで戸惑いしかなかったけど、都会で傷ついていた僕を何も訊かず受け入れてくれた場所。もう一度、前向きに何かをしたいという意欲にさせてくれた、優しいモノたち・・・
「大希殿。いかがなされた?」
「え?」
「今にも泣き出しそうな顔をされているが・・・松姫に何かされたでござるか?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
廊下に佇む僕に「欠けた月も良いものでござるよ」と笑った清蟹くんは、空を指さした。化け狸たちが僕を迎えにとてとて寄ってきた。
「ホント、キレイだね」
今の僕の心みたいに、いびつな形に削げた月が、大きく枝をのばした柿の老木の上で蒼白く輝いていた。
「やかましい。早う、其奴らを他所へ移せ」
祖父ちゃんのタンスから引っぱり出してきた手ぬぐいで、泥棒みたいにほっかむりをしている松姫ちゃんは、座布団の上に乗っかって渋い面で命を下した。
「そんな言い方はひどくない?松姫ちゃんが欲しいっていうから苦労して捕まえてきたカブトムシんじゃん」
「今は邪魔じゃ!その虫どもはガチャガチャうるさくてたまらん!煩わしゅうて、まったく話が入ってこぬのじゃ!」
今夜の時代劇は『女ねずみ小僧』、彼女はその主人公と同じコスプレをしてふんぞり返っている。
あんなに熱中していたカブトムシ相撲は、たった一晩で飽きてしまった。松姫親方の力士が連戦連勝で、面白みがないというのが理由だ。でもね、そんなの接待相撲に決まってるでしょ。
「負けそうになると駄々をこねたり妨害しようとするんだもん、勝たせるしかないじゃん」
夜行性本来の活動状態に入ったカブトムシの軍団は、即席で作ったペットボトル製のケージを内側から破壊しかねないカオス状態だった。
いっそこのまま全員逃がしちゃおうかな。
「でも、ちょっともったいないような・・・」
もしかして天然カブトムシってことで売れたりする?養殖とは違う、大きくて生命力ハンパないオスのカブトムシなら、1匹いくらで売れるだろう・・・
「あ、見られてる・・・?」
そんな卑しいことを考えている僕を、松姫ちゃんの足元にちょこんと座っている2匹の白狐がじっと見ていた。
「あはは。ちゃんとお世話いたしますってば。ごめんなさい」
不純な皮算用をしていた心の中を見透かされたみたいで怖いな。小さくなってしまっていても、お稲荷さんは神様の使いだもんね。悪いことしようとするヤツは信用してくれない・・・
せっかく祖母ちゃんの油揚げで餌付けして、最近ちょっとだけ馴れてきてたのに、また一からやり直しかな。
奥の間から廊下を通って縁側に行くと、化け狸たちと一緒に月明かりを眺めている清蟹くんがいた。行儀良く並んだ狸と凛々しい眼差しの男の子の横顔を微笑ましく見つめた。
あぁ、可愛い。
こういう風景って、魅力的で独特で、他所では味わえない癒やしがあって和むんだよね。
「帰りたくないって思えることもあるよ、蟒蛇・・・」
嫌いなんかじゃないよ。
ここに来て、みんなに出会って、僕の中の何かが変わり始めてるってちゃんと気づいているよ。何もかも嫌になって、全部投げ出して逃げてきた僕が、心から「楽しい」ってまた思えるようになったんだから。
最初は変わり者ばっかろで戸惑いしかなかったけど、都会で傷ついていた僕を何も訊かず受け入れてくれた場所。もう一度、前向きに何かをしたいという意欲にさせてくれた、優しいモノたち・・・
「大希殿。いかがなされた?」
「え?」
「今にも泣き出しそうな顔をされているが・・・松姫に何かされたでござるか?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
廊下に佇む僕に「欠けた月も良いものでござるよ」と笑った清蟹くんは、空を指さした。化け狸たちが僕を迎えにとてとて寄ってきた。
「ホント、キレイだね」
今の僕の心みたいに、いびつな形に削げた月が、大きく枝をのばした柿の老木の上で蒼白く輝いていた。
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