僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

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付喪神と人の子

7月24日深夜


「おぉ!見事な錦絵であるな」

松姫ちゃんは、試作で数枚描いた『清蟹の恩返し』の挿絵を見回して、顔を上気させた。モデルとなった清蟹くんに至っては、感涙にむせび泣いている。

「いよいよ本腰で、曲亭馬琴のごとき読物よみもの作者を目指すという志を果たす決意をしたのじゃな」

腕をの組んだ松姫ちゃんは「七夕に願った甲斐があったわ」と満足そうに頷いた。

「馬琴って『八犬伝』の!?たとえがスゴいな」

色鉛筆で描かれた英雄の姿を見つめて苦笑いした。

「いや、これじゃダメだよ。まだまだ趣味の範疇だし、本職ので絵本作家を目指すなら、もっと技術とかを習得しなきゃいけないんだよ」

「妾には十分い出来じゃと思うがのう」 

「イラストだけじゃ足りないよ。僕、物語を自分で書いたこともないし、そもそも本気で挑戦するにしても、もう27だし、年齢的にも行動を起こすのは遅すぎるよ」

そうだよ。イラストに関わる職業は、子供の頃からの夢だった。でも、この年になったから分かることもある。
世の中には、志しても叶わない夢もあるということに気づくんだ。そして夢を口にして、悔しく恥ずかしい思いをするってことも。

この絵本だって、清蟹くんに英雄だった頃を誇りに思って自信をつけてもらいたくて描いているだけの遊びなんだし・・・

「あぁ、もう!何を情けないことを申すのじゃ!まだ27じゃろう?妾から見れば、尻の青い赤子と変わらぬ。昭夫も、久志も、まだまだガキじゃぞ」

「いや、でもね・・・」

「いやでも、でもねもないのじゃ!何もせぬうちにしっぽを巻いて逃げるのか?男なら、己の腕一本で身を立ててみよ!妾の家来には愚図はいらぬわ!!」

座敷に置かれた座卓の上を叩いた拍子に、挿絵の描かれた画用紙が畳に落ちた。

愚図ってなんだよ。
僕だって、もっと若い頃に本気で努力しとけばよかったって後悔しているよ。誰が一番悔やんでいるかって、自分が一番分かってるよ!

「松姫ちゃんは付喪神だから、人の5年や10年もほんの短い間なんだろうけどさ、僕らはそんなに長く生きないんだよ?5年や10年は、スゴく大きなロスなんだよ」

「やかましい!弱腰の者の泣き言など聞きたくないわ」

「何にもない田舎で、ずっとぼんやり暮らしてるだけの松姫ちゃんには分かんないんだよ!勝手に僕の将来を決めないでよね。僕はもうすぐ帰るんだし、放っておいてよ」

「大希殿、松姫・・・」

清蟹くんが仲裁しようとしているけど、無駄だよ。このワガママな姫様は、世の中のことを知らなすぎる。みんなが甘やかすからいけないんだ。

「そんな帰りたくば、昭夫の帰りなど待たずとも今すぐ何処へなりとも出て行け!」

「分かったよ!出て行くよ」

「意気地のない家来にひまを出して清々したわ!二度とこの家の敷居をまたぐでないぞ」

「はいはい、お世話になりました!」

「大希殿!!どうかお待ちを・・・」

半泣きで足に取りすがる清蟹くんに「ごめん」と一言告げて、玄関に置かれた車の鍵を取った。

「清!塩をまけ!」

玄関のガラス戸に映る水干姿の男の子の影が揺れながら小さくなった。泣いているみたいだ。

「ごめんね。今は、松姫ちゃんの顔見たくないんだ」

車庫に停めた車のエンジンをかけ、雲で月が隠された真っ暗な闇夜の中に急発進させた。
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