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ご主人様との誓い
8月5日夜
「僕がいない間にひどいことしないでね!もし手を出したら猩々と山に戻るから」
縛られた獣の妖怪を重罪人みたいに取り囲むみんなに釘を刺して、祖父ちゃんの家に上がった。
いつもなら日没後には松姫ちゃんの天下になっている騒がしい田舎の日本家屋が、こんなに静まり返っているなんてビックリだ。まるで他所の家に来たような気がして落ち着かない。
さて、うちにご主人様はどこにいるのかな・・・
「松姫ちゃん」
いつも時代劇の動画を観せていたノートパソコンが乗せてある座卓に突っ伏している幼女の背中に声をかけた。虚ろに顔を上げた彼女は、泣き顔と笑い顔の混ざった複雑な表情で僕にふり返った。
「おぉ、大希。戻ったか。大事ないか?」
「うん。松姫ちゃんは?」
「お主、誰にものを申しておるか、戯け者!主人に向かって、まこと無礼な家来じゃな」
そう言って松姫ちゃんは、畳の上に膝をついた僕に抱きついてきた。
「まったく、大事な孫が行方知れずになってしまっては、主人として昭夫や文代に合わせる顔がなくなるじゃろうが」
小さい手でシャツを掴み、僕の胸に顔を押しつけた。
「ねぇ。今さ、僕のこと『家来』って言ったんじゃない?クビにして追い出したんじゃなかったっけ?」
「さぁな。妾は10日も前のことは良う覚えておらん」
意地っ張りのご主人様は、自分からは素直に謝れないらしい。それなら、家来の方から頭を下げなきゃいけないよね。僕は、抱きついている松姫ちゃんの髪を撫でながら「ごめん」と言った。
「煮え切らない僕の態度に腹が立ったんだよね。本当はやりたいことやれって尻を叩いてくれたんだよね。売り言葉に買い言葉で、逃げ出してごめんね」
「・・・」
「まだ達成できるか分からなくて、すでに心が折れそうだけど、悔いのないように頑張るつもりだよ。一応ね、おそらく、前向きに・・・」
黙って聞いていた松姫ちゃんが、顔を埋めたまま何か返した。
「え、何?聞こえない」
耳を近づけようと背を丸めたところに、あごの下から強烈なアッパーを食らった。
「女々しい家来などいらぬと言うたはずじゃ!」
「ま、松姫ちゃん?なんで?今、謝って・・・」
「だが、泣き言を一切言わず、心根を入れ替えひたむきに精進するならば、許してやらんでもない」
言葉はキツいけど、その表情は晴れやかな笑顔に変わっていた。
良かった。仲直りできたんだね、僕たち。
「あとね、絵本作家に挑戦するってこととは別に、もう一つ伝えたいことがあるんだよ」
「なんじゃ?」
何を言い出すかと、松姫ちゃんは緊張してるみたいにシャツを握った手に力を込めた。
「僕、この家で暮らすよ」
「!?」
「決めたんだ。祖父ちゃんが退院した後も、ずっと松姫ちゃんやみんなと一緒にいたいと思ったんだ。僕を癒して、一歩踏み出す勇気をくれた場所だから」
「大希・・・!」
さっきより勢いよく胸に飛びついた松姫ちゃんは、ちょっとだけ声が震えている。
「人の子は、こういう時に涙が出るのかのう」
「そうだよ。嬉しくても、悲しくても、心が揺さぶられると自然と溢れてくるモノなんだよ」
きっと、この子は不安だったんだ。
可愛がってくれる人たちが年老いて亡くなり、いつか誰もいなくなってしまう日が来ることが怖かったんだ。父さんが家を出て行き、跡取りのいない家で老夫婦と残されて・・・
ワガママ言って強がっていても、内心、スゴく寂しくてたまらなかったんだ。そんなことも気づかずに、僕は自分の心の傷だけしか見ないで。
「猩々にも約束したんだよ。ずっと一緒にいるよって。清蟹くんも秋香さんたちも、僕の移住に喜んでくれるよね?」
「・・・」
「松姫ちゃん?」
あれ、まさかのノーリアクション?
てっきり満面の笑みで受け入れてくれると思っていたのに。
「・・・大希」
ゆっくりと顔を上げた松姫ちゃんは、見たこともないくらい目をつり上げていた。
「猩々じゃと?今、猩々と申したか?」
「う、うん。言ったけど・・・」
「あの猿公!またもや大希を!!」
「え!?ちょっと、松姫ちゃん?」
僕の腕を振り払った松姫ちゃんは、矢のように奥の間を飛び出して行った。
「僕がいない間にひどいことしないでね!もし手を出したら猩々と山に戻るから」
縛られた獣の妖怪を重罪人みたいに取り囲むみんなに釘を刺して、祖父ちゃんの家に上がった。
いつもなら日没後には松姫ちゃんの天下になっている騒がしい田舎の日本家屋が、こんなに静まり返っているなんてビックリだ。まるで他所の家に来たような気がして落ち着かない。
さて、うちにご主人様はどこにいるのかな・・・
「松姫ちゃん」
いつも時代劇の動画を観せていたノートパソコンが乗せてある座卓に突っ伏している幼女の背中に声をかけた。虚ろに顔を上げた彼女は、泣き顔と笑い顔の混ざった複雑な表情で僕にふり返った。
「おぉ、大希。戻ったか。大事ないか?」
「うん。松姫ちゃんは?」
「お主、誰にものを申しておるか、戯け者!主人に向かって、まこと無礼な家来じゃな」
そう言って松姫ちゃんは、畳の上に膝をついた僕に抱きついてきた。
「まったく、大事な孫が行方知れずになってしまっては、主人として昭夫や文代に合わせる顔がなくなるじゃろうが」
小さい手でシャツを掴み、僕の胸に顔を押しつけた。
「ねぇ。今さ、僕のこと『家来』って言ったんじゃない?クビにして追い出したんじゃなかったっけ?」
「さぁな。妾は10日も前のことは良う覚えておらん」
意地っ張りのご主人様は、自分からは素直に謝れないらしい。それなら、家来の方から頭を下げなきゃいけないよね。僕は、抱きついている松姫ちゃんの髪を撫でながら「ごめん」と言った。
「煮え切らない僕の態度に腹が立ったんだよね。本当はやりたいことやれって尻を叩いてくれたんだよね。売り言葉に買い言葉で、逃げ出してごめんね」
「・・・」
「まだ達成できるか分からなくて、すでに心が折れそうだけど、悔いのないように頑張るつもりだよ。一応ね、おそらく、前向きに・・・」
黙って聞いていた松姫ちゃんが、顔を埋めたまま何か返した。
「え、何?聞こえない」
耳を近づけようと背を丸めたところに、あごの下から強烈なアッパーを食らった。
「女々しい家来などいらぬと言うたはずじゃ!」
「ま、松姫ちゃん?なんで?今、謝って・・・」
「だが、泣き言を一切言わず、心根を入れ替えひたむきに精進するならば、許してやらんでもない」
言葉はキツいけど、その表情は晴れやかな笑顔に変わっていた。
良かった。仲直りできたんだね、僕たち。
「あとね、絵本作家に挑戦するってこととは別に、もう一つ伝えたいことがあるんだよ」
「なんじゃ?」
何を言い出すかと、松姫ちゃんは緊張してるみたいにシャツを握った手に力を込めた。
「僕、この家で暮らすよ」
「!?」
「決めたんだ。祖父ちゃんが退院した後も、ずっと松姫ちゃんやみんなと一緒にいたいと思ったんだ。僕を癒して、一歩踏み出す勇気をくれた場所だから」
「大希・・・!」
さっきより勢いよく胸に飛びついた松姫ちゃんは、ちょっとだけ声が震えている。
「人の子は、こういう時に涙が出るのかのう」
「そうだよ。嬉しくても、悲しくても、心が揺さぶられると自然と溢れてくるモノなんだよ」
きっと、この子は不安だったんだ。
可愛がってくれる人たちが年老いて亡くなり、いつか誰もいなくなってしまう日が来ることが怖かったんだ。父さんが家を出て行き、跡取りのいない家で老夫婦と残されて・・・
ワガママ言って強がっていても、内心、スゴく寂しくてたまらなかったんだ。そんなことも気づかずに、僕は自分の心の傷だけしか見ないで。
「猩々にも約束したんだよ。ずっと一緒にいるよって。清蟹くんも秋香さんたちも、僕の移住に喜んでくれるよね?」
「・・・」
「松姫ちゃん?」
あれ、まさかのノーリアクション?
てっきり満面の笑みで受け入れてくれると思っていたのに。
「・・・大希」
ゆっくりと顔を上げた松姫ちゃんは、見たこともないくらい目をつり上げていた。
「猩々じゃと?今、猩々と申したか?」
「う、うん。言ったけど・・・」
「あの猿公!またもや大希を!!」
「え!?ちょっと、松姫ちゃん?」
僕の腕を振り払った松姫ちゃんは、矢のように奥の間を飛び出して行った。
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