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オレンジ色の朝焼け
8月6日日の出頃
「なんてことだ・・・」
絞り出すように一言呟いた父さんは、じっと頭を下げておとなしくしている猩々を見下ろした。祖父ちゃんも天狗も、複雑な表情で同じように獣の妖怪を見つめた。
僕たちは、あの日に起こったすべてを見た。
そして分かった。
誰も、悪くはなかった。仕方ないことだった。
全部、それぞれの勘違いでこじれただけのことだったんだって・・・
「猩々、大丈夫だよ。もう怖くないからね」
「だいき・・・」
少しだけ顔を上げた猩々は、まだ不安そうな声で答えた。
そう、怖いことはもうないんだよ。だって、猩々は何も悪くないって分かったんだから。
あんご爺ちゃんの術の中で、猩々は子供だった叔父さんに頼まれて、泣き続ける生まれたばかりの僕を一生懸命に世話してくれた。大きな体を丸めて、ぎこちない手つきで必至にあやした。
どうしても泣き止まない僕を、なんとかしなければと焦った叔父さんが「ミルクを作る」と立ち上がった。
「みるく?」
「俺が戻るまで大希のことみててね。良いって言うまで、ちゃんと抱っこしてなきゃダメだからね。できるよね?」
「しょうじょう、わかった」
「すぐ戻るから!」
叔父さんは猩々にそう約束させて、客間を出て行った。
その直後、いつも猩々の側に従えている大猿が血相を変えて庭に飛び込んできた。
その体はあちこち血で汚れている。大猿は懸命に、仲間が山で怪我を負ったことを伝えた。早急に住処に帰る必要がある。
「まさし!まさし!」
猩々は叔父さんを呼んだ。
けれど、ミルク作りに悪戦苦闘しているのか、いくら呼んでも叔父さんからの返事はない。
彼が戻るまで僕の世話を任されている。「ミルク」が何かも分からない猩々は、いつまで待っても戻らない叔父さんにもう一度声をかけた。
「まさし、しょうじょう、やまいく。でも、ここ、かえってくる」
「・・・」
「かえる。やくそく、する」
そう言い残し、彼の腕の中でまだぐずって泣いている僕を抱えたまま、庭で待っている大猿を連れて山へ向かった。
優しい獣の妖怪は、泣いている子供を広い客間にポンと置き去りにすることはできなかったんだと思う。
「大希?大希、どこ!?」
数十分後、ようやくミルクを用意できた叔父さんは、客間から僕が消えていることを知ってパニクった。その混乱した状態のまま、隣家で農作業している祖父ちゃんのもとへ走った。
後は、みんなが知っている通り。
仲間の怪我を手当てしてから麓に戻った猩々は、集落の人たちに誘拐犯として捕らえられて仕置きされたんだった。
「あの時、雅志を落ち着かせてちゃんと事情を説明させりゃ良かった。そうすれば、余計なことしねぇで済んだ」
「俺も、うだうだ勘ぐらずに猩々を信じれば良かったんだ。今なら馬鹿なことしたって分かる。しかし、あの頃の俺にはそんな余裕がなくて・・・」
母さんが産後に体調を崩していた時期だ。些細なことでも疑心暗鬼になってしまったり、冷静に判断できなくなっちゃう気持ちも分かる。
「父さん、祖父ちゃん」
日の出直前のオレンジ色の空を背に二人に向き合った。
「猩々を許してくれるよね?って言うか、逆に今までのこと全部謝ってほしいくらいだよ。問答無用でさ、こんな気弱な妖怪をよってたかってイジメてたんだから」
「・・・」
「ねぇ、なんとか言ってよ!28年近く、一人ぼっちにさせたんだよ?なんで嫌われたかも理解できずに、山奥にずっと追いやられて」
ばつの悪そうな顔で黙っている父さんたちを見渡す僕に、猩々の肩に乗っているあんご爺ちゃんが、ぐふっと鳴いた。
「どうやら、わしの裁きは必要なさそうじゃ。皆の眼がすっかり開いておる。良きかな、良きかな」
山の稜線を鮮やかに染める朝陽に照らされて、眩しそうに目を細めるヒキガエル姿の土地神様は、毛皮の上からぴょんっと跳ねた。
「だいき」
猩々が僕をふり返る。
その毛皮に包まれた背中に抱きついて「おつかれさま」と労った。彼も僕の腕を大きな手で包み込んで応えた。
誤解は解けた。
また、一緒に過ごせるようになったんだよ。
寝落ちしてしまった松姫ちゃんを抱いた祖母ちゃんが、日差しを受けて光る目尻をそっと拭っていた。
「なんてことだ・・・」
絞り出すように一言呟いた父さんは、じっと頭を下げておとなしくしている猩々を見下ろした。祖父ちゃんも天狗も、複雑な表情で同じように獣の妖怪を見つめた。
僕たちは、あの日に起こったすべてを見た。
そして分かった。
誰も、悪くはなかった。仕方ないことだった。
全部、それぞれの勘違いでこじれただけのことだったんだって・・・
「猩々、大丈夫だよ。もう怖くないからね」
「だいき・・・」
少しだけ顔を上げた猩々は、まだ不安そうな声で答えた。
そう、怖いことはもうないんだよ。だって、猩々は何も悪くないって分かったんだから。
あんご爺ちゃんの術の中で、猩々は子供だった叔父さんに頼まれて、泣き続ける生まれたばかりの僕を一生懸命に世話してくれた。大きな体を丸めて、ぎこちない手つきで必至にあやした。
どうしても泣き止まない僕を、なんとかしなければと焦った叔父さんが「ミルクを作る」と立ち上がった。
「みるく?」
「俺が戻るまで大希のことみててね。良いって言うまで、ちゃんと抱っこしてなきゃダメだからね。できるよね?」
「しょうじょう、わかった」
「すぐ戻るから!」
叔父さんは猩々にそう約束させて、客間を出て行った。
その直後、いつも猩々の側に従えている大猿が血相を変えて庭に飛び込んできた。
その体はあちこち血で汚れている。大猿は懸命に、仲間が山で怪我を負ったことを伝えた。早急に住処に帰る必要がある。
「まさし!まさし!」
猩々は叔父さんを呼んだ。
けれど、ミルク作りに悪戦苦闘しているのか、いくら呼んでも叔父さんからの返事はない。
彼が戻るまで僕の世話を任されている。「ミルク」が何かも分からない猩々は、いつまで待っても戻らない叔父さんにもう一度声をかけた。
「まさし、しょうじょう、やまいく。でも、ここ、かえってくる」
「・・・」
「かえる。やくそく、する」
そう言い残し、彼の腕の中でまだぐずって泣いている僕を抱えたまま、庭で待っている大猿を連れて山へ向かった。
優しい獣の妖怪は、泣いている子供を広い客間にポンと置き去りにすることはできなかったんだと思う。
「大希?大希、どこ!?」
数十分後、ようやくミルクを用意できた叔父さんは、客間から僕が消えていることを知ってパニクった。その混乱した状態のまま、隣家で農作業している祖父ちゃんのもとへ走った。
後は、みんなが知っている通り。
仲間の怪我を手当てしてから麓に戻った猩々は、集落の人たちに誘拐犯として捕らえられて仕置きされたんだった。
「あの時、雅志を落ち着かせてちゃんと事情を説明させりゃ良かった。そうすれば、余計なことしねぇで済んだ」
「俺も、うだうだ勘ぐらずに猩々を信じれば良かったんだ。今なら馬鹿なことしたって分かる。しかし、あの頃の俺にはそんな余裕がなくて・・・」
母さんが産後に体調を崩していた時期だ。些細なことでも疑心暗鬼になってしまったり、冷静に判断できなくなっちゃう気持ちも分かる。
「父さん、祖父ちゃん」
日の出直前のオレンジ色の空を背に二人に向き合った。
「猩々を許してくれるよね?って言うか、逆に今までのこと全部謝ってほしいくらいだよ。問答無用でさ、こんな気弱な妖怪をよってたかってイジメてたんだから」
「・・・」
「ねぇ、なんとか言ってよ!28年近く、一人ぼっちにさせたんだよ?なんで嫌われたかも理解できずに、山奥にずっと追いやられて」
ばつの悪そうな顔で黙っている父さんたちを見渡す僕に、猩々の肩に乗っているあんご爺ちゃんが、ぐふっと鳴いた。
「どうやら、わしの裁きは必要なさそうじゃ。皆の眼がすっかり開いておる。良きかな、良きかな」
山の稜線を鮮やかに染める朝陽に照らされて、眩しそうに目を細めるヒキガエル姿の土地神様は、毛皮の上からぴょんっと跳ねた。
「だいき」
猩々が僕をふり返る。
その毛皮に包まれた背中に抱きついて「おつかれさま」と労った。彼も僕の腕を大きな手で包み込んで応えた。
誤解は解けた。
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