僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

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ワンダーランド

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日時不明


「妾もアレが欲しい」

松姫ちゃんは、清蟹くんが片時も離さず抱えているモノを指さしながら僕を見上げた。

「アレって・・・」

大柄な甲冑武者が1冊の絵本を抱えている姿はちょっと笑える。それは僕が清蟹くんのために書いた最初の物語で、彼のために自費で1冊だけ製本した試作品だ。
僕の人生の再スタートに記念で仕上げた1冊だった。

「だから何度も言ってるじゃん。松姫ちゃんのために書いた絵本は、いつか正式に商品となったものをプレゼントするからって・・・」

「嫌じゃ。今欲しい」

「今って」

「主人が所望しておるのに断る気か!無礼者!手討ちにしてくれる!」

そう言って、座っている僕の膝に跨がってドシドシ暴れた。それをなだめながら、相変わらずワガママで負けず嫌いなご主人様だと苦笑いした。

僕がここへ越してきてもうすぐ2年になる。

祖父ちゃんに田舎暮らしの「いろは」を教わり、だいぶ馴染んできたと自分では思っている。ご近所さんとも臆せず世間話もできるようになってきた。
神様や妖怪たちとも楽しくやっている。

あ、そうそう、ここで暮らすと決めた数日後に「氏子になる挨拶だ」って言われて、氏神様のいる古い神社にお参りに行ったっけ・・・
ま、その話は長くなるからまた今度。

現在は、松姫ちゃんに誓った絵本作家という夢の実現に向けて頑張っているところ。
でも、まだまだ叶いそうにないけどね。ってことで未だ無職の身。見守ってくれるみんなに感謝しまくってる日々だよ。

「大希くん!今夜は夜警の晩ではないので、キミに逢いに参りました」

「だいき。カブトムシ、たくさん、とった。あげる」

「あ、いらっしゃい」

すっかり暗くなった夕暮れの中、玄関から天狗、庭に面した縁側から猩々がやって来た。来月で三十路という男相手に、彼らはボディーガードの役目を果たそうとしてる。
守られるほど子供じゃないっていくら言っても聞いてくれない。

井戸に引きこもってる蟒蛇も柿の老木の精の秋香さんも、大事な跡取りだからとか何とか言ってさ、心配しすぎだよね。また逃げ出すと思ってるのかな?あはは。
ちょっとウザいけど、ちょっと面白いね。

「大希、夕ご飯の支度お手伝いしてちょうだい」

「うん。祖母ちゃん」

膝に乗っていた松姫ちゃんを抱きかかえた。
立ち上がった拍子に肩と頭に乗っかってきたお稲荷さんも連れて台所へ向かう。例のボディーガードたちも我先にと後を追って来て、大名行列みたいにぞろぞろと。

ここでは独りぼっちになることがない。

良い意味でも悪い意味でも、みんなが僕を見てくれている。こんな温かい居場所って、他にあるかな?

皆さんも、心が本当に疲れてしまったら、うちの田舎においで。
もう猿と祖父ちゃんは戦争してないし、人以外のいろいろなモノたちの存在も感じられると思うよ。たぶん・・・ううん、きっと彼らを見えるようになると思う。


いつでも遊びにおいで。のんびり懐かしくて奇妙な、この山の中のワンダーランドへ。
僕みたいに、今まで分からなかった何かに気づけると思うから。

じゃ、またね。バイバイ!
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みんなの感想(1件)

kei
2018.04.20 kei

とても心がホッコリ致しました。素人の自分が言うのはおこがましいかと思いますが、
作品全体の言葉選びや文章構成、行間などのレイアウトなどとなど、ても読み易くて登場人物達や場面を頭の中でイメージするのが自然にできました。もっとも、主人公の大希君は中学生ぐらいで脳内再生されていました。挿し絵も大変素晴らしくて猫日和といい、画力・文章力・構成力とそれらに更にセンスまであるなんて羨まし過ぎますがこのような作品に出会えてとても感謝しています。まだ他の作品を拝見していませんがどこかでマサシ叔父さんの目の事やその後を知れたら嬉しいです。

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