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冬 卒業 新たな道へ
しおりを挟むまだまだ寒い三月初旬の初めの土曜日。
そこが卒業式の私達は三月になってすぐ、卒業式の練習に久しぶりに学校に行った。
お母さんが送っていこうか? と言ったけれど、それを聞いていた要くんが朝迎えに来て、帰りも家まで送り届けるからと言ってくれた。
お母さんは、要くんに任せることにしたようだ。
朝早くから学校とは真逆の我が家に来て登校なんてと思ったけれど、要くんは家に迎えに行って一緒に登校をしてみたかったんだなんて可愛いこと言った。
それを聞いていたお姉ちゃんとお母さんには、有紗は幸せ者ねと言われたのだった。
私も、とても幸せだと思う。
そうして迎えた登校日。
「おはよう、有紗」
「おはよう、要くん」
朝、迎えに来てくれた要くんと一緒にバスと電車を乗り継ぎ、駅を降りたら徒歩でしっかりいつもと同じ道を歩い て学校へとたどり着いた。
この不明瞭な視界で歩くのは、実はかなり神経過敏になって疲れる。
けれど、久しぶりの外の空気と絶対に離れず着いていてくれる要くんがそばにいる事で、いつもよりは少ない疲労感で学校へと着いたのだった。
少しざわつく周りを気にせず、私と要くんは昇降口の下駄箱まで着くと要くんが私の上履きを取ってくれて、脱いだ上靴をしまってくれた。
「ありがとう、要くん」
「履けるか?」
「大丈夫」
そんな会話を周りが遠巻きに見ているのは、私には見えないけれど空気は感じた。
そこに久しぶり会う日菜子と蒼くんがやってきた。
「お、要! 有紗ちゃん、おはよう」
「有紗、おはよう!」
ふたりの声は受験目前だった学年末の頃のピリピリした感じが抜けて、すっかり明るいふたりらしい声に戻っていた。
その事にホッとひと息つくと、私は返事をした。
「日菜子、蒼くん。おはよう」
すると私の様子がいつもとは違うことに、いち早く日菜子が気付く。
「有紗? なにがあったの? どうしちゃったの?!」
そう問いかけて私の肩を掴む日菜子に、要くんが声を掛ける。
「ちゃんと話すから。有紗の話、聞いてやって。とりあえず教室に行こう」
そして要くんは私の手を取ると自分の肘をしっかり掴ませて歩き出す。
要くんが私を気遣い、歩幅と歩く速度を合わせてくれている。
家の中やたまにうちの近所を一緒に散歩することで、要くんは今日の登校までにしっかり歩行介助を出来るようになっていた。
歩行介助について、本やネットを調べたと言っていた。
まだあと少し学校に行かなきゃいけない事に気付いた要くんが、調べてから真っ先に私に提案してくれたのが歩行介助のことだった。
「普通に最後まで学校に行くにはどうしたらいいか考えたんだ。一緒に練習して残り何回かだけど、今まで通りの通学路で学校に行こう。一緒に行くから」
そこから今日まで何度も散歩をして、練習した成果が今日の疲労感少なく学校へとたどり着くという結果になった。
教室に着くと、私たちの姿に一瞬ザワっとした。
「おはよう。松島、汐月さん。相変わらず仲がいいな!」
「おはよう」
そう返事をして、自分たちの席に着く。
椅子や机を手で触りながら確認して動く私に、教室の空気がシーンとする。
みんなからどうしたらいいのか分からないという空気を感じた。
そんな中で、私たちのそばに来て口を開いたのは日菜子だった。
「有紗? なにがあったの? 自由登校の間に有紗はどうしちゃったの?」
日菜子が不安と心配に揺れる声で聞いてきた。
「久しぶりに会ったら、突然こんなんでびっくりしたよね。ごめんね、もっと早く話しておけばよかったんだけれど。皆、それぞれ忙しい時期だったからね」
私が苦笑しつつ言うと、日菜子は戸惑いながら聞いてくる。
「有紗。目が、見えてないの……?」
その問いにうなずいて、言葉を返す。
「明るい、暗いとか。近くなればなにかあるとか誰かいるのは分かるけれど。人の顔やハッキリと物を見る事は出来なくなっちゃったの」
私の言葉にクラスメイト達が息を呑む音が、静かになった教室に響いた。
「少しずつ視力低下が進行していく、そういう病気なの。だからこうなる事は、ちゃんと分かっていたんだよ」
私はきっと今、少し困り顔をしながら話しているだろう。
そんな私を励ますように、私の肩に要くんの手が乗る。
「要くん、ありがとう。大丈夫だよ」
そんな私たちのやり取りをクラスメイト達は見守っていた。
「有紗の、その病気は治らないの?」
静かな声音で、日菜子が問いかけてきた。
「うん。治療法の無い病気で、進行する病気だからね」
「そうなの……」
言葉が続かなくなった日菜子に、蒼くんが遠慮気味に声を掛けてきた。
「有紗ちゃん。もしかしてだけれど、去年から体育に出てなかったのって……」
「そう、病気で視力低下と物との距離感が危うくなってきていたから。病院からの診断書を出して体育に関しては免除を受けていたの」
そう答えると、はぁぁぁと息を吐き出した蒼くんは言った。
「それを俺達に気付かせないように、どれだけ気を使っていたの? 水臭いじゃないか!」
「ごめんね。こんなに見えなくなったのも、ここひと月の事なんだよ。学年末テストまではテストが受けられるくらいには見えていたんだから」
私の答えに、蒼くんと日菜子は驚いた声をして言った。
「そんな急に見えなくなったの?!」
「急ではないよ。ずっとゆっくりと進行していたんだよ。十年前に病名がついてから、ゆっくりとね」
その私の言葉に、周囲のクラスメイトも驚いているのか少しザワザワと騒がしくなる。
「元から言われていたの。見えなくなるのは今頃だろうって。この春からいつ見えなくなるかと、ずっと気にしつつ 過ごしていたけど。学年末テストまで済ませられたのは、よくもったと思うんだ」
静かに微笑んで話す私に、周りはざわつきつつも何も言えないみたいだった。
そこに、担任の三浦先生が入ってくる。
「おう、お前ら久しぶりだな! うちのクラスは受験組も就職組も無事に進路が決まったな。おめでとう」
その言葉に、みんな声を詰まらせて静かになる。
「なんだ? 喜んでみんな元気だと思っていたが、違ったか?」
教室の様子に先生が戸惑う声を出すので、私は立って声を出した。
「先生、すみません。私の事で少し雰囲気を悪くしてしまいました」
そう話すものの、私の視線はどこにも合わない。
その様子を見た先生が、驚きつつも聞いてきた。
「汐月、病状悪化したのか?」
「悪化というか。お医者さんが言っていた通りに進行したって感じでしょうか」
苦笑しつつ話す私と先生のやりとりを、クラスメイト達は見守っていた。
「汐月、それなら今から話してみるといい。病気のこと、今の汐月の事を」
その案に従って、私はサラッと話すことにした。
「私の病気は遺伝子からくるもので、病名を優性遺伝性視神経萎縮といいます。これは角膜や網膜は問題なくて視神経がゆっくり萎縮していく病気で……」
どう話すのがいいのか、少し考えるとまた話を続ける。
私の声にクラスメイトがしっかり耳を傾けてくれているのは、空気感から感じ取っていた。
「それにより視力低下をしていって、最後の方には視野の欠損なんかもありつつ、ぼんやりとしか見えなくなる。そういう病気で遺伝子の病気なので先天的なもので、治療法のない難病といわれる病気」
そう話すと、そんなことになっていることを知らなかったみんなは息を詰めつつ私の話を聞いてくれた。
「最初は目が見えづらいな、ぼやけるな位だったの。検査をして判明したのが小学二年生の時」
「その時に医師に言われたのが、十年後には目の神経萎縮が進んで見えなくなるだろうって事だった。今年がその十年目だったの」
クラスのみんなはこの話をどう受け止めているのか、顔が見えない私には上手く伝えられるか分からないけれど。
今朝の要くんと一緒に歩いていた理由まで話すことにした。
「だから今の明るい暗い、物がある無いの見分けがつく位の症状になるのも分かっていたの。それで今は一緒に歩く 練習をしてくれた要くんが居ないと出かけられないし、ひとりで歩くのはちょっと大変なんだ」
そこまで話すと、みんな詰めていた息を吐き出したような空気を感じた。
「堂々と腕を組んで歩いてきたから、何事かと思ったけれど、そういう理由だったんだね」
クラスメイトの問いに、私はうなずいて答えた。
「今はね、もう目の前に来てくれてもその人の顔や表情も見えないの。それくらいの視力なんだ。だから要くんに掴まっていて、歩くために誘導してもらっていたの」
今朝の腕を組んでいるように見えた姿の理由まで話せたので、ふぅとひと息つくと先生に言った。
「私からの説明は以上です。こんな状態で残り少ない間に迷惑をかけるかもしれないけれど、みんなと一緒に卒業したいの。最後までよろしくお願いします」
私は頭を下げた。
すると、静かだったクラスメイト達が話し始めて騒がしくなる。
「いや! 頭下げることじゃないし!」
「そもそも、汐月さん本人が一番大変でしょう?」
「ねぇ、日菜子! トイレとかは女子で助けないと、松島じゃトイレは無理でしょ?」
そんな会話が次々と飛び出してくる。
迷惑をかけることになるのを、どう受け止められるのか少し不安だったけれどクラスメイト達は優しかった。
「有紗、大丈夫だよ! なにかあればクラスのみんなで残り少ない学校生活フォローするから。みんなで、卒業しようね!」
日菜子の言葉に、うなずく皆は嫌な顔をしてないだろうか。
見えない私には確認の仕様がない……。
私の不安を分かって、そっと耳元で話してくれたのは要くんだ。
「有紗、大丈夫。みんなびっくりはしたけど、有紗の事を嫌がっている人も面倒だという顔をしている人もこのクラスにはいない。クラスメイトはみんな有紗の味方だ。大丈夫だよ」
その言葉に、私はここまで続いた緊張の糸を緩めて肩から力が抜けたのだった。
そうして、朝のホームルームが終わり卒業式の練習のため体育館へと移動する。
要くんに掴まって廊下を歩き出した時、他のクラスの女子の声が聞こえた。
「いくら校内公認だからって、こんな見せつけなくてもいいのにね!」
肘に掴まって歩く姿は傍から見れば、腕を組んで仲の良さを見せている様にしか見えないだろう。
こうした事を言われるだろうことはわかっていたけれど、実際言われると少しキツイ。
要くんは人気があるから仕方ないかなと苦笑いしていると、肘を掴んでいる私の手をポンポンと撫でる温かな手。
「有紗、気にしなくていい。行こうか」
「うん。ありがとう」
そうしてゆっくり歩いて行き、階段を一歩一歩足先で確認しながら降りていく。
その姿に他のクラスの子たちがザワザワとしていく。
でも、私は一番神経を使う階段なので周りを気にする余裕はなかった。
その頃、私に向かって言った子に物凄い笑顔で日菜子が凄んでいたり、他のクラスメイトがゆっくり歩く私と要くんを気にせず早く移動するように声を掛けてくれていたりと助けてくれていた。
普段より時間がかかったけれど、無事に体育館へとたどり着いた。
今日は卒業生だけの練習なので、体育館は人が少ないからか寒さを強く感じる。
「結構寒いね」
「今日は外も冷えているからな」
そんな会話をしつつクラスの席へと着くと日菜子が声を掛けてきた。
「有紗! 席順私が隣だから式の間は私が誘導するわね!」
そう、私と日菜子は出席番号が隣同士。
卒業式は出席番号で並ぶから、隣は日菜子だ。
頼もしい日菜子の申し出に、私は笑ってうなずくと返事をした。
「そうだよね。日菜子よろしくね!」
「まかせなさい!」
クスクス笑い合いながら、席に座った私を見届けて要くんと蒼くんも自身の席へと向かって行った。
高校の卒業式は、卒業証書はクラスの代表が取りに行くのでその場で立ったり座ったりする事はあるけれど、歩くのは入退場だけ。
体育館までは要くんが歩行介助で誘導してくれて、体育館前で並んでからは退場まで日菜子が誘導してくれることになった。
入場の練習の時、手を繋ぎながら進む私たちを見てなにかを言う人はもう居なかった。
それまでの間に私達の様子や、やり取りを見て大体の人が私の状態を察したからだ。
日菜子に凄んだ笑顔で睨まれた子は、私の様子に気付くとバツの悪そうな顔をしていたみたい。
その後なにも言いには来なかったけれど、きっと要くんが好きだったのだろう事は分かったので、私も特に気にしなかった。
「あんな顔しているなら、一言謝りに来ればいいのに」
隣でボソボソと小声でぶすっとした声で話す日菜子に、私は苦笑しつつ返事をした。
「もう突っかかってこなければそれでいいよ。謝られても、なんだかなぁってならない?」
私の言葉に、日菜子も考えた後に答えてくれた。
「それもそうね」
そうして、卒業式の予行演習は問題なく進んで終わった。
とりあえず、寒さの方がキツかったと言える。
教室に戻るのは、また要くんが歩行介助をしてくれる。
階段は降りるより登る方がまだ楽で、行く時より戻る時の方が早く歩いて来られたと思う。
「やっぱり降りる方が大変だな」
要くんが私を介助しつつ呟く。
「そうだね。エレベーターがある所はありがたいね。エスカレーターも結局乗り降りが大変なんだもの。こうなってみないとわからないことってたくさんあるね」
そんな会話をしつつ歩く私たちは、実にスムーズに教室にたどり着いてちょっとした疑問が湧き上がった。
「なんか、廊下静かだったし全然ぶつかったり、ズレたりしなかったね。あれ、周りが気を使ってくれていた?」
椅子に座ってから隣の席の要くんに聞けば、答えが返ってくる。
「なんか、俺と有紗が見えたら両脇にサッと避けてくれたんだよ。俺ちょっとモーセの十戒だっけ?海が割れる映画を思い出した」
そんな要くんの言葉になんだかその様子が頭に浮かんできて、ちょっと笑ってしまった。
中一日おいて、また登校日になる。
今日は体育館で卒業式の会場の作りのまま入退場練習を兼ねて、三年生を送る会が行われる。
今朝も家まで迎えに来てくれた要くんと、バスと電車を使って登校してきた。
先日の登校日の様子から、下級生にも私の事は広まったようで校門から昇降口までまたも先日の廊下と同じ現象が起きたよう。
それを見て思い出してしまった要くんは、クックっと肩を震わせつつ歩いた。
私にはわからないので急に笑いだした要くんに心配して声をかけたら、そう教えてくれた。
どうやらその現象が要くんには妙なところでツボに入ってしまったらしい。
私も、こうなったら要くんが笑いだしたらそんな状況なのだと思うことにした。
下駄箱の前で今日もやり取りしながら履き替えていると、今朝も元気な声が聞こえてきた!
「有紗! おはよう! 要もついでに、おはよう」
日菜子の元気な声に、要くんが返事を返す。
「俺はついでか。ま、いいけど」
クールな返しに、日菜子も特に気にしない。
幼なじみらしいやり取りにクスクスと笑っていると、蒼くんが遅れてやってくる。
自転車通学だからきっと駐輪場に置いてきたから、この時間差なんだろう。
「要、有紗ちゃん。おはよう!」
「おはよう、蒼くん」
「聞いてよ、今朝は迎えに行ってふたりで自転車通学だったのに日菜子は着いた途端に俺を置いて行ったのよ? 朝からすごく漕いだのに!」
そんな蒼くんの嘆く声に、日菜子はあっさりと返す。
「うむ、私は楽できて良かった! 卒業式の日も頼むよ!」
日菜子ってば、彼氏に容赦ないね。
遠慮がなくて、仲が良いとも言えるけれど。
「だったら、着いた途端に俺を置いてかないでよ!」
声は本気ではなくちょっとからかいを含んでいる、そんな日菜子と蒼くんのやり取りに朝から笑顔が絶えなかった。
この間と同じように要くんの肘を掴んで教室までたどり着くと、この間とは違い明るい声で迎えてくれるクラスメイト達。
「お! 汐月さん、松島。おはよう」
「汐月さん、おはよう! 今日は体育館にひざ掛けもマフラーも持参で良いって! 持ってきている?」
「持ってきたよ! 今日も寒いもん、絶対要るよね」
そんな声に答えながら席に向かう。
「あ、有紗。これ、あげる」
そんな声とともに手渡されたものは、温かい何か。
「あれ、これって?」
「ホッカイロ! 今日ふたつ持ってきたから、ひとつは有紗にね!」
「わ! ありがとう。これで体育館耐えられる」
喜ぶ私をクスクス笑っている要くんと蒼くん。
「ムッ! なんで笑うの!」
「いや、有紗って寒さがホント苦手だよね」
「だって、私は夏生まれだもの! 寒いのは体に合わないのよ!」
そんな自己理論を言うと、周りがクスクス笑っていて私も自然と笑顔になっていた。
温かい装備でバッチリの三年生を送る会は、運動部がコントをしたり、軽音部は下級生のバンドに卒業生が乱入したりと実に楽しい雰囲気で進んで行った。
そして、終われば私達は午前中のうちに帰宅である。
今日はうちの親に用事があって出掛けていて夕方まで不在なので、親が帰宅するまで要くんの家にお邪魔することになっている。
「今日は有紗が来るから、母さんがお昼張り切って作るって言っていた。帰ろうか」
そうして、学校から徒歩十五分。
駅を通り過ぎて、坂道を上って脇道に入って少しすると要くんの家に着いた。
歩いてきたのは初めてだけれど、学校から結構近くて。
家に迎えに来てくれてから学校に行くというのが、かなり手間をかけさせていて申し訳なく思った。
お家について、お母さんが出迎えてくれる。
「要、おかえり。有紗ちゃん、いらっしゃい。有紗ちゃん? どうかしたの?」
そんなお母さんの問いに、要くんが私の顔を覗き込んだ。
「有紗、どうした? なんでそんな難しい顔しているの?」
私は思ったことを素直に言った。
「こんなに学校から近いのに、私の為に家まで迎えに来てもらって登校するのが申し訳ない気がして……」
私の言葉に要くんとお母さんは顔を見合わせ、その後お母さんが言った。
「有紗ちゃん。それ要がしたくてしているから、卒業式の日までやらせてやって? 夢だったんだって、彼女を家まで迎えに行って学校に一緒に登校するのが! 乙女か! て感じよね」
それは楽しそうにクスクスと笑いながら言うお母さんに、要くんが少しぶっきらぼうに返事をする。
「そこまで言わなくてよかったんだけど!」
そして、私の額にコツンとぶつかってきた要くん。
「変なバラされ方したけど、本当に俺がやりたくてやっているから気にしないで。俺、有紗と一緒に過ごす朝が楽しくて仕方ないから」
そこで言葉を区切ると、額を離した要くんが耳元に囁いた。
「もっと早くやってみれば良かったと後悔している位だから、気にするなよ!」
その声は照れを含んでいて、私は胸が温かくなり、キュンと甘く鳴る鼓動に手を当てていた。
「要くん、ずるい。いつもドキドキと幸せにしてくれちゃって!」
そんな私の返事に、要くんはクスッと笑うと耳元からの戻り際に頬に掠めるキスをした。
「もう!」
照れた私に、サラッと要くんは言う。
「母さんはもう、キッチンに行っているから大丈夫」
私が言いたかったことは、難なく伝わっていたようでそんな返事が返ってきたのだった。
「要! 有紗ちゃん手洗いうがいしてらっしゃい! ご飯用意出来るから!」
そんなお母さんの声に答えるように、手を引かれて洗面所に行き手洗いうがいを済ませてダイニングに戻ると、美味しそうな匂いがした。
「今日も寒いからね、スープパスタにしたわ」
トマトスープのパスタは生姜も効かせてあって、食べたら体がポカポカ温まった。
要くんの家で、ゆったりと過ごしたあとお母さんからメールが届き要くんの運転で家まで送ってもらった。
お父さんは電車通勤らしく、車は休日しか使わないらしい。
今日も私を送り届けるのに安全運転で使うようにと、ひと言貰って借りたと言う。
今度会った時にお父さんにもお礼を言わなくてはと、しっかり記憶しておく。
そう思いつつ、車に乗ればあっという間に我が家までたどり着く。
明日はとうとう卒業式だ。
私をしっかり玄関まで送り届けてくれる要くん。
「また明日! ちゃんと迎えに来るから」
「ありがとう、また明日」
そんな前日を過ごして、翌日。
制服を着る最後の日。
感慨深い気持ちで制服に袖を通す。
チェックのプリーツスカートに、紺のブレザー、赤のネクタイの制服は近隣校の中では可愛くて人気がある。
そんな制服を着て、朝ご飯を食べて準備を終える頃要くんが迎えに来てくれた。
「おはよう、要くん」
「おはよう、有紗」
そんな挨拶を交わす私たちに、お母さんが声を掛ける。
「あとから行くからね! 要くん、よろしくね」
「はい!」
そんなお母さんに返事をして、私達は今日で通うことのなくなる道を歩く。
卒業式の今日は、冬晴れでここ数日の中では温かい日差しが射す日だった。
学校に着くと、卒業式独特な感じでみんなソワソワしている。
今日は既に日菜子と蒼くんは先に来ていたようで、教室で会った。
「日菜子、蒼くん。おはよう」
「有紗、要! おはよう」
今日の朝私の髪はお姉ちゃんによってゆるふわカールにされてハーフアップにまとめられた。
さらにナチュラルメイクまでされて、制服なのに綺麗にまとめられている。
「お姉ちゃん! こんなにする?」
驚きつつ突っ込んだけれど、私はなされるがまま。
「高校の卒業式は一度きりよ! 写真も撮るでしょう! 綺麗にしとかないと!」
そんなゴリ押しのお姉ちゃんに、お母さんまでもが言う。
「さすがお姉ちゃん! よく分かっているわね。お父さんにも頼まれたし、バッチリカメラで撮ってくるわ!」
どうやら、卒業する本人よりなにか別なところに気合が入っていた家族だった。
そんな今朝を振り返っていると、どうやらボケーッとしていたらしい。
「有紗、今日可愛い! お姉ちゃんがやってくれたの?」
私のメイクや髪型に気づいた日菜子が聞いてくる。
「そう、お姉ちゃんが卒業式は一度きりよ! 気合い入れて可愛くして、ちゃんと記念に写真を撮ってくることって」
その言葉にクラスの女子達が騒ぎ出して、教室の後ろに女子みんなで並んで記念撮影会になった。
見えないけれど、私のヘアメイクも目立つことないくらいみんな、今日は綺麗にしてきているらしい。
お姉ちゃんは間違ってなかったようだ。
そうして、記念撮影会でワイワイしているところに三浦先生がやって来て声を掛ける。
「おう、みんなおはよう! そろそろ移動だぞ、並べ!」
その声に振り返った女子達から悲鳴が上がる。
「キャー! 三浦先生、スーツ! カッコイイんだけど!!」
あー、なるほど。
普段ジャージが多い先生がスーツで現れたからギャップ萌えか!
ポンっと手を打っていると、日菜子が言った。
「見えないながらにたどり着いた有紗の答えは間違ってないよ。三浦先生は顔が良いからスーツも映えるよね!」
そんな日菜子の言葉に私は少し惜しみつつ返した。
「確かにね! あー、見えないのが惜しいネタに、こんな最後に出会うとは」
その私の声に、騒ぎつつも近くに残っていた女子が声をかけてくれた。
「あー、これは見れないの惜しいよ! 目の保養だよ! 三浦先生顔良いからさ!」
女子はおしなべてイケメンに弱い。
ギャップ萌えにも弱い。
そんな自分達の現金な思考に、笑いが込み上げてみんなでクスクスと笑いあっていると要くんが移動のために迎えに来てくれた。
「有紗、移動だって。行こう」
その声に応えるように、私は要くんの肘を掴んで歩き出した。
廊下に並ぶと下級生が胸元に花を飾りに来てくれる。
「卒業おめでとうございます」
そこかしこから聞こえる声。
私と要くんの前にも下級生がやってきた。
「お花つけさせてください」
「はい、お願いします」
パッと付けてくれた下級生の女の子ふたりは、着け終わるとお祝いの言葉と共に言ってくれた。
「先輩方、卒業おめでとうございます。仲の良いおふたりは下級生にとって憧れでした」
その声にはキラキラとした輝くような感じがして、なんだか照れくさくなったけれど私は返事をした。
「ありがとう。あなた達も残りの高校生活を、悔いのないように楽しんでね」
「はい! 本当におめでとうございます」
そうして、最後にお話しできちゃった!と可愛らしい声を上げて二人の下級生は去って行った。
素敵な言葉をもらって、照れくさくとも胸は温かさで満たされた。
「なんか、嬉しいね」
「照れくさいけどな」
そんな会話をしつつ廊下で少しの間待機。
下級生や保護者が体育館に入り終わると、私たちは体育館へと移動を開始した。
体育館の前にクラス順に並ぶとそこで要くんと日菜子が交代する。
「日菜子、ありがとう。日菜子と仲良くなれて、一緒に二年過ごせてとっても楽しかった。私が生活に慣れるまで出掛けたりするのは少し難しいけど、卒業しても会えるかな?」
私の問いに、日菜子は少し鼻をすする音を立てたあとに言った。
「卒業式前から泣かせる気か! 会えるに決まっているでしょ! 私たち友達なんだから!」
そういうなり、ギューって抱きついてきた日菜子。
「うん、日菜子! 大好き」
そんな私たちをクラスメイトももらい泣きしつつ見守ってくれていた。
卒業式が、つつがなく進行し卒業生退場になると綺麗にはけたあとで、卒業生は再び体育館に戻る。
毎年この後体育館のステージで学年が集まって記念撮影会になる。
「有紗、行こう!」
日菜子に手を引かれて歩き出すとそのスピードは早く、走っていた。
すると、要くんと蒼くんが急いで追いかけてきたみたい。
「日菜子! お前、有紗を引いて走るなよ!」
その要くんの声に、ピタッと足を止めた日菜子。
「うっかりした! ごめん、有紗」
要くんに突っ込まれて、日菜子はちょっとしょげた声を出した。
「ふふ、日菜子。大丈夫だったから気にしないで。むしろ久しぶりに走ってちょっと楽しかった」
そんな私の答えに要くんや蒼くん、引っ張っていた日菜子は驚いたのか、え?! て声を上げる。
「ほら、体育も免除されてから運動してなかったから。走るってこんな感じだったなって思って。ほら記念撮影でしょ? 移動しようよ」
私の言葉に納得しつつ、日菜子も蒼くんも要くんも少し考える顔をしつつもみんなで歩き出した。
学年が集まれば二百人ちょっとになるので大人数だ。
私達は端の方に寄って写ることにした。
集合写真は後日学校側で撮ってくれたのは郵送されてくるらしい。
他にもみんなスマホやデジカメで撮っていたし、保護者も撮ってくれているらしかった。
撮影が終わると各教室に戻る。
卒業式ではまとめてクラス代表が受け取った卒業証書を教室で担任から一人ひとり受け取る。
私の時は先生が私の席に来て渡してくれた。
「汐月有紗、卒業おめでとう。汐月は今後どうする予定なんだ?」
先生は就職の子には頑張れよ!
進学の子にはちゃんとこの先も勉強しろよ! 等と声をかけていた。
私の答えにクラスのみんなが聞く姿勢なのか静かになる。
「四月から一ヶ月、中途失明者や弱視になった人のための生活訓練施設に入って白杖を使っての歩行訓練や生活に必要なことの訓練を受けてきます」
私の答えに、少なからず成績を知っているみんなは驚いていた。
進学するものだと思っていたのだろう。
「それが済んだら、そのあとは?」
その問いには、私は少し照れつつも答えた。
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そう、私は歌うのが好きだ。
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「そうか! 汐月、進学の際なにかあればいつでも相談に乗るから、連絡してこい」
「ありがとうございます」
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そして、先生がクラス全員に配り終わると話し始めた。
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先生はひとつ息をつくと、続けた。
「この先はこの三年間より困難や苦悩することも多くあるだろう。でもここで出会った仲間や友達とは、なんだかんだ長く付き合えるだろう。互いに支えあって歩いていって欲しい」
「みんな卒業、おめでとう! みんなの未来が輝かしくあるよう願っているよ」
先生の言葉はなによりの送辞となったと思う。
クラスのみんなで、連絡先を交換したりして一人ひとりここを旅立つ。
「汐月さん! 私、汐月さんの歌声大好きだよ! 夢、叶えて欲しい! 私も頑張るね」
そんな声をかけてくれたクラスメイトたちに手を振り、私と要くんはゆっくりと歩いて行った。
「そういえば、要くんの夢って聞いてないな。要くんの夢は?」
私が聞くと、要くんは足を止めて答えてくれた。
「俺、理系に進むだろ? そこで教員課程もとって先生になるのが夢なんだ。中学の時の理科の先生が面白い人で、 憧れて。中学校の理科の先生が夢というか、目標」
その答えを聞いて、私は自然と笑みを浮かべつつ言った。
「松島先生か。要くん面倒見がいいし、向いていると思う!」
私の言葉に要くんは照れたらしい、額をコツンと合わせてきた。
「俺だって初めて聞いたよ。有紗の進路希望。音大の声楽科を目指しているって」
なんだかすごく、クラスで先に話しちゃったのを悔しがっている感じだ。
「あのね、病気になる前から私は歌うのが好きな子だったの。病気なってからもそれは変わらなくて、ずっと音楽教室にも通っていたの。だから私、今年遅れて受験生になるね」
私の言葉に、要くんは言った。
「それ、小さいころからの夢だろ? 有紗は歌手が夢?」
「うん、いつかホールで歌うのが夢」
「応援するよ、放課後の歌姫!」
最後に茶化す言葉を入れてきた要くんだけれど、その声は温かくて私に力をくれた。
「うん、頑張る! 私も先生を目指す要くんを応援するよ!」
私達は微笑みあって、再び歩き出した。
それぞれの夢と未来に向かって。
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