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第12項 前兆

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アイリが先に戻ると、しばらくしてからゼクスもやってくる。
テーブル席2人で座っていると、おもむろにアイリが口を開く。

「あんたここに来てからの1週間何してたの?」
頬杖を付いて、リリィように呟く。
「えっと…………いろいろだ……」

ここ一週間のことを思い出すが、寝て起きてタバコ吸って酒を飲んで寝る。くらいしかしてないような気がした。
「なにそれ。あんたの事だから何もしないでダラダラでもしてたんじゃないの?」
「いや、ダラダラはしてないぞ? ほんと、いろいろだ」
「こういうとき最初に『いや』とかいう人って大体否定出来ずにいるのよねー」
「ぐっ…………言い返せない……」

もどかしい表情を浮かべるゼクス。
「まったく、あんたーー」
と話しているアイリには浮き足立った様子はもうない。
初見から認めてはくれていたのだろうけどやっぱりどこか心の奥底では無意識だろうと警戒していたんだろう。
その枷がお互いの過去を話すことでなくなり、気持ちが軽くなったのだろう、とゼクスは安心した。

「ねえ、ちょっと聞いてる?」
アイリの声に意識を戻される。
「あ? ああ、すまん」
アイリは「まったく……」と呟いた。


「ゼクスのスタイルは元々長剣だけじゃないわよね? 騎士って普通盾を持っていると思うのだけど……」
「なんだそんなことか。あれって戦闘中邪魔なんだよな、重くて動きにくいし視界遮るし」
「あんたねぇ、騎士がそれを言う?」
目を細めて呆れた口調のアイリ。
「まあ必要なら、ほれーー」

と、左手を真横に広げると魔法陣が出現し、大型の盾が現れる。
「――いつでも出せるし」
「あんたは魔術に頼りすぎね。いつかそれで痛い目見るのは自分なのよ。まずは騎士の戦闘スタイルをマスターすることから始めようかしら」
「具体的にはどうするんだ?」
恐る恐る聞いてみる。
「まずは体力作りね。そのたるみきった体を元通り、いやそれ以上にしてみせるわ」
ふと先日のキャミィとやった荷物運びを思い出す。
「もしかしてアイリもあの荷物運びとかしてたのか? キャミねえくらいの……」
「流石にキャミねえみたいにはいかないけど、あの小さい方で片手5個ぐらいは持ってたわね。魔法なしで」
(まじでトロルか何かかよ……)
キャミィの前では絶対言えそうにないことを心の中でつぶやく。
「流石に今のあんたじゃできないだろうからまずは走り込みよ。基礎トレーニングはシンプルなのが一番だからね」
ゼクスは苦虫を潰したような顔でアイリを見ている。
「露骨に嫌そうな顔をしないの。弟子くん?」
「はいよ、師匠様」


そんな話をしながら時間を潰していると、ドアベルがなる。
「お待たせ。検品終わったわよ」
検品を終えたミーナが姿を現した。

するとアイリは立ち上がり、「詳しい話は奥で」と言い残して、VIPルームに先に行ってしまう。
さっきまでの態度とはやっぱり違うアイリ。
その事でなのかミーナもどこか緊張感を漂わせていた。

「アイリはまだあんなんだけどしばらくすれば慣れるだろ」
ゼクスなりにフォローを入れる。
「別に彼女のことは気にしてないわ。事情も事情だからって割り切ってるし。それより、今回のことよ」
(俺の考えすぎだったか)
心中安堵する。

「今回のことってどういうことだ?」
「バカ? これからそれを奥で話そうって事じゃない。ここで話すアホがどこにいるのよ」
それもそうだ、とゼクスは自分でも変なことを言ってしまった。

VIPルームにミーナと二人で入ると、さっきとはテーブルが違い円卓になっていた。
アイリが会議しやすいようにと用意したものだろう。その証拠に椅子が三脚、等間隔に並び、それぞれ飲み物が用意されていた。
三人は椅子に座り、顔を合わせる。
「結論から言うと――」
トーンを低くし、口を開くミーナ。
「あいつらはあたしのキャラバンを『計画的』に襲ったわ」
「なんでそんなことわかったの?」
 アイリはそう訊いた。
「御者に聞いたところ奴らは街道に待ち伏せていたらしいの。それで一番前の護衛が対処しようとすると一斉に襲ってきたらしいわ。戦闘も襲撃ポイントに罠を仕掛けて。知能の低いあいつらがそんなことできるのは優秀なリーダーがいるからに違いないわ」
「いきなり断定的に決め付けるのはよくないことよ」
 アイリが口を挟む。
「でも、ミーナが言っていることは多分正しいわ。前に特異個体――ゴブリンキングが現れたときも、急に知能が上がってた。でもほんのちょっぴり。知能が上がったところで手を焼くほどでもなかったけれど――だけどここ数年、特異個体の出現は報告されていないらしいし……」
 腕を組んで考え込む。
 「でもそんな急に知能レベルが上がるものなのか? 俺は特異個体とは遭遇したことないからわからないが、まだ信じられないな」 
 「実際に起きたことだから認めざるを得ないでしょ」
 アイリは、ふと自分が言った言葉に何か違和感を持つ。
(知能……リーダー……)
 ゴブリンキングの件と先の戦闘での違い。それは――異種族が混ざっていたことだ。
 ゴブリン族で特異個体が出現した場合、その種族のリーダーとなるが、決して他種族を束ねるほどの権力は持たない。あくまでカリスマ性があるだけで権力を持つことはまずない。
「他種族が、周辺の魔物たちを束ねている?……」
 意外にも言葉を発したのはゼクスだった。
「……つづけて」
アイリは続きを促す。
「話からすると特異個体というのは上位個体になるわけではなさそうだ。あくまで同種族のリーダー。他種族のリーダーと手を組んでいる、と過程はできなくないが潜んでいる魔物のレベルからしてそれはないとおもう。だとしたらもっと上位種の存在。つまりは人間または人間に近い種族に圧政されているという考えも浮かんできたんだ」
「あんたのそういうところ嫌いじゃないわ」
 ゼクスの考察を聞いてミーナがニヤリと口角を上げた。一瞥するとアイリに体ごと向き直る。
「じゃあアイリ。ふたつ質問するわ。物価の高騰はいつから続いているのかしら?」
「一年ほどね」
「もうひとつ。『物流の規制が始まったのはいつからかしら?』」
「…………! それって!」
ガタッと思わず立ち上がるゼクス。
アイリはやっぱりそこに繋がる、と言わんばかりにため息をついた。
「確実に領主がこの一件のキーになってるわ。だけど、何をどうしているのかはわからない。そっちもそこで詰まっているのでしょう?」
アイリは短く「そうよ」と隠しもせず簡単に答える。
「それで提案なんだけど、ここからはお互い協力体制をしかない?」
ミーナは商人ギルド「蒼天の帆」のマスターをしている。本店を持たず、帝都とその周辺地域を中心に幅広く活動している。この地方では知らないものはいないほどの大組織だ。
この話は一時的だが彼女らの組織と手を組むことで、事件解決への糸口が開ける取引だということもゼクスも理解していた。
だが、
「そこからはあたしの判断では動けないわ。聞くだけ聞くけれど、最終決定をするのはリリィ次第よ」
答えを保留にする。
「私たちの狙いが気づかれていても?」
ミーナのその一言でアイリの表情が一変した。
なんとももどかしい。並々ならぬ表情。昔のことを話していた時のような儚げな。
「――わかって。あたしの一存ではあ決められないの。ごめんなさい」
これ以上食い下がるのも気が引けるようで、ミーナはそこで椅子に背中を預ける。
コップの水を一口あおり、気を静めると、ふと立ち上がる。
「わかったわ。また、後日改めるわ。今日は悪かったわね」
と言い残して部屋を後にしてしまう。
 
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