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第27項 師と弟子 後編

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「そん……な……」
 瞬く間に街並みは破壊され、あちらこちらの火の手が上がっていた。
 逃げ惑う人々の中にはちらほらと見たことがある人もいる。
 傭兵たちは発生源が遠いのをいいことに正門からゾロゾロと姿を消して行った。やっぱり、利益にならない争いは受け付けない。
 
 だんだんと汚されてゆく故郷にショックを受けていたが、だんだんとアイリの表情は憎しみに変わっていた。
「アーデル!! 約束が違う!!」
 そう叫ぶと、走り出そうとした。
「待て、どこに行くつもりだよ」
 アイリの肩を掴むが「助けにいかないと!!」ゼクスの声すら耳に届いていないようだった。
 感情的になっていたせいか冷静さを失ったアイリ。
「アイリッ!!」
 見かねたゼクスは思いっきり、アイリの頬をぶん殴る。
 手加減なしの。本気の一発。防御も取れず体重の軽いアイリは数メートル吹っ飛ばされる。
 今何をされたのかすらわかっていない様子のアイリは自分の頬を撫でる。
「痛い……」
「お前もミーナも、感情的になると周りが見えなくなるクセがあるよな。女ってみんなそんなもんなのか?」
 ため息交じりにぼやきながら、バルガスに視線を送る。
「ほら、よく見ろ。街を守りたいのはお前だけじゃねーよ」


 そこには我が物顔で街をゆく呪符の洗脳者を傷つけないように体を張って抑え込む騎士たちの姿があった。
 スアドと、かつてバルガスにいちゃもんをつけていた騎士も出撃していた。
 住民の体をあまり傷つけないようにいなしながらうなじを狙って手刀を打ち込む。気絶した住民を一度後方まで移動させ錯乱の呪符の魔力を遮断し、剥ぎ取る。
 騎士団の統率のとれた動きは傍目から見ても素晴らしかった。
 スアドという慕われ、尊敬されるリーダーがいたからこそ出来た連携なのだろう。
 だが圧倒的物量差で、騎士団も押されている。条件が違いすぎるのだ。
 なんでもありの住民と怪我をさせないように保護する目的の騎士団とでは、ハンデがありすぎる。
「私たちも動くわよ」
「よーし、行くっスよ~。久しぶりの劣勢を楽しみますかね~」
 リリィを中心に、キャミィ。その後ろに傭兵がゾロゾロと現れる。
 そう、交代してきた場所は中央広場。
 リリィの酒場がある場所だ。
 リリィとともにいる傭兵達はそそくさと逃げて行った奴らとは違う。この街にそれぞれ思いがある連中ばかりだ。
 ある者は家族のため。ある者は恋人のため。ある者は自分のため。
 思惑は違えども、皆アーデルに好き勝手させるのを嫌っていた者達。
 そして、ギルドの人々も中央広場に集まってくる。
「お困りのようですね。お手伝いいたしましょうか?」
 スアドの隣に立つリリィ。
「そうだな。ちとキツイぜ。手伝ってくれると助かるな」
 ゾンビのようにやってくる住民を前にリリィは笑みを浮かべてた。
 そして、丘の上——領主邸がある場所——に向かって軽くウィンクをして見せた。
「さぁ、私たちの居場所は、私たちが守る!!」
 

「な? お前が守りたかった者はお前だけじゃない——」
 ゼクスは必死になって街を——住民を守ろうとしている連合を見つめた。
「——みんなそうだ」
「…………」
 アイリはゼクスの隣に無言で並ぶ。
「…………ゼクス?」
「ん?」
 名前を呼んだ瞬間、アイリは身を屈めて右拳を突き上げた!
「うごっ!?」
 小さな拳は綺麗に顎を直撃し、そのまま後ろに吹っ飛ばした。
 ポカン、と何が起きたか理解できない一同に
「女の子を殴るなんて、サイテーよ」
 アイリが悪魔のように見えた瞬間だった。

 ゼクスが気絶している間に、アイリはミーナの治療を始めた。
「ん、アキレス腱は切れてないみたいね。少しキツめの捻挫ね。大丈夫、2週間くらいで治るわ」
 様子を見た後に、両手をかざす。すると青緑のような優しい光の粒が、怪我のところに集まってくる。
「これって……治癒魔法? 使えるの?」
「一応ね。軽い怪我程度なら治せるわよ。でも、一応専門のお医者様に見せておいてね。私も専門家じゃないから」
 痛みがだんだんと退いてくるのがわかる。まだ痛みは残っているが、歩けないほどでなくなっていた。
「あれ、商人は嫌いじゃなかったか?」
 気が付いたゼクスが戻ってくる。顎はまだ赤く、さすっていた。
「ミーナさんは別。商人はまだ信じられないけど、この人だったら信じられるわ」
 アイリはここにくるまでの流れを説明し始めた。
 ギルドと騎士団に協力体制を申請したこと。騎士団は動けないと言っていたこと。ミーナが手を引いて協力できるようにしてくれたこと。そして、アーデルの目論見。
「それで、その子は?」
 傍でずっと見ていたサラに話題が移る。
「ああ、こっちもいろいろあってな」
 ゼクスも魔物シュレムとの遭遇からシエラとの戦いまでを説明した。
「じゃあ、そのサラが龍人の子なのね。そうか、アーデルが言っていた魔力源って彼女の……」
 2人の情報を掛け合わせて見えてきた事件の全容。
 ここまできたら元凶の排除するしかない。
 ゼクスとアイリは言葉を交わさずとも理解していた。
「バルガス。ミーナとサラを連れて街に行ってくれ。お前なら裏ルートとかも熟知してそうだからな」
「お、おう。俺は構わんが、お前はどうするんだ?」
「2人でこの先に向かう」
 その答えが返ってくるとなんとなく察していた。
「勝算は?」
「さあな。なんとかなるだろ」
 バルガスはニッ、と白い歯をむき出しにして「お前らしい答えだ。なんとななりそうだな」と満足げに笑っていた。
「サラもそれでいいな?」
「…………」
 答えない。
 バルガスに目配せをして、彼も頷く。
「ゼクス、後でいろいろ請求してやるから、帰ってくるのよ?」
「あいよ。恨みもまだ果たしてないからな」
 そんなゼクスに子供っぽく、いーっ、として見せた。

 三人が見守る中、ゼクスとアイリは回復薬を一気に煽る。
「さて、行くぜ。結末を迎えにな!」


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