スピードマニア

深月 翠

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Vous êtes ...? あなたは、誰?  14話

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土曜日の明け方。


まだ空は濃紺の暗さで、街のほとんどは眠りについている。


星が残る朝は空気が澄んでいて、寒さをより深く感じた。


その冷気に引き出される、ほどよい緊張感。


私はロードバイクのエアーを入れて、時速やタイヤの回転数を測るためのメーターをセットする。


タイヤの細いその自転車は、パパが私に贈ってくれた真っ赤なフルカーボンのエアロ。フレームを走る黒のラインはとてもセクシーで、挑発的。


ヘルメットもグローブも、バイクシューズもお揃いの色。


パパがこれを選んでくれた時、私はそのデザインや値段に気後れして、素直に受け取ることができなかった。


そんな私にパパはちょっと珍しく強い口調で、そう感じるならこの道具に負けない自分を目指しなさいと諭した。


道具は所詮道具。


価値は、使いこなす人にこそあると。


あれだけ自分の自転車を大事にするパパが。


落車して鎖骨を折っても、俺の自転車は大丈夫かと心配するパパが、私にはそんなことを言うから。


私は、パパこそ、自転車よりも自分を大事にしてよと頰を膨らませながら、


それでも抱きしめたパパに、


ありがとう。


そう伝えた。



『自転車よりも自分を大事にしてよ』


そう言った筈の私は、その数か月後に同じ口で、自転車に乗るパパが見たいなんてお願いして、自転車なんかよりずっとずっと大切なパパを失ってしまうのだけど。


あれから、



私は戦っている。


自転車を恐がる私と。


自転車に憧れる私と。


自転車を恨む私と。


自分を恨む私と ── 。


そのグチャグチャに乱れる心を振り切って、『この自転車に負けない鈴木りんになれ』と望んでくれたパパに胸を張れるように。パパの誇りになれるように。


私は、戦っている。



パパの感じたスピードを。


私も、感じたい。これを、乗りこなしてみせる。


そして、パパの跡を探すのだ。


白線の先に。



通りに出て自転車に跨り、右足のビンディングをペダルにはめた。
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